エピソード7 夏海行ったらもうリア充でしょ・前編

1.

 8月20日 海に来た。電車で揺られながら着いたのは伊豆急下田駅。そこからさらにバスに乗り、白浜しらはま中央海岸浴場へとたどり着いた。8月も半ばだというのにまだまだ照り返す太陽は眩しく、気温も一向に下がらない。海辺に吹く風は街中より若干温度が低いのか少し気持ちよかったが、砂浜に反射した日光は容赦なく僕らを襲ってきた。


「海デース!綺麗ネー!」

着いて早々珠璃亞がはしゃいでいる。極寒のロシアでは海水浴をする習慣がないのだろうか。やけに嬉しそうに砂浜を駆け回っていた。

 夏休みも終わり間近だからだろうか、海岸線には家族連れやら学生らしき連中やらで溢れていた。限られた残りの夏休みを、皆思い思いに過ごそうとしている。

 

「あ、あの・・・先輩、今日は一緒に来てくださってありがとうございます。」

背中から用宗さんが話しかけてくる。大きめのストローハットに群青色のワンピースが用宗さんの白い肌と対照的なコントラストを描いていてよく似合っている。


「いやいや、寧ろいきなりついてきてごめんね。迷惑じゃなかったかな?」

僕以外は千珠葉、珠璃亞、用宗さんという1年生女子3人組だ。完全に場違いというか、どちらかというと保護者のような感覚に陥ってくる。まぁ歳は1つしか変わらないのだが。


「いえ!全然そんなことないですよ。寧ろ嬉しいといいますか・・・」

「え?」

「あぁあぁああ何でもないですうぅぅ!!!」

顔を真っ赤にしながら先を歩いていた珠璃亞と千珠葉の元へと走り去っていく用宗さん。その姿を見ているだけで癒される。

 それにしても人見知りの用宗さん故、珠璃亞を連れてきてよかったのかとも考えたが、それは杞憂に終わった。どうやら女子とは初対面でもそんなに負担なく話せるらしい。それにあの誰とでも壁がなく話せるハイテンションガールの珠璃亞が相手では、人見知りするほうが難しいだろう。あのコミュ力は正直僕も見習いたいくらいだ。

 ひとまずパラソルを借りに売店へと向かう。それにしても海日和だ。雲一つない青空とはまさに今日のような日のことを言うのだろうなというほどの快晴だ。風も穏やかで、これならパラソルが倒れる心配もなさそうだ。

 必要なものをレンタルし、海辺へと向かうと先に着いていた三人が早速波打ち際ではしゃいでいた。


「おーい、みんな日焼け止めは塗ったのかー?体操は?あまり遠くまでは行くなよー。」

離れているため少し大きめの声で呼びかける。


「わかってるー!!お母さんみたいなこと言わなくていいから!!」

千珠葉から苦言を呈された。だれがお母さんだ。どちらかというとお父さんだろ。

 そんなことをつぶやきながらひとまずシートとパラソルを設置して簡易ベースキャンプを作成する。男一人で、しかも僕のようなヒョロガリ学生一人ではなかなかの重労働だ。完成するころにはすっかり汗だくになっていた。

 肝心の女子高生たちは水をかけあったり海面に浮いたりといかにも女子高生らしく青春を謳歌していた。


「僕も少し泳ごうかな。」

そう思いシートから腰を上げ海水に浸かったその時だった。


「ショーマサーン・・・」

少し離れたところから、浮き輪に乗った珠璃亞が小声で呼んでくる。


「なんだよ珠璃亞、俺も少し泳ごうと思っていたところなんだ。」

「それは良いタイミングデース・・・ショーマサーン、私ジツハ泳げナインデース・・・」

「えぇ、それはなんか意外だなぁ。運動神経よさそうなのに。」

「バスェーインなら多少は泳げるデース・・・でも海は・・・チョト怖いデース・・・」

「バスェーイン?」

「うんとぉ・・・プール?デスカね。」

「あぁなるほどね。」

どうやらプールでは泳げるけれど海だと怖くて泳げないということらしい。確かに少し気持ちはわかる。底が一定ではなく、少し沖のほうまで行けば大きな魚も泳いでいる。見えない不安や恐怖から海で泳ぐのに抵抗があるのかもしれない。


「じゃあ泳ぐ練習をしようか。でも、残念ながら僕もそんなに上手くないんだよな。」

実際僕もそんなに泳ぎが上手いわけじゃない。泳げないことはないが人並み程度だ。人に教えられるようなレベルではない。


「兄さん、何話してんの?」

飲み物を買いに出ていた千珠葉と用宗さんが帰ってきた。


「あぁ、お帰り。珠璃亞がね、泳ぎの練習がしたいんだって。」

「ワタシ、海だとチャント泳げナクッテ・・・」

恥ずかしそうに俯く珠璃亞。どうやら泳げないことを気にしているようだ。


「へー、意外だね。でもそういうことなら維織ちゃんの出番だね。」

ん?どういうことだ?そこでどうして用宗さんが出てくるんだ?どう見てもガチガチの体育会系には見えないのだが。

 不思議そうに千珠葉と用宗さんに対して交互に視線を送っていると、その意図を察したのか千珠葉が説明してくれた。


「あのね、維織ちゃんは水泳部なんだよ。だから泳ぐのはもちろんだけど、教えるのだって上手なんだよ。私だってこの間維織ちゃんに泳ぎ方教えてもらって、自分でもわかるくらい上手くなったもん。」

と千珠葉が胸を張る。無い胸を。そんなこと間違っても口に出そうものなら、立ちどころに廃材にさせられてしまう。冗談抜きで。なのでこれは心の中でだけ呟いておいた。

 それに比べて珠璃亞は随分発育がいい。別にジロジロと執拗に見るつもりはなかったのだが、やはり異国の血をひく故なのか、モデルのような佇まいで水着を着こなしていた。

それにしても用宗さんが水泳部だったとは驚きだ。以前水泳部の視察に行ったときにはいなかったのだ。それにその容姿からは、水泳はおろか、何か運動している姿など微塵も想像できなかったからだ。


「あ、あの・・・一応5歳から水泳をやっているので・・・それなりには泳げるかと・・・」

申し訳なさそうに用宗さんが呟いた。


「へぇ、それは意外だな。てっきり用宗さんは運動が苦手なのかと勝手に想像しちゃっていたからさ。逆に楽しみだな。」

「たいして運動できないのは兄さんのほうでしょ。」

千珠葉からの的確なツッコミが容赦なく飛んでくる。


「HAHAHA!これは一本取られたな!!!」


・・・


 僕の半径10m付近のみ時が止まったかのような静寂に覆われたのだった。


・・・


 改めて用宗さんを講師にむかえて水泳教室が行われると、ものの30分程度で珠璃亞は格段に泳げるようになっていた。さすが経験者の指導は違う。僕が無闇にでしゃばらなくて本当に良かった。


「維織チャーン!すごいデース!こんな泳げるの、初めてデース!スパシーバ!」

自分でも予想だにしなかった程の上達ぶりに珠璃亞自身が目を輝かせて喜んでいる。用宗さんの両手を握って、ちぎれんばかりに上下に揺すりながら感謝の意を示していた。


「わ、わわわ!そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったです。珠璃亞ちゃんの、呑み込みが早いからですよ。こちらこそどういたしまして。」

照れて赤面しながらも珠璃亞のリアクションに応じている。やはり女の子同士の、しかも同学年同士だとそこまで緊張せずに話せるようだ。

 その後練習も一段落し、僕らはパラソル下の拠点へと戻り遅めの昼食をとった。千珠葉から、

「こういう時は奢っとくもんやで。」と謎の関西弁で諭され、全員に昼食を(半強制的に)奢ることになった。いやぁバイトしていてよかった。

 とはいえこうして女子に囲まれてご飯を食べるなんて機会は滅多にない。そう考えればむしろ安いものだ。

 そうして和やかな空気を楽しんだ後は、また泳ぐ練習をしたり、ベタだが砂で城を作ったりして遊んだ。こんなこと、去年までの僕からは想像もつかないだろう。実際僕自身半ば夢なのではないかと半信半疑な部分もある。それくらい満ち足りた、いかにもリア充かのような経験を、今身をもって感じている。

 しかしそういう心地の良い、あるいは幸福を感じているときの時間というのは、往々にして早く過ぎ去るような感覚になる。そしてそれは今日もまた例外ではなかった。

 パラソルの下で寝転びながら、ビニールシートごしに伝わる砂の感触と海が運ぶ潮風を感じながら天を仰ぐと、太陽が真上から傾いていることに気付いた。何気なくバッグから取り出して、時計を確認すると、既に午後3時を指していたのだった。

 帰りの電車とシャワーの時間を考えると、残念だがそろそろ撤収の時間だ。


「みんなー、そろそろ帰る時間だぞー。」

砂浜から3人を呼ぶと名残惜しそうに海を眺めながらこちらに向かってくるのが見えた。

 そんな彼女たちを見守りながら、彼女たちにとってこれから先ずっと思い出として残る。今日がそんなひと時になればいいなと思い、帰り支度を急いだのであった。

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