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 オルフェリア帝国、帝都オルローザ。

 かつては白亜の都と呼ばれた街だ。

 何代か前の皇帝が見目麗しい街にしようと決めて、何年もの時間と多額の費用を割り当てたのだ。その結果、白い石畳が輝く道と、水路は街を囲うように流れ、道端に花が咲くような美しい街になったと言う。

 あれから百年余り。今となっては白かった石畳はくすんで灰のような色になっており、道端の植物はほとんどが雑草だ。

 貴族や裕福な者たちが邸宅を構える中心部は、石畳を磨くことで金を得ている者がいるから白さを残すが、それがかえってこの街を醜くしていた。背の高い建物の上から街を一望すると、遠くなるにつれて街が黒くなり、街の外の方が美しいくらいなのだ。

 当時の皇帝の事業において評価できる点は、近くに川がないので貯水に頼らざるを得なかったこの街に用水路を作ったことだ。この事業のために、離れた川を工事して強引に繋げたから、この街は水には困らなくなった。外敵からの防衛にも役立つだろう。

 クレールがこの街の歴史について知っていることは、そのくらいだ。他のことも学校の授業で学んだはずなのだが、卒業するなり忘れてしまった。

 上流区域から離れれば離れるほど、この街の石畳は黒くなってくる。下流区域の石畳の色は真っ黒で、住む者も金のために盗みや追い剥ぎなどの犯罪を手を染めたり、娼婦や男娼として身体を売ったりする者がほとんどだ。命を落とした路上生活者や、彼らに襲われた者の死体は、皇帝アナスタシアが即位してから少しずつ数を増やしていた。

 ハイリアが執務室の窓からこの街を見下ろすことはしばしばあるが、彼はどんな思いでこの街を見ていたのだろう。ハイリアというのは部下のほとんどを手駒扱いしている冷酷な男だが、国を想い不正をただそうとする男でもある。

 中流区域はまだ灰色と言える街だが、その色が少しずつ濃くなるのが、クレールは苦手だ。だが、その濃くなる色の先に、彼の目的地があった。

 カナンの花亭。異国生まれの若い女主人が酒と食事を出してくれる、平凡な酒場である。

 まだ営業時間前で準備中の札が下がっていたが、クレールは気にしないで扉を開く。当然ながら客の姿はなく、黒髪の女主人が食事の準備をしている。

 南にある異国の血を引く肌の色は浅黒く、顔立ちは美しい。女主人が美女なので色事目的で訪れる男もいるのだが、指一本でも触れようものならば痛い目を見るらしい。酒場の女主人になる前の経歴が一切不明な彼女は、見た目に似合わずとんでもない腕っ節の女なのだ。

「あら、クレール」

「よう、サラ」

 サラはクレールを一瞥してから、また料理を再開する。

「聞いたわ。あなた、黒竜師団に入ったんですって?」

「さすがはサラ。まだ昨日の今日なのに、耳が早すぎるぜ」

「昨日聞いたの」

 サラは、カナンの花亭の女主人だが、裏では腕利きの情報屋だった。クレールも技術部にいた頃から世話になっていた。

「シリウス殿から、部下になったって。思っていた以上に真面目で気骨のある若者だとかなんとか」

「あのおっさん、ここに来るの?」

「たまにサイラスと飲みに来るわよ」

「兄貴と? へぇ、思ったより仲いいんだな」

「そうね。歳の離れたお友達ってところ。彼のことを?」

「いや、今日は別案件。名前は、エミリューレ・ヴァレリア」

 サラは鍋をかき回し始めた。クレールはカウンター席に座りながら、彼女の返事を待つ。

「知らないわね」

 彼女はそう呟いてから、言葉を続けた。

「ただ、その姓なら、聖ヴァレリア女子孤児院の育ちだと思う。三年くらい前に、運営してた貴族が没落して取り潰された孤児院よ」

「なるほどね」

 クレールはカウンターに頬杖をつきながら呟いた。「その聖ヴァレリア女子孤児院を運営した貴族ってのが、誰だかはわかる?」

「ヴィンセント子爵。子爵と奥方は病死、息子は行方不明よ」

「家系が途絶えて潰れたのか」

「そうね。調査の必要性は?」

 クレールは少し思案した。

 知りたいのはエミリューレのことであって孤児院のことではない。ただ、三年しか経っていないから、彼女を知る者はいるかもしれない。調べる余地はあるだろう。

 革の財布から、銀貨を数枚取り出して、カウンターの上で音を立てずに置く。調査依頼の意だ。

「確かに」

 サラが銀貨を取った。指先で弾いてから、隅の箱に投げ込むように入れる。

 依頼受領の意だった。

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