エピソード11 学園祭は希望参加型にしてください・中編

2.

 男女逆制服カフェは予想していたよりも大分盛況で、客が途切れることがほとんどなかった。といっても女性客の大半は大吾目当てで来ているような感じで、その他はクラスの男子が所属している部活の先輩やら後輩やらが興味本位で来ているような感じだったが。

 最初は全く乗り気でなかったこのカフェも、富士宮先輩との約束が待っていると思うと不思議と苦痛と感じることなく、仕事に精を出しているうちにあっという間に富士宮先輩との約束の時間となった。


「おい、祥真。そろそろ行かなくていいのか?俺らは12時までの当番のはずだろ?もう40分も押してるんだからお前はもう終わりでいいよ。」

「ん、ああそうだな。そうするよ。大吾は?」

「俺もぼちぼち頃合いを見て抜けるよ。こっちは適当にやっておくから。」

そう言って僕をクラスから連れ出す大吾。なんだかやけに楽しそうだ。


「さっさと行きな、会長を待たせんじゃねえぞ。」

僕の肩をポンッと叩き耳元でそう囁いてくる大吾。全く腹立たしいほどいちいちイケメンな奴だ。こういう所が、大吾のモテるポイントなんだろうな。

 そんなことを思いながら、大吾の厚意に甘えて教室を後にした、その時だった。


「いいんちょー、榎野君がでっけーうんこしに行ってくるだってー!!!」

廊下にも響き渡る大声で大吾が叫んだ。前言撤回。こいつは優しさなんて欠片も持ち合わせていないとんだ最低野郎だ。

 教室から逃げるように廊下を駆け、生徒会室へと向かう。さっきまで自分のクラスの仕事でいっぱいいっぱいだったため気付かなかったのだが、校内にはかなりの人で溢れかえっていた。昼時だからということもあるのだろうが、普段校内では見慣れない人たちがそこらじゅうで賑やかにはしゃいでいて、その光景が非日常的な雰囲気を作り上げている。

 そんな雑踏の中をかき分け、先を急いでいると不意に体勢が背後へと傾いた。一瞬自分でも何が起こったのかわからなかったのだが、どうやら誰かに後ろから引っ張られたらしい。すぐに体勢を立て直し、後ろを振り向くとそこにはいつもの銀髪ハーフ美少女の珠璃亞がこちらを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。


「ショーマサーン、それ、それ、それナーンデスカー!」

こちらを指差し目尻に涙を浮かべながら笑い転げる珠璃亞。その姿はさすがにこの人混みの中でも目立つようで、僕らの周りにはいつの間にかちょっとした人の輪ができていた。

「それ?それってなんだよ・・・って!うわ!まじかよ?!着替えんの忘れてた!!」

興津さんの制服を着替えてから自分のクラスを後にするつもりだったのにもかかわらず、大吾のくだらないイジりのせいですっかり頭から抜け落ち、そしてそのまま女子の制服で飛び出してきてしまったのであった。


「ナーンデジョソーしてるデスカー!!ショーマサン、そんな趣味アッタ?」

おさまることを知らない笑いの波が珠璃亞を襲っている。遂には女装癖があったのでは、と疑われる始末だ。


「そんなの絶対ないから!これは僕のクラスの企画でしょうがなく着てるんだよ!そんなことより珠璃亞は演劇があるんだろ?こんなところにいていいのか?」

「ナンダカよく分からナイケド、ナルホドー!」

さっぱり分かっちゃいないじゃないか・・・


「コレカラ舞台の準備デース!3時カラヤルノデ、ショーマサンも見にキテクダサーイ!」

どうやらこれから珠璃亞が出る演劇の準備があって、彼女は体育館に向かう最中らしい。公演は3時からか・・・覚えておこう。


「じゃあ3時前には体育館に行って待ってるから。珠璃亞も落ち着いてやるんだぞ。楽しみにしてるからな。」

そう言って珠璃亞の元を後にする。ふと腕時計を見ると12時55分を指していた。


「まずい!急がなきゃ。」

富士宮先輩との約束の時間まで残り5分。僕は急いで生徒会室へと駆け出した。


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ、ついた。何とか間に合ったかな。」

12時58分。ギリギリだが何とか間に合ったようだ。汗を拭って呼吸を整える。早くなった心臓の鼓動だけは結局抑えることができないまま会長の待つ生徒会室のドアを開けた。


「失礼しまーす。会長、いますか?」

恐る恐る中へ入ると、そこには富士宮先輩がいつもの会長の席で一人外を眺めながら佇んでいるのが視界に入った。


「遅刻とは中々いい度胸ね。榎野君。」

「え?そんな・・・」

こちらを見つめてにこりと微笑みながらジリジリと近づいてくる富士宮先輩。その凄まじい迫力に慌てて腕時計を確認する。針が指すのは13時ちょうど。ギリギリとはいえ遅刻ではないはずだ。


「えっと・・・ちょうど時間通りだと思うのですが・・・」

にじみよる富士宮先輩。その美しい顔には笑みが映し出されているが、微塵も楽しそうには見えない。


「いいえ、今は13時10分ですよ。その時計、壊れているんじゃないかな?」

「そんな馬鹿なオチが・・・って本当だ・・・」

富士宮先輩の言葉を確かめるために腕時計ではなく、スマホを確認する。するとそこには確かに13時10分と表示されていた。


「その・・・ええと・・・すいませんでした!」

とにかく謝るしかない。勘違いとはいえ遅刻したのは確かなのだから。

 眼前に迫った富士宮会長に深々と頭を下げ必死に許しを乞う。


「そんな恰好で謝られてもね。」

「えっ?あ、これは、その・・・着替える時間がなくて・・・」

そうだ。今の僕は興津さんの制服を借りて着ている女装男子だ。もしかすると富士宮先輩にはただの変態コスプレ野郎と捉えられていても不思議ではない。これでは謝ったところでなんの説得力もない。やはり着替えてからくるべきだった。


「ふふふっ、もういいわよ榎野君。別に最初から気にしていないもの。」

「?」

突如笑い出した富士宮先輩に言葉を失いそっと頭を上げると、さっきまでの威圧感は消え去り、いつもの優しそうな先輩が口元を手で隠しながら僕の容姿を見てただただ笑っていた。


「先輩、弄びましたね?!」

「ごめんなさいね。だってそんな恰好、めったに見られないですもの。」

「こ、これは!僕だって好きでこんな格好しているわけじゃないですからね?!」

一応勘違いされては困るのでここは強く訂正しておく。


「はあ、おかしい。でもこのくらい許してもらわないと。遅刻の罰よ。」

ひとしきり笑い終えた富士宮会長はゆっくりと表情を戻し、そして最後に少しだけ悪戯に笑いかけた。


「それで?榎野君は私に話があるんでしょ?何かしら。」

「あ、そうでした。その・・・」

いざ話し出そうとするとうまく言葉が出てこない。そんな僕を見ても富士宮先輩はゆっくりと僕が話し出すまで待ってくれている。


「その、ずっと先輩に謝りたくて。すいませんでした。」

途端に富士宮先輩が不思議そうな顔を浮かべる。何のことだか全く見当がついていない様子だ。


「どうして?どうして榎野君が私に謝るの?」

「夏休みの終わりに、花火大会に行ったじゃないですか。」

「あぁ・・・そのことか。」

そう言って俯く富士宮先輩。何かを察したように切ない表情へと変わる。


「あの時、僕すぐに何も言えなくて。」

夏休みの終わり間近。僕と富士宮先輩は二人で花火大会に行った。といってもそれはデートではなく、生徒会の活動の一環として花火大会と一緒に行われる祭りの見廻りに同行しただけなのだが。しかしその後花火を見ながら僕は、富士宮先輩から『またこうして花火を見にこれたらいいね』と言われたのだが、それに対してうやむやな返事しかできなかった。卒業してしまう富士宮先輩に、もう気軽に会うことができなくなる3年の先輩に、気安く『また来年も一緒に来ましょう』なんて、その時の僕にはとても言えなかった。

 そしてその直後、富士宮先輩は急に一人で帰ってしまったのだ。無理もない。僕があんな態度しか取れなかったのだから。せっかく誘ってくれた富士宮先輩に対してはっきりとしない態度をとってしまったのだから。


「先輩に嫌な思いをさせてしまったかなって。だから僕ずっと謝りたかったんです。」

「・・・だから連絡をくれなかったの?」

「え?」

「今まで、私の事ちょっと避けてたでしょう。」

悪戯っぽくも、少し寂しそうにもとれるような表情で微笑む富士宮先輩。


「そ、それは・・・」

「別にごまかさなくていいよ。なんとなく気付いていたから。」

「いや、避けていたわけじゃないんです。でもなんとなく話づらかったというか、どう話せばいいのか分からなかったんです。そうして考えているうちにどんどん気まずくなっていって・・・」

複雑に絡みついた感情の紐がほどけていく。自分でも何を話せばいいのか、どう接していいのか分からなかった思いが、いざ富士宮先輩を眼前にして開口すると、少しずつ、けれど確かに潜んでいた想いの欠片が零れていった。


「なるほどね。そういうことだったのか。それはそれは」

そう言いながら隣に寄り添ってくる富士宮先輩。なんだかいつもより距離が近い。とてつもなく近い。


「余計な気遣いをさせちゃったみたいだね。私の方こそごめんね、榎野君。」

真横から富士宮先輩が見つめてくる。これでドキッとしない男がいるのだろうか。否応なく鼓動が高鳴っていく。


「私ね、あんな風に家族以外の誰かと花火見たりお祭り行ったりするの初めてだったの。私の家、ちょっと厳しくてね。だから榎野君と一緒に花火が見られて、本当に嬉しかった。嬉しくて舞い上がっちゃって、そしたら自分でも無意識のうちに榎野君に変なこと言っちゃった。」

そう言って笑う富士宮先輩の頬は、心なしか薄紅色に染まっているように見えた。


「だからね、あの時さっさと帰っちゃったのは榎野君の言葉にがっかりしたとか、興醒めしたとかそういうことじゃないの。ただ自分から出た言葉を認識したら途端に恥ずかしくなってきちゃって。その場にいるのもいたたまれなくなっちゃったの。だから謝らなきゃないのは私の方。榎野君、本当にごめんなさいね。」

そう言って丁寧に頭を下げる。こんな時に失礼かもしれないが、謝る姿にも品性が宿っているようだ。


「そんな!先輩が謝らないでください!まずは頭を上げて!」

慌てて富士宮先輩に声をかける。どんな理由であれ、先輩に頭を下げさせるなんてあってはならないことだ。


「じゃあ別に怒っていたわけじゃなかったんですね?」

「そうね。変な誤解をさせてごめんなさい。榎野君にも変に気を遣わせちゃったね。」

申し訳なさそうにチラチラと視線を送ってくる富士宮先輩の仕草には、いつも滲み出ている先輩の余裕はまるでなく、まるで小動物が怯えているような雰囲気を醸し出していた。


「いや、そんなのは良いんですよ。でもよかった・・・僕富士宮先輩から嫌われたんじゃないかって冷や冷やしていたんです。」

「そんなことあるわけないじゃない。だけど榎野君に迷惑をかけてしまったのだから、何かお詫びをしないとね・・・」

「え?!そんな・・・別にいいですよ!気にしないでください。」

「だーめ。それじゃあ私の気が済まないもの。あ、そうだ。私ね、今日はこれから生徒会の仕事もないし午後空いているの。よかったら一緒に学園祭回らない?」

それは思ってもいなかった誘いだった。これじゃあお詫びっていうよりただのご褒美だ。


「もちろんです!是非!」

断る理由もないので即答してしまった。浮かれているのがバレただろうか?いやそんなことはどうだっていい。今はただ突如やってきたこの幸運に感謝して受け入れるだけだ。


「ふふふ、即答ね。じゃあまずはその女装姿を着替えてこないとね。」

「あっそうでした・・・」

こうして富士宮先輩との半日だけの学園祭デートを突如として迎えることができた。そしてあの花火大会の夜の事も和解することができたようだ。何とか行動に移すことができて本当に良かった。ギャルゲの主人公として生きていくとは言ったものの、あくまでこれは現実世界だ。セーブポイントなどない。それを自覚させられた出来事を乗り越えることで、よりヒロイン達との関係を慎重に、けれど確実に進めていかなければならないことを学んだのであった。

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