エピソード6.5 作戦会議②

 ついに6人のヒロイン候補が絞られた。とは言え既に8月も半ばとなり、こうしている間に夏休みも刻々と終わりが近づいてきている。それに引き換えこれと言って大きな収穫もなければ大きなイベントもなかった。

 僕はというと、日々代わり映えのない生活を送っていた。ジュリアと出会い、家できらスぺをやったところまでは良かったのだが、それ以降はまったく僕の生活に女子が登場してくることはなかった。このままでは誰とも何も進展がないまま夏が終わってしまう。

 万策尽きたある日の朝、例の如く千珠葉に相談してみることにした。実の妹にそんなこと相談して恥ずかしくないのかって?何を今更。そんなプライドなんてあったらリアルでギャルゲの主人公として生きるなんて馬鹿なことやってない。そして、悲しいかなそんなどうしようもなくなった時頼れるのは一人しかいない。


「千珠葉ー、いるかー?」

もはやお馴染みである妹の千珠葉の部屋を恐る恐るノックすると、すぐにドアが開いた。


「なに?」

そっけない返事とともに妹の千珠葉が顔を出した。部屋着に眼鏡、明らかにオフといった格好だ。まぁ僕もジャージにTシャツとオシャレとは程遠い服装をしているのだから何も言えないが。


「今ちょっといいか?」

「あーはいはい。どうせいつもの件でしょ。」

詳しい要件も聞かずにそそくさと部屋に戻る。僕が尋ねてくる理由など聞くまでもない、と言いたげである。まぁ実際その通りなので何も言えないのだが。

遅れて僕も千珠葉の部屋へとお邪魔した。


「で?なんか進展あった?」

「え?」

綺麗に片付いた勉強用の机とセットで並べられた椅子に座るなり、唐突に千珠葉が切り出す。


「前にさ、こうして会議をしたのっていつだったっけ?」

「えっと・・・たしか6月くらいだったかな。」

「そっから何か進展があったのかって聞いてんの。」

明らかに面倒くさそうな様子で捲し立てられる。


「進展というか、一応気になる女の子は絞れたかな。」

「へー、やったじゃん。富士宮先輩と、片浜先輩、興津先輩。この三人の他にってこと?」

「まぁそうだな。それから3人の女子と出会ったんだよ。」

自分から相談しておいてなんだが、やはり妹にこんな話をするのはどこか恥ずかしい。


「ふーん。じゃあとりあえず二人は維織ちゃんと珠璃亞ちゃんでしょ。あと一人は?」

「いやなんでその二人は確定なんだよ。」

「普通に考えてそれ以外は考えられないじゃん。違うの?」

「違わないけど・・・お前ほんとに鋭いな。なんでわかるんだよ。」

まったくこういう所は本当に鋭い。あっけなく新たな三人のうちの二人を的中された。


「で、あと一人は?」

僕の発言は容易く流された。


「そうだな・・・なんていうか、まぁ言いにくいんだけど、陵だよ。」

自然と語尾が小声になる。別に後ろめたい気持ちがあるわけではないのだが、陵と千珠葉は昔から面識があることもあって、なんとなく気恥ずかしさが強かった。


「は?今なんて言った?」

適当に聞き流していた様子の千珠葉が固まってこちらを見ている。単に聞こえなかったわけではなく、僕の発言が想定外だった様子だ。


「だから、陵だよ。清水 陵。」

一瞬二人の間に流れる時が止まる。


「陵ちゃん?あの?兄さんそれ本気で言ってるの?」

驚くのも無理はない。僕の幼なじみである陵は、千珠葉にとってのお姉ちゃんのような存在だったはずだ。いや、今でもそうかもしれない。僕と陵は疎遠になった時期もあったが、千珠葉と陵はその間も連絡を取り合ったり遊びに行ったりしていたようだ。

 そんな姉同然の陵のことを、僕が突如異性として意識しているなんて言い出したら驚かれても不思議ではない。


「そりゃ驚くよな。でも僕は本気だよ。陵と恋人同士になりたいって思っているのかと聞かれるとそれは今の所違うけれど、でも意識はしてる。だから陵もその6人の中の1人なんだ。」

「わかった。じゃあその三人のこと、もうちょっと整理してみようか。」

おもむろにメモ帳とペンを用意すると何やらメモをとり始めた。


 一人目は用宗 維織もちむね いおり。1年の後輩で千珠葉のクラスメイトだ。内気で超人見知りな少女なのだがとんでもなく可愛い。どのくらい可愛いのか形容し難いほど可愛い。とにかく語彙力が失われるレベルなのだ。人間本当に驚いた時や感動した時なんて大した言葉は出ないだろう。それほどの衝撃を僕に与えてくれた。

 雨の日に傘を(半ば強制的に)貸したのが彼女との出会いだったが、その後うちに来てくれて少しだけ仲良くなることができた。部活に入っていないため後輩と知り合う機会などほとんどない僕にとっては貴重な後輩枠だ。

 二人目が清水 しみず りょう。幼少期からの幼なじみで寝食を共にして一緒に風呂にも入った、文字通り裸の付き合いをした仲だ。そして今は、クラスこそ違うが同じ高校に通う2年生である。

 彼女との思い出は決してポジティブなものだけではない。中学の時、同級生から陵との仲の良さを茶化されたことがきっかけで一度僕のほうから突き放した苦い過去がある。その後の数年間疎遠になったのだが、最近になって再び何とか和解することができた。

 幼なじみを好きになるなんてそんなベタな展開が本当に起こると思っていなかっただけに正直自分でも動揺したが、いつの間にか異性として意識していたことに気付き、彼女のこともヒロインの一人として認識することとなった。

 三人目は吉原=レスキナ=珠璃亞ジュリア。夏休みに近所の公園で出会った謎の銀髪美少女で、父親が日本人、母親がロシア人のハーフだ。亡き父の故郷である日本に憧れ、高校進学を機に僕の通う静翔高校へと編入する。1年生だが夏休み後からの編入予定のため、現段階でクラスは未定とのこと。(※本人談)

 ロシアでは演劇部に所属していたようで日本でも演劇をやりたいとの意志が強い。何かと破天荒なところもあるが、演技に対しての熱意は尋常ではなく、演技・ダンスのレベルも高い。また、父親の影響もあってかアニメやゲームなどサブカル知識も豊富で、特にギャルゲに関しては目を見張るものがある。


「こんな感じかな。」

それぞれのヒロインとの出会いや経緯を一通り話す。メモを取りながら聞いていた千珠葉は、時折何か悩ましげな顔をしながら僕の話を黙って聞いていた。


「ありがと。まぁ正直陵ちゃんってのが意外だったね。じゃあさ、6人のヒロイン?ってのが出揃ったわけだけど、その中で連絡先を知っているのは何人?」

「ん?あぁそうだな、一応全員の連絡先は知っているぞ?」

何かの尋問だろうか。千珠葉が顔色一つ変えずに淡々と追及してくる。


「その中で、普段からまめに連絡を取り合っているのは?」

「えっ?それは・・・特には、いないかな・・・」

「はぁ・・・だと思った。」

わざとらしく落胆したような素振りを見せる千珠葉。どうやら何かよろしくない行いをしていたらしい。


「あのねぇ、そんなんじゃいつまでたっても進展するわけがないじゃん。きっとこのまま夏休みが終わっても、『結局何も変わらなかった』って言って、クリスマスが来ても『去年と同じだった』って言って、その後冬休みが来てもバレンタインが来ても『同じ(以下略)』って言いながら気が付いたらそのまま卒業になっちゃうよ。」

「おいおい・・・怖いこと言わないでくれよ。」

「いや、結構マジで言ってるんだけど。とにかく危機感を持たないと、この状況は変わらないよってこと。それにさ、今気になっているその6人が今後いつまでも彼氏ができない保証なんてないでしょ。」

そんなこと考えたこともなかった。が、言われてみれば確かにその通りだ。逆に、今僕が気になっている6人ともが、揃ってこれからの高校生活で彼氏ができないなんてほうが確立的には低いだろう。いや、そもそもよく考えたら、今彼氏がいないという保証だってどこにもない。


「なんて顔してんのよ・・・人の部屋でお通夜モード出さないでくれる?」

現実をまざまざと思い知らされて萎びていた僕に対して容赦なく冷たい視線が向けらられる。


「じゃあどうすればいいと思う?」

「知らないよそんな毎回毎回、少しは自分で考えなさいよ。」

オーバーにやれやれといったジェスチャーをする千珠葉。


「とにかく、もっとまめに連絡を取ること!話題なんてなんだっていいのよ。些細なことでいいからやり取りをして。そしてチャンスがあったら誘いなさい。別にデートらしいデートじゃなくていいんだよ。分かった?」

確かに千珠葉の言うことにも一理ある。6人の女子と知り合い、全員の連絡先を入手するなんて以前の僕には到底できなかっただろう。そこは大きな進歩だと思う。けれどそれだけで満足しているようじゃ何も変わらないのだ。連絡先を集めるのが僕の目的じゃない。僕の最終的な目標は彼女を作ることなのだ。そのためにはもっと6人のことを知らなければならない。遊びに行ったり、話をしたり、とにかく親交を深めなければならないのだ。


「わかったよ。千珠葉の言う通り、もう少し連絡を取るようにしてみるよ。」

「そう。じゃあまぁ頑張りなよ。私からは以上です。他になんか用事あるの?」

メモを取り終えた千珠葉は、メモ帳を片付ると徐にカバンにノートやらを詰め始める。


「あぁ、今日もありがとうな。助かったよ。」

「ならよかった。じゃあ私これから図書館行くから。それとさ・・・」

荷物の整理をしながら、なにやらばつが悪そうに千珠葉がこちらを見てくる。


「なんだ?何か言いたいことがあるんなら言えよ。」

「あぁ、うーんとさ、明後日維織ちゃんと海行くんだけど。兄さんも行く?」

「え、行ってもいいのか?」

「そんな喜ばれるとちょっと引くんですけど・・・」

僕のあまりの喜びように本気で困惑する千珠葉。どうやら普通にキモかったようだ。


「すいません嘘です連れて行っていただけますと幸いですお願いいたします。」

「わ、わかったから。今日維織ちゃんに言っておくよ。それと、もし良かったら珠璃亞ちゃんも誘ってみてよ。」

思わぬ提案だったが、確かにいい案だ。珠璃亞なら正直他の女子より少しだけ誘いやすい。


「本当はお前が一緒に行きたいだけなんじゃないのか?」

千珠葉は僕が家に連れてきた日以降、珠璃亞のことが大変気に入っているようだ。僕にアドバイスをしたように見せかけて、本当は千珠葉が珠璃亞と遊びたいだけなのではないか。


「は?じゃあ兄さんは留守番ね。」

「大変失礼いたしました。なんとしてでも誘ってまいります。」

「よろしい。じゃあ今日は解散!」

「サー!」


 こうして二回目の作戦会議が幕を閉じた。そして千珠葉の助力もあり『海で遊ぶ』といういかにもリア充らしいイベントの予定も入れることができた。何から何まで千珠葉には世話になりっぱなしである。

 夏休みも残すところ10日程度。後悔のない日々にしなければ。連絡をまめにとると決めたはいいものの、何か用事がなければ連絡するのは難しい。けれどそんなことばかり言っていられない。とにかく現状を変えなければならない。

 新たな決意と目標を抱き、ひとまず珠璃亞を海に誘うことに決めた。

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