エピソード10 祭りの後のまた祭り・後編
3.
9月12日 約束の土曜だ。クラスメイトと予定を組んで休日に出かけるなんて何時ぶりだろう。それも相手は女の子。平常心でいろというほうが無理だろう。
穏やかな秋晴れが広がる中、興津さんから言われた待ち合わせ場所へと向かう。早朝6時半。休日の待ち合わせには大分早い時間だ。日中はまだ気圧差が残るものの、9月ともなると流石にこの時間は少し肌寒い。
興津さんに指定された場所は、これまでに幾度となく使いなれた清水駅の改札口だった。待ち合わせ場所に到着するも、土曜日の早朝ということもあってか周りに利用者はほとんどいない。スーツを着たサラリーマンらしき人がちらほらと確認できる程度だった。
5分ほど経ったころだろうか、それらしき女性が遠くから歩いてくると僕を見るなり小走りで駆け寄ってきた。二人の間の距離が近づくと同時に相手の顔が認識できた。どうやら興津さんで間違いなかったようだ。
「はぁ、はぁ、、ごめん、待たせちゃったかな?」
「おはよう、興津さん。そんなことないよ、僕もさっき来たところだったから。」
肩を上下に小さく揺らしながら両手を膝について呼吸を整える興津さん。そんな彼女を遠くから認識できなかったのは、単に僕の視力が悪いせいだけではなく、もっと大きな理由があった。
「何じろじろ見てんの?キモいんですけど。」
そう言って嫌悪感が十二分に込められた眼差しで僕をしっかりと睨みつけていた。そう、彼女をすぐに判別できなかったのは、興津さんが私服だったからである。チェック柄のロングシャツに膝上丈のプリーツスカートといった秋らしい格好に身を包んだ興津さんは、普段の制服姿よりも何倍も女の子らしく、そしてその姿しか知らない僕にとってはあまりに新鮮でしっかりと脳裏に焼き付いた。
「・・・いや、可愛いなと思って。」
そう言ってすぐ驚く。数秒遅れて興津さんも驚いている。考えたわけでもなしに、気づくと感想が自分でも反射的に言葉になって出ていた。つまりそれが興津さんに対しての僕の率直な、心からの気持ちだったのだということに遅れて気が付いた。
「そ、そっか、あ、ありがと、そりゃまあなんてったって恵零那ちゃんだからね!当然よね!」
怒られると思ったが、興津さんは照れくさそうに真っ赤になりながらただ笑っていた。
「あ、やばい。もうこんな時間じゃん!急がないとバス出ちゃうよ。いこ!」
そう言って僕を急かすと、ロータリーから少し離れたバス停へと小走りで駆け寄っていく。
「待ってよ興津さん、てかそもそもどこに向かっているの?」
慌てて彼女の後を追う。駅前の改札口に来るよう言われていたため、てっきり電車でどこかへ行くのかと思っていたのだが、その予想はどうやらはずれのようだ。
「まあまあ、バスが来ればすぐにわかるって。」
彼女の言葉の意味を考えながらそのバスを待つ。すると10分もしないうちに発着所に一台のバスが停まった。と同時に、バスに表示された行き先を見る。なるほど確かに今日の目的がすぐに分かった。
二時間ほどバスに揺られて辿り着いたのは、隣県である山梨県の河口湖に隣接するよう作られたアミューズメント施設・富士急ハイランドだった。
「ふう、結構かかったね。空気うまー。」
バスから降りると大きく背伸びをして肺にいっぱいの酸素を取り込む興津さん。確かに山の中にある富士急周辺は、空気が澄んでいるように感じられた。
「夏休みも終わったってのに結構人いるねー。」
「さすが遊園地って感じだね。」
夏休みも終わり、普通の土曜日のしかも朝の9時を少し過ぎただけだというのに、既にゲート付近には大勢の人だかりができていた。
「じゃあ折角来たのにこうしていても時間もったいないし、行こっか。」
とはいってもパスなんて持っていない。そもそも富士急に来るなんて思ってもいなかったので、所持金自体にそれほど余裕がなかったりもする。
「興津さん、その・・・僕今あんまりお金が・・・」
「いいから。はい、チケット。」
「え?どういうこと?チケット、用意していたの?」
「もらったのよ。3枚あって、友達が来られないっていうからね。」
そういって興津さんがバッグから徐にチケットを取り出すと、一枚を僕に渡してきた。
「ありがとう。感謝します。」
「急に誘ったのは私だからね。いいってことよ!」
こうして興津さんとの富士急デートが始まった。全国的にも有名なジェットコースターに乗り、ウォーターアトラクションで身体の熱を冷まし、病院の跡地をモチーフにしたお化け屋敷を全力で駆け抜けた。
そうしているうちに気付くと時間は12時を回っていた。
「お化け屋敷、やばいって。あれ絶対トラウマになる・・・」
入る時よりもぐったりしている興津さん。どうやら相当堪えたようだ。
「ちょっと休憩しよ。」
ヨーロピアンテイストのレンガを模した建物の中に、できたてパンが楽しめるカフェがあり、そこに二人で入ることにした。扉を開けると、中から香ばしい匂いや、バターの香りが気流となって僕たちを包み込んだ。
椅子に座って注文を終えると、待っている間に一息ついて興津さんへ聞きたかったことを尋ねることにした。
「ところでさ、どうして急に富士急に?それも僕と。」
ここに来てずっと疑問だった。確かに興津さんとは有り難いことにこうして普通に話せるような仲にまでなることができた。しかしそれはあくまで学校の中の話であって、こうして休日に二人で遊びに行ったり、予定を合わせて出かけたりするほどの仲ではないと僕自身思っていた。だからこうして興津さんのほうから遊園地に誘ってくれることなど、夢にも思わなかったのだ。
「部活、忙しくてさ。コンクールも近くて私も含めてだけど、みんなピリピリしてたんだよね。だからさ、なんだか息抜きしたくなって。それで今日はこうして部活サボっちゃった。」
そう言ってばつが悪そうに恥じらいながら笑う興津さんの横顔は、なぜだかキラキラと輝いて見えた。
「どうして榎野だったのかっていうと・・・うーんそうだなあ、まあ暇そうな人で思い浮かんだのが榎野くらいだったから、かな?」
「ひっでえ。心外だなあ。」
「ふふふ、ごめんごめん。でも事実じゃん。」
「・・・否定できないのが悔しい。」
悔しいがこの休日は、興津さんの言う通り特に予定がなかったことも事実で、時間を持て余していたので返す言葉が見つからなかった。
「ま、今の話は3割くらい冗談なんだけどね。」
「いや3割って・・・それ7割は本当ってことじゃん!!」
「まあまあ細かいことは良いじゃん。じゃあまじめな話をするけどさ」
ひとしきり僕をイジって笑っていた興津さん。そうかと思うと、途端真剣な顔つきに変わっていた。
「榎野さあ、この前のホームルーム、文化祭の企画の話し合いしてた時さ、なんか悩んでたでしょ。」
「え?!それは・・・」
確かに僕は悩んでいた。富士宮先輩と片浜先輩の事だ。特に富士宮先輩とは、夏祭りの時になんとなくスッキリとしない別れ方をして以降、関係はギクシャクとしたままでいた。
「でさ、今日こうして遊んでさ、元気出た?」
「え」
「元気出たかって聞いてんの。」
一歩詰め寄ってくる興津さん。その表情は真剣そのものだ。
「それはもちろんだよ。正直悩んでいたことはあったけどそのことに対して意識が向くこともないほどには。」
「そっか。それは何よりでよかったよかった。何で悩んでいたのかは別に聞かないけどさ。こうして一時でも解放されたんならいいじゃない。私はそうしてあげたかったから榎野を誘っただけだよ。」
「興津さん・・・」
鼻の奥が熱くなってくるような感覚が堪えようとすればするほど内から湧き上がってくる。こみ上げてくる感謝と安堵、羞恥、それらが入り混じった感情を到底堪えられそうになかった。
「なに榎野、泣きそうになってんじゃん。ちょっとキモいからやめてよそんなこと。私まで周りから変な奴だと思われちゃうじゃん。」
「ひどいなあ興津さんは。」
しかしおかげで胸の中が軽くなっていくのがわかる。
「じゃあ昼も食べたし、またもうちょっと遊びにいこっか。」
その後も二人でアトラクションを満喫した。最後に恒例の(?)観覧車に乗って、気が付くと時間は既に17時になろうとしていた。
「やば、もうこんな時間じゃん!帰りのバス来ちゃうよ。そろそろ帰ろっか。」
そう言って僕の手を引っ張って駆けだす興津さん。失礼な話だが、吹奏楽部のどこにこれほどの体力があるのかというほどアグレッシブに僕を連れ回す。そんな彼女の行動力に身を任せるのも不思議と悪い気はしなかった。
ほとんど丸一日遊んで歩いたせいか、帰りのバスはお互い爆睡だった。車内での道中の記憶が全くなく、瞼を閉じて再び開いた時、そこはすでにいつも見慣れた清水駅前だった。
バスを降りて再び日常へと戻る。遊園地に行く機会は、大人に近づくごとにめっきり減っていってしまったのだが、その都度こうして帰ってくると今までいた場所がいかに非日常であったのかをずっと肌身で感じていた。そしてそれは今でも何も変わっていなかった。
心地よい夜風が身体の熱と高揚感を冷ましていく。楽しかった時間の終わりはいつもこうして虚しさのようなものを感じさせられる。
「榎野。今日はありがとう。久しぶりに遊んでいいストレス発散になったよ。」
「いやいや、こちらこそ。誘ってくれてありがとう。遊園地自体久々だったから、新鮮だった。」
「それはよかった。じゃあ明日からまた練習の日々に戻るよ。」
少し物悲しそうな眼差しで遠くを眺めながら興津さんが言った。
「うん。部活も頑張ってね。それと学園祭も頑張ろう。」
「あ、それなんだけどね・・・実は私、学祭出られないんだ。合宿があってね・・・ごめん」
初耳だった。てっきり興津さんも学園祭に出るものだと勝手に思っていた。だからその話を告げられると正直気持ちが揺らいだ。
「そっか・・・残念だけど仕方ないね。じゃあ合宿のほうを頑張って。帰りは?」
「いいよ、ここで。ありがとね。」
「うん、じゃあまた来週学校で。」
「またねー。」
そうして去っていく彼女を見送ってから、自分も帰路に就く。こうして初めての遊園地デートは無事終わりを迎えられた。
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