エピソード9 夏の最後の思い出を・中編
2.
祭りの喧騒の中、富士宮先輩と視回りをする。視回りと言っても特に何の問題も起こっていないので実質ただのお祭りデートだ。
「夏祭りに誰かと来るのなんて、初めてだな・・・」
「榎野君。寂しいことを言うのね。」
なんとなく呟いたつもりがどうやら聞こえていたらしい。
「祭りって、あんまり好きじゃなかったんですよ。ガヤガヤしていて、人も多いし。それになんていうか、彼女のいない僕とは縁遠い場所だったので。」
「そっか。じゃあ今はあまり乗り気じゃない?」
「いや!そんなことないですよ。むしろ光栄です。」
実際生徒会の仕事とはいえ、こうして富士宮先輩と二人きりで祭りを楽しむことができているのだ。不満などあるはずがない。寧ろ至上の幸福だ。
「ならよかった。急に呼び出したりしちゃったから、もしかしたら榎野君嫌だったんじゃないかなと思って。それに、予定とか入っていたらどうしようって。」
「そんな!先輩からの誘いを断ってまで優先すべき予定なんて一切ないので安心してください!」
予定というか、やらなければならない夏休みの課題は正直まだある。しかしそんなもの天秤にかけるほどの価値もない。
「ありがとうね、榎野君。さて、一通り屋台周辺を視て回ったけど特段何も起こってなかったわね。まあそっちのほうがありがたいのだけれども。」
「そうですね。何も起こらないに越したことはありません。それじゃあ一回花火があがる岸壁のほうに戻ってみますか?」
「そうね。そのほうがいいかも。」
薄暗くなってきた辺りの風景とは対照的に、煌々と輝く屋台の明かりに照らされた先輩の笑顔はどこか眩しかった。
こうして僕と富士宮先輩は、一旦祭りの喧騒を後にして、花火の打ち上げ会場である岸壁のほうへと向かうことにした。その時だった。
「あれ、祥ちゃん?」
不意に背後から声をかけられる。その呼ばれ方と声には心当たりがあって、振り返るとやはりその予想は当たっていた。
「え?あ、なんだ。りょ、陵じゃないか。偶然だな。ははは」
何か後ろめたい気持ちがあるわけでもないのに、富士宮先輩と二人でいるのを見られたかと思うと何故か声が上ずってしまった。
こんなの第三者からしたらどう見たって、ただのカップルの夏祭りデートじゃないか。と思うのは僕の自意識が過剰なのか?いや、そんなことはないはずだ。まあ僕は別に何も困らないのだが、変な噂が立って富士宮先輩に不利益が生じることだけは避けたい。
「あっ、えっと・・・先輩。こいつは同級生で昔からの幼なじみの清水 陵です。そんで陵、こちらは生徒会長の」
「富士宮先輩ですよね。」
そんな陵も普段のジャージスタイルとは裏腹に、
「清水さん。はじめまして、かな?生徒会長の富士宮 響子です。今日は榎野君と生徒会の仕事の一環として視回りに来ているの。清水さんは一人?ってことはないわよね。」
「なんだ、そういうことだったんですね。そっか、ならよかった。じゃなかった、そうなんです!実はバスケ部のチームメイトと祭りに来ていたんですけど、はぐれてしまって・・・」
そう呟きながら不安そうに俯く陵。どうやらはぐれたのはさっきまで僕たちが視回りをしていた屋台のほうらしい。
「富士宮先輩。」
「榎野君、分かってる。私は先に岸壁のほうに行ってるから。清水さんを助けてあげて。」
「はい!」
富士宮先輩と今さっき来た道を陵と戻る。視回りを始めた時よりも日が落ち込んで、人混みも目立ってきた。こうなると人探しをするのは容易ではなさそうだ。
「祥ちゃん、ごめんね。」
「何が?」
「何がって、その・・・なんて言うか、さ。富士宮先輩と、その・・・デ、デートだった、のかな?って・・・」
「・・・は?ちげえよ!何言ってんだよ。さっき富士宮先輩も言ってたろ。ただの生徒会の視回り活動だよ。」
「でも祥ちゃん、生徒会なんて入ってないよね。」
「っ!!」
「ただ顔見知りってだけで、お祭りに誘うなんてことあるのかな。」
「っ、それは・・・」
確かにそれは自分自身引っかかっていた。誘われた時はただ嬉しくて、舞い上がって、それ以上何も考えられなかったが、そんな時間が何時間も続く筈もなく、30分もしないうちに我に返った。そして気付く。おかしくないかと。
陵の言う通りで、顔見知りや知人と言っても特別な関係でも何でもない。精々他人から毛が生えた程度の間柄だ。そんな僕をどうして急に祭りに誘ったのだろうか。
「陵、お前の言う通りだよ。正直僕もどうして誘われたのか分からない。でも僕は僕を必要としてくれる人がいるなら、僕の手が必要な人がいるならできるだけ駆け付けたいんだよ。もう何もしないで毎日を無為に消費するのには飽きたんだ。」
「そっか。まあ祥ちゃんがいいならいいんだけどね。」
「ああ、いいさ。だからこうして陵のことも助けに来たんだろ?」
そう言ってわざとらしいドヤ顔を陵に向けると、しばらく沈黙に包まれたが、やがて我慢の限界だったのかどちらからともなく笑いがこみ上げる。
「っはははは、可笑しいね。でも祥ちゃん、変わったね。」
「そうか?」
「そうだよ。なんていうか、ちょっとかっこよくなった。かも。」
「ちょっとってなんだよ。ほんで元々ブサメンで悪かったな。」
「もぉ、そういうことじゃないのに。とにかく!なんか変わったのは事実だよ。」
どこか気恥ずかしくて陵と顔を合わせられない。変わったといっても、どうやら良い意味でということのようなので、ここは素直に受け入れておこう。
「ねぇ祥ちゃん、せっかくだし少し屋台見て回ろうよ。」
「あーはいはい、しょうがねぇな。少しだけだぞ。てか陵、自分が迷子だってこと忘れんなよ。」
とは言ったものの実際は心臓が弾け飛ぶほどに踊っていた。こんなことがあっていいのか?一日に二人の女の子とお祭りデートなんて、もしかしたら俺は明日死ぬのか?
まぁそれもまた運命。是非もなし。甘んじて受け入れるとして、ならば今この一瞬を精一杯楽しむとしよう。
「なあ陵、こっちにりんご飴あるぞ。たしかりんご飴好きだったよな。」
「もう!それ何年前の話よ!」
「でも好きだろ?」
「・・・まあ好きだけど。なんかムカつく。」
「いって!」
突如として足先に閃光のような激痛が走る。足元に視線を落とすと、そこには僕の足指をグリグリと容赦なく踏みにじる陵の足が重なってあった。
そうして陵と暫く屋台や祭りの喧騒を楽しんでいると、人混みの中に見覚えがある女性が目に留まった。あの人は確か、前にバスケ部の視察に行ったときに少し話したことがあったような、なかったような・・・
「陵、ちょっといいか。」
「ん?どうしたの?」
「ちょっとあれ見てくれ、あれって確か・・・」
「あ!宮本先輩だ!祥ちゃんナイス!」
そうだ、宮本先輩だ。たしか三年でバスケ部の部長だったはずだ。彼女の元へと駆け出す陵の後を反射的に追いかける。
「宮本先輩!」
「ん?おお清水!どこ行ってたんだよ、探したんだぞ・・・ってあれ、たしか君は・・・」
「ご、ご無沙汰しております。以前部活動の最中にお伺いした榎野です。」
「そうだ、そうだった。榎野君だったな。おい清水、私を差し置いて男連れで夜遊びとはいい度胸だな。」
にっこりと笑っているようにみえるが目や口角が全く笑っていない。元々細い宮本部長の目元がさらに日本刀のように細くなる。目力で刺されそうだ。
「そ、そんなんじゃないですよ!ちゃんと探してましたって!」
「言い訳は結構。ひとまず全員分の焼きそばをおごってもらおうか。」
「えぇ、部長それはないですよ・・・」
と、あっという間に身柄を確保され連れられて行く陵を、僕はただただ見送ることしかできなかった。
「榎野君。清水の事、ありがとうな。これからも仲良くしてやってくれ。」
耳元でそう告げると、宮本先輩も去って行ってしまった。
「あーあ、もう少し楽しみたかったなー、なんてね。祥ちゃんまたねー。」
「ん?あぁ、おう。じゃあまたな。」
こうして陵と別れると同時に、地響きのような爆発音とともに夜空には極彩色の光の花が咲き乱れた。
「まずい!富士宮先輩の所に戻らないと!」
陵と遊んでいるうちに、どうやら花火の打ち上げ時間になってしまっていたらしい。
富士宮先輩も一人で随分と待たせてしまった。とにかく先輩の待つ岸壁へと先を急いだ。
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