第三章 森の医師、覚醒の兆し
少年の容態、戦いの反動
メティスらの戦いから三日後、ルディアは以前とは少し、いやかなり変化した生活を送っていた。
朝早くから起床し、朝食を食べ、農作業にいそしむ。それは変わらないが、まず家に住む住人が多くなった。
「カリュ〜追加のおやつまだ〜?」
「ダメです。それ以上は栄養が偏ります」
「ケチー。ピティ、持ってきて」
「分かりました!今すぐ……」
「ピテーコス、あまりメティス様を甘やかすな」
「主様の求める事に応えるのが、使い魔の役目だ!
お前みたいにメティス様の意見を否定する奴は黙れ!」
「ふん、本当に主のためだと思うならば、命令に従うだけでなく、もう少し頭を使って考える事だな」
「何をー!」
と、以上が今現在リルの部屋にて行われている一部始終である。
三日前に来たメティスと使い魔二人は、何故かそのままルディアの家に住み着き、一緒に寝食を共にすることとなった。
何故とルディアが理由を聞いてみれば、
「友人の娘の様子が普段どうしてるのか気になったので。
あと、彼の事もまだ気がかりですし」
という事らしい。
これで善明を加えて、ルディアの家には合計六人が寝泊まりをしている事になった。少し前までは彼女一人で生計を立てていたはずなのに、いつの間にか賑やかになってしまっていた。
そして、もう一つ、彼女の生活に変化がある。それは
「ルディア……じゃない。ヨシアキいるか!
今日も勝負しようぜ!」
毎日勝負を挑んで来たソフィが、対象をルディアではなく、善明へと変えた事だ。この発端は二日前、メティスらとの戦いの翌日まで遡る。
「ルディア! 昨日はアレだったけど、今日も今日とて勝負だ!」
戦いの後だというのに、彼女の体は疲れ知らずなのか、勝負を挑む。だが、これにはもちろんルディアは
「嫌よ。しばらくは無理したくないわ」
と、バッサリ断る。
しかし、ここで引かないのがソフィという人物。あれやこれやを使い勝負に引きこもうとするが、それでもルディアは頑なに拒む。
両者平行線の状態で話は進むのだが、ここで全くの予想外な人物からこんな希望が出る。
「俺、ちょっと戦ってみたいな」
なんと、それは現代人である善明だった。彼はソフィらの戦いを見ていないのかそれとも見ているにも関わらず、そんな欲求が出る変態か。
どちらにせよ、その名乗り出にソフィは
——リルと同じ世界からきたって言ってたな……なら、スゲェ力を持ってるかもしれないな。
と考え、了承する。
一応ルディアの提案で練習用の木刀でやれと言われ、二人は勝負をする。結果はもちろん、義明の負けだ。現代の精鋭部隊を集めても、でかい大剣を持ちながら、五、六メートルをゆうに跳ぶソフィに勝てるかどうかだ。一般人はその身に攻撃を当てることすら無理だろう。しかし、
「ヨシアキ!今日から毎日戦え!」
彼女のお眼鏡に何がかかったのか、善明は彼女のお気に入りとなってしまう。
以上がルディアの身の回りに起きた変化だ。しかし、彼女に変化はない。ただいつも通りに生活し、そしていつも通り己を鍛える。誰がいてもいなくても変わらない。
だが、それを変えなければならないという事に彼女は薄々気付き始める。今回はそんな話だ。
「メティス、彼の具合は……って、また喧嘩してるの?」
ルディアがリルの部屋に入ると、そこは睨み合っているカリューオンと、ピテーコスの姿があった。
それは今にも爆発しそうで、彼女からしてみれば、怪我人であるリルに被害が及ばないかだけが、心配である。
「ふふ、まだ可愛いものよ。出会い始めの頃は、目があえばすぐ手を出す、なんてのは日常茶飯事でしたから」
「そうさせないでよね。
全く、人手が増えるかと思ったら、気がかりの要因にしかならないのは、本当にやめて欲しいわよ」
嫌味を言いながらも、彼女は未だベッドの上に寝ているリルに近寄る。
「リル、まだ動けない?」
「動けないし、めちゃくちゃ痛い」
「そう、つまり昨日と変わらないか。
あれから三日、だというのに未だ回復の兆しが見えない……。そろそろ動くべきかしら?」
これは由々しき事態だと彼女は判断する。
リルの症状、それはただの強烈な筋肉痛であると、二日前、村の医者によって診断された。
だが、ただの筋肉痛がここまで続く事があるだろうか。いや、続いたとしても痛みが一切引かずにいる事はあるだろうか。
ルディアはそこまで、医療に精通しているわけではないが、それでもこれはただの筋肉痛ではないと断言できた。
動けないほどの激痛が三日も続く。これは別の何かではないかと。
「と言っても、あの人も腕はそこそこだし、いい加減な人でもないし。どうしたものか」
「あら、ルディア。悩み事かしら?」
「……ええ、ちょっとね。都会にでも行こうかなって」
「まあ!引っ越しを考えてたのね。私も手伝うわ!」
「そうじゃない」
「良い物件が余ってるっていう人がいてね、けどその物件、曰く付きらしい……」
「勝手に話を進めないで!」
ルディアはメティスの誤解……冗談?を解き、一から自身が考えていた事を話し、腕の良い医者は都会にいるだろうから、そこへ向かうべきだという意見を述べる。
「良いと思うわよ。私もリルの症状はちょっと異常だと思案していたところだから」
けど、ルディア。都まで何日かかると思ってるのかしら?」
「休まずに歩いて一週間。馬でも使えれば良いけど、生憎そんな事はできない」
「もう、ルディアったら。村の人達にお願いすれば、二つ返事で了承してくれるわよ。
でもそうね、そんな気遣いのできる良い子のルディアちゃんには、私の魔法で……」
「そう、アンタの魔法なら一秒もかからずいけるわね?」
セリフを取られたメティス、彼女はわざとらしく頬を膨らませて、怒るフリをする。
ある意味、それは楽しんでいるようにも見え、ルディアを弄んでいるのではないか。
「人のセリフを取る悪い子に育てた覚えはありませんよ」
「アンタに育てられた覚えはないわ」
「ああ、これが反抗期というものなのね」
「……それで都に行く件なんだけど」
真面目に話していてはラチが開かない。そう考えたルディアはなに食わぬ顔で、強制的に要件だけを伝えようとする。
例え、メティスが『無視しないでよ』とか、『これは本当に反抗期かもしれないわね』などと言っても、ルディアの耳はそれらをシャットアウトする。
「明日の朝には出発するつもりだから、それまでには準備でるわね?」
「……ええ、人使いの荒いこと」
「なによ、人様の家に押し入っておいて、何も礼をせずいるわけ?とんだ英雄様ね」
「それに関しては、ちゃんと食料を渡してるじゃない。しかも、高級品ばかり。
都の物から北のフリジア国の物まで選り取り緑よ!」
メティスの言う食料、それは確かに一般の人が手に入らないような物ばかりであった。
ピッグベアラーの肉や、ゴールデンバードの卵という特産品から、ヒュージドラゴンの肉や秘境のビアリーフルーツというレア物まで。
この世界の者ではない善明からすれば、何のことやらだったが、ソフィはそれを見て
「すっげぇ! 世界中の食材が勢揃いじゃんか! しかも、全部上手いモンばっかり! こんなの久しぶりだな!」
と、大はしゃぎであったそうな。しかし、ルディアはそれを宿泊料とは思っていないようで、反論をする。
「それはほとんどアンタ達の分だけでしょ?こっちはこっちで、冷蔵庫に残ってる物を消費してるの。早く食べなきゃいけない物ばかりだし」
「もう、口が上手なのね。けど、今回は協力してあげる。リルにも迷惑はかけたし」
「じゃあ、決まりね。早速準備を……」
「そこを退け!カリューオン!」
「いいや、ここを通すわけには行かない」
「……まだ、アンタ達喧嘩してるの?」
彼女の頭からすっかり抜け落ちていた使い魔二人の存在。側からの目を気にすることもなく、未だうるさい口喧嘩を続けていた。
「うるさい、人間! 貴様には関係無いことだ!」
「はいはい、私には関係無いわよ。けど、それ以上うるさくするなら、外に出てからにしてもらえない? 怪我人もいるわけだし」
「人間に指図される覚えはない!」
ピテーコスに反抗されてどうしたものかと、頭を悩ませるルディア。こうなってしまえば、主の言葉にしか耳を傾けないだろう。
というわけで、彼女はメティスにアイコンタクトを送ってみる。
「……ピティ。もういいわ。
私のためにという事は嬉しいけど、あんまりルディアを困らせちゃダメよ?」
「うぐ……分かりました」
意思が伝わった事に、ルディアはホッとする。
アイコンタクトが伝わるかどうかもそうだが、そもそも自身の使い魔が喧嘩している状況に、楽しんでいるメティスが止めようともしないことも、考えられたからだ。
「これで静かになったわね。
そういうわけでリル、明日は都に行くわ。世話はそこのメティスがしてくれると思うから、思う存分わがまま言っておいて」
「分かった。
……その、ありがとうな。俺のために色々やってくれて」
「別に良いのよ。私がしたいようにしてるだけだから」
「前から思ってたけど、ルディアってお人好しだな」
「じゃあ、アンタは自分勝手ね。良い意味でも悪い意味でも」
互いに軽口を言いながら笑うその時、部屋にある人物が入ってくる。
「ルディアちゃん、いるかな……おお、これはメティス様、お久しぶりです」
それはカントリー村の村長だった。
「久しぶりです村長さん。ルディアに用があるなら、どうぞご自由に」
「おお、それはありがたい。ルディアちゃん、ちょっとこっちに来てくれるかの?」
「……分かった。メティス、リルをよろしく」
何の疑問も持たず、言われるがまま村長についていくルディア。
その光景にどこかで見覚えがあるリルであったが、いかんせん思い出せずに、彼女はこの部屋から出て行く。
「で、おじいちゃん。何の用かしら? こんな所まで連れてきて」
そして、二人が移動した先は家の裏であった。誰も来ない場所で、二人は会話を始める。
「これはあまり他人に聞かれたくない話なんでのう。
英雄様に聞かれるのも、何かとまずいしのう」
村長の声色はどこか暗く、村長自身も言っているように、これからの話の内容は何かまずいのではないか。
「ごめんね、おじいちゃん。わざわざこんな夜中に抜け出して、伝えに来てくれたことは本当に嬉しいんだけど……
——もうそろそろなんじゃないかって、私も気付いてた」
けれども、それを言う前に彼女は察していた。
まるで手遅れだったかのように、それともなんとかできたかもしれないけど、放置せざるを得なかったのか。
「……そうか。じゃがのう、その時は彼も連れて行った方がええ。ここに残れば余計辛い思いをするはずじゃ」
「ええ、そうね。きっと彼も……誰!」
二人が話している最中、ルディアが声を上げる。
一体何で反応したのか。耳か、目か、それ以外の何かか。
「ど、どうしたんじゃ?」
「誰かがいた……はずなんだけど、変ね。いなかったみたい」
「……まあ、ともかくじゃ。あの子が回復したら早々に逃げなさい」
「ええ、分かった」
そこで、二人の密会は終わる。
しかし、ここにいたのは二人だけではなく
「やはり、こうなってしまうのね」
もう一人存在していた。
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