エピソード10 祭りの後のまた祭り・前編

1.

 9月7日 暦上は秋の筈なのに、暑さのピークは一向に去ることもなく熱帯夜が続いていた。夏休みの終わりに落胆している生徒は少なくなく、当然のように周りにも明らかに精気が欠けた目をした生徒が散見された。

 そんな残暑とともに始まった新学期も、慌ただしくしているうちにあっという間に1週間が経った。1日に新学期が始まって3日後にはすでに実力試験。そしてそれが(二重の意味で)終わった今、目下2週間後に迫った学園祭に向けホームルームの最中だ。全くこの時期にイベントを詰め込むだけ詰め込んだハードスケジュールはどうにもならないのだろうか。年間行事の予定を組んでいる人間の処理能力が疑わしく思えてくる。

 ちなみに夏休み中の課題だが、何とか終わらせることができた。富士宮先輩と別れて帰った後、放心状態だった僕を千珠葉がひどく訝しんでいたが、かといって翌日まで落ち込み続けているほどナイーブでもない。やるべきことはやらなければ。というわけで夏休みの終日には終わらせることができた。

 クラスの喧騒で我に返る。どうやら出し物をどうするとか、費用がどうとかで白熱した議論が繰り広げられている。と言っても一部の人間が勝手に盛り上がって騒いでいるだけだ。正直僕にとってはどうだっていい。

 クラスのイケてる連中が勝手に盛り上がって、勝手に浮かれて、勝手に協力し合っているかのような仮初の一体感を味わっていたいだけだ。僕のようなクラスの中心から少し外れた人間には学園祭の準備期間におけるクラスの一体感など到底感じられるはずもなく、かといってサボる勇気もないのでなんとなく日々を無下に浪費するだけの生活を送っていた。

 そもそもクラス全員に何かしらの役割を与えるってのも理解しがたい。高校生皆が皆、互いに手を取り合って何かを成し遂げることで得られる達成感や優越感に浸ることを望んでいるわけではないのだ。できることなら関わりあいたくないと望んでいる奴だっているだろう。こういうのはやりたい奴だけを募って、内輪で勝手にやってもらいたい。そして興味のない奴は、いっそ合意の元で休校にでもしてくれたほうが余程いい。

 ま、実際そんな都合のいいことが起こらないことは十二分に理解している。だから僕はそんな喧騒から離脱したい一心で、ただ窓越しにグラウンドを眺めながら思考を巡らせていた。頭の中に浮かぶのは富士宮先輩と片浜先輩。

 それぞれの先輩と過ごした夏は刺激的でありながらも、同時に別れの時には虚無感と無力感、そして胸がつかえるような感覚を僕にもたらした。


『限られた時間で僕にできること』


 何度も考えてみたものの、その答えはいまだにわからず仕舞いだ。結局夏休みが明けて以来、先輩達には会えていない。特に富士宮先輩に至っては、あの夏祭りの日から一度も連絡を取ることができていなかった。


「どうしたものか・・・」

考えても考えても一向に名案が浮かばない。それどころか時間が経つにつれ、解決の糸口がまるで見えなくなりつつあった。


「・・・ぁ。・・・の、榎野!」

「うわぁ?!ん?あ、あぁ興津さん。ごめん、ぼーっとしてた。どうしたの?」

背中に鋭い刺突の衝撃を喰らい思わず奇声を上げてしまった。その痛みの原因を特定するためにゆっくりと背後を振り向くと、そこには僕のワイシャツ越しに背中にシャーペンを刺す興津さんの姿があった。僕の窓際の特等席に対して、興津さんの席は廊下側の一番後ろの筈であったが、二学期早々担任の教師の気まぐれで席替えくじが行われ、興津さんが真後ろという配置になっていた。


「ごめんじゃないよ、まったく。榎野さ、話最初から全然聞いてなかったでしょ。学祭の企画、決まったよ。」

知らぬ間にどうやらホームルームも進んでいたようだ。そして既にクラスの企画も決定したらしい。僕の意見など一度も求められなかったのだが。まあ最初から意見など言う気もなかったからどうでもいいんだけど。


「へ、へぇそうなんだ。何やるって?」

「なんか心ここにあらずだね。うちのクラスはカフェだってさ。」

「ふーん。」

誰が見てもあからさまな態度で興味がないことを示す。実際本気でどうでもいい。


「見るからに興味がなさそうだね。」

「まあね。正直なんだってよかったし。それに高校生が学祭でやるカフェなんてたかが知れてるじゃん。保健所の許可とか衛生管理とか火器の使用の制限とか、いろいろ制約も多いだろうしさ。」

「・・・随分夢も希望もない現実的な意見だね。間違っちゃないけどさ。ずいぶん冷めてるじゃん。」

興津さんの冷たい眼差しが突き刺さる。とはいえ実際そうだろう。この程度の企画の共同作業で一体感や達成感を感じられるわけがない。お前だけだと言われかねないが、それほど協調性のある性格でないことは自分でも重々理解しているつもりだ。


「そんなもんだよ。」

「そーかいそーかい、そんな榎野には悪いんだけどさ、私達、買い出し当番らしいから。」

「ん?私“達”って、どういう・・・」

なんだか嫌な予感がする。


「いや聞くまでもないでしょ。私と榎野よ。」

「は?!なんで?そんな話聞いてn」

「聞いてないって、うんともすんとも言わなかったのは自分だろ。榎野が勝手に知らん顔して一人離脱してただけじゃんか。とにかく決まったものは決まったんだから、グズグズ言ってないで買い物のリストでも作ろうよ。」

こうして僕は、半ば強制的にクラスで行うカフェの物品の買い出し係に任命された。興津さんと二人で。

 興津さんの言う通り、ホームルームの最中にぼーっとして外を眺めながら別のことを考えていたのは事実だし、その間に勝手に役割を決められていたとしても文句は言えない立場だということも分かってはいるのだが。


「ま、大して知らない人と行くよりはいいか。」

開き直るわけではないが、さっきまでのホームルームで行われていた会話を一切何も聞いていなかったのだから、買い出しに行くにしても何を買えばいいのかさえ見当もつかない。


「ところでカフェって、具体的にどんなことやるの?まさかただ単に市販の飲み物注いで適当にお菓子出して終わりなんてことはないよね?」

「まぁね。なんでも男子と女子で逆の制服着てやるらしいよ。中身は基本普通のカフェだけど、クラスの大野君の家が喫茶店らしいから、彼が実際に豆を挽いて入れてくれるってのを売りにするんだって。」

つまり僕ら男子は女子の制服を借りて、女子は男子から制服を借りて接客をするということらしい。当日はその大野君とやらが豆を挽いて本格コーヒーを提供し、僕らはサイドメニューの調理や接客を分担するということらしい。


「あのさ、根本的な話で申し訳ないんだけど・・・それって、何が面白いのかな?」

「私に聞いても分かるわけないでしょ!!」

「それもそうだね。」

何やら企画自体への不安は拭えないが、かといって提案できるほどの良案もないため黙って興津さんと買い物のリストを作成する。この企画のリーダーっぽい人にそれとなく必要なものを確認に行く興津さん。それを僕は遠ただ離れて眺めていることしかできなかった。


「必要なもの、聞いてきたよ。」

メモ用紙に小さく整った字で、買ってくるものが箇条書きされていた。


「結構あるね。」

「まあ何とかなるでしょ。じゃあさっそく明日から行くから。じゃあ今日は解散。私部活あるから。」

「うん、じゃあまた明日ね。」

学祭があるとはいえ部活が休みになるわけではない。特に興津さんたち吹奏楽部は、10月のコンクールに向けて追い込みの時期らしい。彼女もまた、本当は学祭どころではないのかもしれない。


「興津さんばかりに頼っているわけにもいかないよな。」

学祭とかクラスの企画とか、そういうのには結局興味を持てず仕舞いだけれど、興津さんの負担にもなりたくない。僕にできることは自力でやらなければ。

 ホームルームが終わってもクラスの喧騒はしばらく収まることがなかった。一体夏休みレスの憂鬱感漂う空気は何だったのだろうか。

文化祭へと向けて少しずつ学校全体が活気づいていったのだった。

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