エピソード10 祭りの後のまた祭り・中編

2.

 翌日、放課後早速興津さんと買い出しに行くことになった。といっても食材なんかは日持ちしないので学祭間近に買うしかない。ひとまず飾りつけに使う装飾品や布生地、それから雑貨を買いにいくことにした。

 

「部室に寄ってから行くから。」

そう言って慌ただしく教室を出ていった興津さんを下駄箱で待つ。やはり吹奏楽部のほうがかなり忙しいのかもしれない。

 下駄箱にもたれてなんとなくぼーっと待っていると、校内のあちらこちらから賑やかな声が飛び交っているのが聞こえてきた。そして気付くと学校全体にそわそわと落ち着かない雰囲気が漂っていた。いわゆるお祭り騒ぎだ。学祭だからと浮かれていたのは、何も自分のクラスだけではない。いつの間にか学校全体がそういうむず痒いようなムードになっていたことを肌身で感じた、その時だった。


「ショーーーーマサーーーン!!」

「うおぁあ??!!」

僕の視線とは逆の、つまり死角から突如大声で声をかけられた。そしてこんなことをしてくる知り合いには、1人だけ心当たりがある。


「珠璃亞!よかった、学校編入できたんだな。」

やはり珠璃亞だ。吉原=レスキナ=珠璃亞。ロシア人の母親と日本人の父親のハーフで、日本の高校に通うためにロシアから来た銀髪美少女だ。

 父親の影響からか日本のゲームやアニメ文化への関心が強く、その亡き父が生まれた日本の風土に触れるため二学期からこの静翔高校に編入となる予定だったはずだ。


「ダー!千珠葉チャント維織チャント一緒なれマシター!」

「同じクラスになれたって意味ね。」

不意に下駄箱からもう一人、別の女の子の声がした。


「なんだ、千珠葉もいたのか。」

「なんだって何よ。普通に失礼じゃない?」

そう言って膨れた千珠葉が下駄箱の陰から顔を出した。どうやらこれから帰るところだったらしい。


「ごめんごめん。それにしてもよかったじゃないか、みんな一緒で。ところで珠璃亞は結局部活入れたのか?」

ロシアにいた頃からずっと演劇に打ち込んできた珠璃亞。彼女は日本に来てからも続ける気があるらしく、夏休みの間も公園で一人練習に明け暮れていた。幸いうちの高校にも演劇部があったはずだ。


「ふっふっふっ、聞いて驚くコトナカレ。既ニ演劇部入りマーシタネ。ダカラ学園祭、体育館デ演劇やりマース。ショーマサンもミニ来てクダサーイ!」

いつの間にか日本語が流暢になっていないか?という疑問は心の中にしまっておくとして、どうやら無事演劇部に入部できたらしい。


「そっか、よかったじゃないか。じゃあ学祭本番、楽しみにしているよ。」

「ハーイ!任せてクダサーイ!ジャア私たちコレカラ学園祭の準備アルノデ。ショーマサーン、サヨナラー。」

そう言い残すと、珠璃亞は千珠葉の手を引き走り去っていってしまった。


「相変わらず自由な奴だな。」

「なんだ榎野、意外と顔が広いんだな。」

「うおぁ?!」

遠くなる珠璃亞達の姿を見送っていると、背後から意表を突かれ思わず奇声を上げてしまった。


「そんな驚いてもらえると、こっちもやりがいが出るね。」

そう言って屈託のない笑顔を向けてきたのは、さっきまで吹奏楽部の部室に出かけていた興津さんだった。


「お、驚かせないでよ。心臓に悪いなあ。」

「なんで?何かやましいことでもあるの?」

追及の眼差しが注がれる。


「な、何もないよ。それより用事はもう終わったの?」

「なーんかはぐらかされてる気がするなあ。でもまあいいや。終わったよ。待たせてごめんね。じゃあ私たちも買い出しいこっか。」

まだ納得はしていないようだったが、それ以上興津さんが何か追及してくることはなかった。靴を履き替えるとそそくさと玄関へ出る。9月とはいえ、西日が差し込む夕暮れ時はまだまだ夏の熱気を残したままだ。


「ひえー、あっちい。まだまだ秋には程遠い暑さだね。こりゃ日焼け止め塗ってこないとまずかったかなー。」

そう言って制服の襟に手をかけパタパタと風邪を送り込む興津さん。吹奏楽部で普段滅多に日光に当たらないためか、真っ白い興津さんの肌は夕日に当たって輝いて見えた。


「なーにじろじろ見てんのよ。キモいからやめたほうがいいよ。」

「え、いや・・・別に。ごめん。」

「別にじゃなくて。女って結構そういう視線分かるから。気をつけなね。榎野の今後のために忠告。」

「あっ・・・ごめん。」

「いいよ。じゃあさっさと行こ。モタモタしてたら遅くなっちゃうよ。」

興津さんからの痛烈な忠告をしっかりと心に刻みつけると、僕らは二人自転車を漕いで学校を後にした。

 

 学校から自転車で10分程度離れたところにある清水駅。その駅に繋がる形で清水駅前銀座商店街がある。飲食店や食料品店ばかりが立ち並んでいるようにも思えるが、昔ながらの呉服屋や生地店、手芸用品店なども見られる。


「ほらここ。10センチから生地売ってくれるし、コスプレ衣装制作とかにも協力してくれるらしいよ。」

「へえ・・・随分詳しいね。」

着いた途端目をキラキラと輝かせる興津さんは、いつもよりも女の子らしい表情で純粋に可愛らしかった。


「ま、まあね。それより早く入ろうよ。飾りつけの布とか買わないとね。」

買い出し係として教室の飾り付け用の装飾品やテーブルクロスなんかを頼まれたものの、正直僕にはどんなものを買っていいのか全く分からなかった。だから、興津さんが一緒に来てくれて本当に心強い。


「なんかさー、色んな色とか肌触りの生地があって見ているだけでも楽しくなってきちゃうね。」

「そうだね。これなんてどうかな。」

そうだねといったものの何がいいのか、どう違うのかさっぱりわからない。とりあえず目についたものを手に取って興津さんに見せてみる。


「いやーないわー。それで壁を飾るの?榎野センスないわー。」

全否定された。適当に選んだとは言えセンスまで疑われると流石にへこむ。


 30分程かけてじっくりと見て回った後、自転車のカゴにギリギリ収まるくらいの量の生地と布を買い、店を出る。既に辺りは薄っすらと紫苑しえん色に染まってきていた。


「ふー、私物ではないとはいえ、久しぶりにこうやっていっぱい買い物できるとなんかストレス解消になるね。」

「ちょっとわかるかも。結構買ったしね。それに、正直生地の事とか違いとかよく分からなかったけど、こうして自分の知らないものを見て触れてみるってのもなんかいいね。」

「へー大人になったじゃん。」

「いや僕の子供のころなんて知らないでしょ!」

「そういう意味じゃないよ。また一つ経験を積んで大人になったじゃんって意味。さ、そろそろ暗くなってきたし今日はこの辺で帰るとしますか。」

そう言ってカゴに荷物を積み込む興津さん。その顔はどこか嬉しそうに口角が少し上がっているようにも見えた。


「榎野さあ、ちょっとは女子に慣れてきた?」

自転車に乗りながら、唐突に興津さんが尋ねてくる。縦一列で走っているためその表情は読み取れない。


「うーん、どうだろ。確かに今までに比べたら話せるようにはなってきた、かも?」

曖昧な返事で返す。「慣れてきた」と言えるほどの自信は今の自分にはなかったからだ。


「私が前に言ったこと、覚えてる?」

「え?それって・・・」

「女子に慣れるには実際女子と話すしかない、ってこと。」

「あぁ、覚えているよ。興津さんがリハビリ相手になってくれるって言ってくれた日の事だよね。」

「そ。なんだかんだ上手くやれてるみたいじゃん。」

意外な言葉だった。またコミュ障とかキモオタ童貞とか、そんなことを言われるのではないかと内心穏やかではなかったため、気持ちが落ち着かなかったのだが、興津さんの意外な一言で逆に拍子抜けしてしまった。と、同時にペダルをこぐ足が軽くなるような感覚に陥った。


「ねぇ、榎野。」

「ん?どうしたの?興津さん。」

興津さんの自転車のスピードがゆっくりと遅くなり、やがてカラカラと音を立てて止まった。慌てて僕も自転車を降りる。車の通りも少ない道沿いで、二人立ち止まっていた。


「今度さ、デート、しよっか。」

「ええええぇぇぇぇぇ??!!」

想像もしていなかった興津さんの発言に一瞬思考が完全に停止した。数秒間が永劫続くかのように長い。これは夢なのか?それとも並行世界?だとしたら一体いつから?僕はいつどこで現実世界と入れ替わったのだろうか・・・

 なわけないか。すぐに我に返る。これは現実だ。ゲームでも夢でもパラレルワールドでもない。実際に僕が観測しているリアルな世界だ。


「なに、嫌なの?はっきりしなさい。」

僕を見上げるように下から睨みつける興津さん。そこまで身長は大きくないほうだとは思うが、威圧感はかなりのものだった。


「いえ!滅相もない!光栄であります!」

訳の分からない、兵士のような話し方で返答する。それを聞いて安心したように興津さんが微笑んだ。


「結構。じゃあ次の土曜日。詳しいことはまた後で連絡するよ。」

「は、はい!」

「それじゃあ今日はこの辺で。私んちこっちだから。」

「うん、じゃあまたね。」

「いや、そこは送ってこうか?でしょ。ほんと榎野は分かってないなあ。」

「あっごめん。そうだよね・・・送ってk」

「いいよ!じゃあまた明日。学校でね。」

「うん。じゃあまた明日。」

再び自転車で揚々と走り出す興津さん。そんな彼女を僕はしばらくその場で見送っていた。


「なんだこれ!リア充かよ!」

自分でも思いもよらぬことが起こった。いつかこんなイベントを自分の身で直接体験する日がやってくるとは。

 動き出したこのギャルゲ生活に少しの不安と戸惑いを感じながらも、されどどうすることもできず、何かできる術も知らないので、結局ただ流れに身を任せることを選んだのだった。

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