エピソード11 学園祭は希望参加型にしてください・後編
3.
富士宮先輩と無事に和解し、その関係をより深めるとこができた矢先、突如二人で学園祭を回ることとなった。とはいえ今の所僕は興津さんの女子用の制服を着たままだ。まずは僕の着替えを待ってから再度生徒会室の前に集合という約束をして一度別れ、教室へと戻る。
「これってデートだよな、違うか?いやデートだろ・・・」
一人浮かれて廊下を軽やかに駆ける。どうせみんなお祭り気分なのだ、こんな女装をした男が一人で廊下をスキップしていてもだれも見向きもしないだろう。という考えはいささか皮相浅薄だった。正直明らかに目立っている。何人かの生徒は振り返って笑っているようだったが、そんなことはどうだっていい。今の僕は何だって受け入れられる。なんだって許せる。
「すいません先輩、お待たせしました。」
早々と普段着慣れた制服に着替え、会長の待つ生徒会室へと向かう。途中大吾に絡まれそうになったが、時間が惜しかったため適当に撒いて先を急いだ。
息を切らしながら生徒会室へ入ると、そこにはソファにもたれていつものように紅茶を嗜む富士宮先輩がいた。
「今度は早かったのね。」
慣れた手つきでカップとソーサーを片付けると、冗談交じりに微笑んでくる。こうした一挙手一投足にまで美しさが滲み出ているのを見ると、やはり育ちの良さを感じずにはいられない。
「あまり先輩を待たせるわけにはいきませんから、急いできました。」
「いい心がけね。じゃあ行きましょうか。榎野君どこか行きたいところある?」
いざそう言われると、行きたいところなど特にはなかった。と言うより、元々そこまで学園祭を心待ちにしていたわけでもないので、どのクラスが何の企画をやっているのかなど全く把握すらしていなかった。
それとなく腕時計を見る。時刻は13時半を示そうとしていた。正確にはこの時計は10分遅れていることが先ほど判明したので13時40分といったところか。それを認識した途端、計ったかのように自分の腹から低音が鳴り響いた。
「ずいぶん素直な反応ね。」
しばしの沈黙の後そう呟いてニヤニヤとこちらに視線を送る富士宮先輩。途端に羞恥心が奥底からこみ上げてくる。
「おおおお昼時は少し過ぎていますけど、先に何か食べに行きませんか?どうやら妹のクラスが屋台やっているらしいんですよ。」
高揚して捲し立てるような口調になってしまう。それがまた一層の羞恥心を呼んで体中が熱くなっていくのがわかる。
「お腹の音くらい別に気にしなくていいわよ。そうね、私もお昼食べてないし、じゃあ行きましょうか。」
そうしてひとまず空腹を満たしに、千珠葉がやっているといっていた屋台に向かうことにした。分かってはいたが会長と並んで歩くと、女装していた時とはまた別の視線が向けられていることに気が付いた。けれどそれはそれで悪い気がしなかった。
あちこちで賑わう人混みをかき分けグラウンドへ出ると、そこには千珠葉のクラスが出している出店のテントが見えた。
「よう千珠葉。こんな暑い中外で屋台とは大変だな。」
「余計なお世話よ!って・・・え?!兄さん?と・・・富士宮会長ですか?え?なんで・・・」
僕と富士宮会長が並んで歩いていることが余程腑に落ちないのか吃驚した様子で千珠葉がこちらを凝視してくる。
「こんにちは。あなたは榎野千珠葉ちゃんね。妹さんの。」
「会長・・・どうして私の事・・・」
「当然よ。だって生徒会長なのだから。」
どこか自慢げに富士宮先輩が胸を張る。と同時に会長の主張しすぎない、かといって慎ましくもないその胸が自己主張をはじめ、自ずと視線がそこに向いてしまう。なかなか目が離せないでいると、そんな僕に突き刺さる冷酷な視線を肌で感じた。
「キモ。」
突如吐き捨てられた言葉にハッと我に返る。反射的に振り返ると醜悪なものを見るような目つきでこちらを見つめる千珠葉がいた。突き刺さる視線が痛い。
「会長、この人今会長の事いやらしい目で見ていたんで気を付けたほうがいいですよ。」
まさかの実妹から堂々と直前の醜態を公衆の面前で暴露された。慌てて取り繕おうにも何も思いつかない。何をやっても墓穴を掘るだけのような気がしてならないので、そうして僕は考えるのを放棄し素知らぬ顔で話題の転換をすることにした。
「先輩、そういえばこの後3時から体育館で演劇部の舞台があるみたいですよ。よかったら行きません?」
千珠葉の告発に割って入るように場所を変えようと話を持ち出してみる。
「榎野君。誤魔化したって駄目よ。そういう視線って女子は結構敏感に気付くんだから。」
そう言って分かりやすく膨れて見せる富士宮先輩を前に、なす術もなく頭を垂れる。
「まあいいわ、じゃあここは榎野君のおごりで許してあげる。」
「お安い御用です。」
こうして二人分の焼きそばと飲み物を買い、校庭の端の日陰で並んで遅めの昼食を摂ることとした。たかが高校の学園祭で提供される屋台の焼きそばなのだから特別においしいはずがないのに、富士宮先輩と一緒に食べた焼きそばは、これまでで食べた中で一番といっても過言ではないほどおいしく感じた。
その後は特に目的もなくぶらぶらと校内を散策し、他のクラスの企画を見て回った。興味深いことにどのクラスを回ってもその反応は一様で、富士宮会長が遊びに来てくれたことへの歓喜と、そして一緒にいる男は誰だという邪推に溢れた視線だった。
「榎野君。そろそろ3時だけど、さっき話してくれた演劇部の舞台見に行く?」
周りの視線に気を取られていると、何か察したかのように富士宮先輩のほうから話しかけてきてくれた。こういう所が彼女の魅力なのだろう。本当に細かいところによく目が届く。こっちがリードしなければならないのにもかかわらず、気づくといつも富士宮先輩にリードされているような気がして情けなさと、同時に安心感がこみ上げてきた。
「そうですね、じゃあ行きましょうか。実はこれが後輩の初舞台なんですよ。だからちゃんと見てあげたくて。」
「へぇ、榎野君後輩想いなのね。」
瞼を細め、ジトーっとした眼つきでまっすぐ僕を見つめてくる富士宮先輩。何やら癇に障ったようだ。
「せ、先輩?何かお気に召しませんでしたか?」
「・・・別にー。」
明らかに不機嫌そうな先輩。どう見ても気にしていないような表情はしていない。そんなとりとめのないやり取りをしていると、開演を知らせるブザー音が鳴り響き、体育館の照明が連鎖的に消えていった。
「ただいまから、静翔高校演劇部によります公演を行います。本日行われます公演のタイトルは、『snow white~白雪姫~』です。それではご覧ください。」
淡々としたナレーションによる前説が終わると、まもなくステージの幕が開く。暗闇となった一面の世界から切り離されるように、ステージに向かって眩い照明が集中した。まるでそこだけが別世界となるように。
静寂を破るように登場したのは珠璃亞だった。白銀の髪、ロシアの血を引く故の整った顔立ち。それはまさに白雪姫が実際にこの世界に顕現したかのような感覚を、見ているものすべてに与えた。その証拠に観客のすべてが舞台の上を見ながら口を開けたまま固まっているのだ。普段の珠璃亞の様子を知っているからこそ、そのギャップには衝撃を感じざるを得なかった。
「あの子でしょ、さっき言ってた後輩って。」
視線はステージ上の珠璃亞に向けたまま、富士宮先輩が小声で話しかける。その視線と表情からは先輩の気持ちが読み取れない。
「・・・そうですね。」
「珠璃亞ちゃんでしょ。転校生の。」
「?!」
驚きから思わず身体が小さく跳ね、富士宮先輩を凝視してしまう。
「どうして・・・」
「さっきも言ったでしょ。だって生徒会長ですから。」
僕に向かって微かに微笑み、そして再びステージへと視線を向ける。
「きれいな子ね。本当にお姫さまみたい。」
「・・・ええ、そうですね。」
「彼女、緊張してる。」
「え?」
富士宮先輩の言葉の意味が理解できず、珠璃亞を凝視する。特に変わった様子はない。声も出ているし、動きも堂々としている。僕が演劇に関して無知であることを差し引いても、おかしな点など特に見受けられなかった。
「よく見て榎野君、指先が小さく震えてる。呼吸のタイミングも少し変だし、何より眼が所々泳いでるわ。」
言われて珠璃亞を注視すると、確かに富士宮先輩の言ったことがおよそ当てはまる。しかしそんなこと余程見知った相手か、相当注視していなければわからないレベルだ。少なくとも僕には珠璃亞の様子は真剣そのもので、緊張など感じさせないように見えた。
「やっぱり会長はすごいですね。一人一人の事をちゃんと見ている。」
「そう?でもそれは生徒会長だからってより、私の性分なのかもしれないわね。」
じっと舞台を見上げる富士宮先輩の瞳も真剣そのものだ。
一心不乱に役を演じ続ける珠璃亞。その額にはじわりと汗が滲んでいた。結局その後もセリフを間違えることもなく、大きな失敗もなく、45分に及ぶ迫真の演技は幕を閉じた。誰とはなしに次々と拍手が送られる。気が付くと僕も富士宮先輩も無意識のうちに拍手を送っていた。
「結構迫真の演技でしたね・・・正直な話、高校生の演劇だからって、心のどこかで少し舐めていたのかもしれません。」
「そうね、かなり完成度の高いいい劇だったと思うわ。彼女がどう思ったかは別にしてね。」
何か含みを持たせるような言葉を残すと、富士宮先輩は出口へ向かって歩き出した。
「先輩、やっぱり珠璃亞の演技に不満が?」
「不満?私はただの観客よ。そんなのあるわけないじゃない。」
「・・・じゃあどうして」
「榎野君、私は十分楽しませてもらったわ。さっきも言ったけどいい演劇だった。だけど彼女はどうなんでしょうね。達成感と爽快感に溢れたような顔をしていたかしら?」
「それは・・・」
確かに終幕後のキャスト紹介での珠璃亞の表情は険しいものだった。その表情からは満足感はあまり窺えなかった。
「ま、それは私たちが口を出すことじゃないわ。彼女が考えて彼女が乗り越えるべきことよ。愛情と過保護は別だからね。」
「・・・そうですね。」
「さ、そろそろ初日の学園祭も終わりね。他にどこか見たいところはあるかしら?」
こうしてしばらくまた二人で校内を回った後、学園祭は幕を閉じた。富士宮先輩とも無事に和解(?)することができ、富士宮先輩ルートの消滅は何とか回避することができたのかもしれない。
「先輩、今日はありがとうございました。」
「ううん、こちらこそ。卒業前に良い思い出ができたわ。」
茜色に染まり始めた太陽を背にして髪を整えながら富士宮先輩が微笑む。逆光になって表情がよく見えない。
「その・・・よかったらまた、こうして誘ってもいいですか?」
「・・・」
沈黙が流れる。一瞬心臓が強く拍動した。なんの根拠もないが勝手に富士宮先輩なら即答で肯定してくれるだろうという期待があったからだ。しかし富士宮先輩から返ってきたのは否定でも肯定でもない沈黙だった。
いつの間にか乾いた空気に変わった風が僕と富士宮先輩の間を流れる。しばらくしてやっと彼女の口が開いた。
「どう、だろ。受験勉強もあるし、中々今日みたいに会える機会は少なくなっちゃうかな。」
「そう、ですよね・・・」
「で、でもね、誘ってくれるのは本当に嬉しいから!私もできるだけ時間を作れるようにする。だから、榎野君も懲りずに誘ってもらえると嬉しいな、って・・・だめ、かな?」
申し訳なさそうに見つめてくる富士宮先輩。その上目遣いの破壊力は相当なものだった。
「ダメなわけがありません!寧ろ誘わせてください!」
「ふふ、ありがとう。じゃあお願いしますね。」
照れくさそうに笑う富士宮先輩。できることならこのまま時間が止まってほしいと思わずにはいられなかった。
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