エピソード6・吉原 珠璃亞との出会い③

3.

 結論から言うと片付けは何とか間に合った。というか間に合わせた。つまり今押し入れを開けられるとまずい。間違いなく雪崩が起こる。別に何かやましいものが隠してあるわけではないのだが、純粋に身の危険性があるので開けないことを推奨する。

 約束の時間になり公園へ行くと、既にジュリアが公園の片隅にある少し小さなブランコに乗りながら僕を待っていた。ただ家でギャルゲをやるだけだとわかっていてもなんとなく緊張してしまう。女子と待ち合わせをして何かをするのがこんなにドキドキするものだったとは思わなかった。


「ごめんジュリア。待たせちゃったかな。」

「ソンナコトないデース。じゃあ早速行くデース!」

拳を突き上げ意気揚々と歩きだすジュリア。こんな美少女と並んで歩く機会なんてそうないだろう。自分の家に向かうだけなのに、なぜか特別な気分に感じる。真夏の照り返すような日差しに、ジュリアの銀色の髪が煌めいていた。


「ただいまー。」

「ただいまー、じゃないわよ全く朝に続いてどこに・・・って、え?兄さん?どうしたの?!」

「コニチハー!お邪魔デース!」

「お邪魔します、な。どうしたんだよ千珠葉。」

「どうしたって、逆にどうしたのよ。その子は?誘拐?どうそそのかして連れてきたの?」

千珠葉からの容赦ない偏見が襲い掛かる。


「なんでそういうことになるんだよ。俺だって女の子を連れてきたっていいだろ?」

「いや、まぁ私たちは法に触れないんだったら別にいいけどさ、兄さんみたいなのについてくる物好きもいるんだね・・・」

一体僕を何だと思っているのだろうか。全く失礼にもほどがある。


「コニチハー!私ショーマサンのオトモダチデース!ジュリアいいマース!」

「そういうことだ。彼女はロシア人のお母さんと日本人のお父さんのハーフなんだって。」

なんとなく勝ち誇った顔で千珠葉に視線を送る。理解はしたがまだ納得はしていないといった様子だ。


「ど、どうも。私は榎野 千珠葉です。この人の、まぁ、妹になります。」

妙にしおらしく千珠葉が挨拶をする。ってか「まぁ」ってなんだ。今まで陵以外で(といってもそれもかなり昔の話だが)女性を家に連れてきたことのない兄がいきなりロシア人とのハーフの超絶美少女を連れてきたのだから驚くのも当然ではあるが。


「チズハーチャン!かわいデス!ヨロシクー!」

ジュリアが千珠葉の手を取り歓声を上げて高揚している。明らかに僕とのファーストコンタクトの時とは盛り上がりが違うようだが、そこは黙っておこう。


「はい、いいこ!兄さん、この子めっちゃいい子だよ!」

かわいいかわいいと連呼されすっかり千珠葉もご満悦のようだ。さっきまでの警戒心が嘘のように、寧ろウェルカムといった雰囲気でジュリア我が家の中へと招待していた。


 早速僕の部屋に入るとPCを起動し、きらスぺを開く。緊張している僕に対して、ジュリアから部屋についての感想は特に聞かれなかった。

 おなじみのオープニング映像がスクリーンに映し出されると、ジュリアから歓声が上がった。


「本当にきらスぺデース!なつかしいデスネ・・・」

思い出のゲームに感慨にふけるジュリア。その表情はどこか切なく、悲哀を纏っていた。


・・・


 その後は特に何もなかった。まぁそもそもゲームをやりに来ただけなのだから何もないのが普通なのだが、本当に淡々ときらスぺをやり、たまにお互いの推しのキャラについて熱弁を繰り広げるだけの時間だった。

 ジュリアが我が家に来てから2時間ほどたったころだった。


「ん?ショーマサン、こうしちゃいられねーデス!帰らなければ!世話になったデース!」

ふと時計を見たジュリアは急に何かに追われるように帰り支度をすると、どうしてもみなければならないアニメがあると言い残し玄関へと向かった。


「お邪魔しました、な。ところでさ、ジュリアは夏休み明けからの転入なんだろ?高校はどこなの?」

そうだ。肝心なことを聞き忘れていた。ロシアからやってきたジュリアは夏休み明けの9月から編入予定だ。しかし、どこの高校に通うのかを今まで聞きそびれていた。違う高校なら、夏休みが開けるともう今後彼女とこうして遊ぶ機会がなくなってしまうかもしれない。ならばせめて今のうちに連絡先ぐらいは聞いておかなければならないことになる。

 正直ジュリアとこうしてゲームしたり話したりするのは純粋に楽しかった。だからこのままジュリアと疎遠になるのは嫌だ。


「ワタシデスカ?そーイエバ言ってナカタデスネ。静翔高校デース!」

「え?」

呆気なく僕の不安は打ち消された。


「ん?聞こえナカタデスカ?静翔高校デース!」

間違いない。途端に嬉しさと安堵とがこみ上げてくる。


「なんだ・・・同じ高校だったのか・・・」

「ショーマサンも、静翔高校デスカ?ジュリアと同じ、ウレシクナイ?」

不安そうにジュリアが僕の顔を覗き込んでくる。


「違うよ、その逆。同じ学校で安心したんだ。だって高校が違ったら、もうこうして一緒に遊ぶ機会もなくなっちゃうかもしれなかったからさ。だから同じ学校でよかったよ。」

「ナンダー、そんなコト心配シテタデスネ。大丈夫デース。ショーマサン、スマホ持ってマスカ?」

「え?まぁ持ってるけど・・・」

「ジャア貸してクダサーイ。」

ポケットからスマホを取り出しジュリアに差し出すと、何やら慣れた手つきで文字を打ち込んでいた。


「完了デース!」

そういうと僕にスマホを返してくる。なんだったのかさっぱりわからない。画面を確認すると、そこには電話帳のアプリが映し出されていおり、そして『吉原=レスキナ=珠璃亞』と書かれた新たなページに、珠璃亞の連絡先が登録されていた。


「ジュリア・・・これって・・・」

「私の連絡先デース!これでイツデモ遊べマースネ!じゃあ今度コソ帰るデース!ショーマサン、千珠葉チャン!達者デ!」

「ん、あぁありがとうなジュリア!また遊びに来いよー。」

揚々と帰っていく珠璃亞を千珠葉と二人で見送ると、リビングへと向かった。


「ジュリアちゃん、かわいかったね。」

夕飯の準備をしながら、徐に千珠葉が話し出す。どうやら相当気に入った様子だ。


「まぁな、そうだよな。」

適当に返事をする。正直心ここにあらずといった心境だった。まさかジュリアのほうから連絡先を教えてくれるとは思わなかったので、すっかり浮かれていたのだった。


 千珠葉に白い目で見られながらさっさと夕飯をとり風呂に入って自室に戻る。スマホを取り出し、電話帳のアプリを開くと『吉原=レスキナ=珠璃亞』の項目が増えている。

 出来事としては2行程度の、たったのこれだけのことだというのにどうしても顔がにやけてしまう。

 試しに早速コミュニ―ケーションアプリを使って友達検索画面から電話番号検索をしてみると、ジュリアのページが見つかった。


『こんばんは、榎野祥真です。友達追加させてもらったよ。今日は遊びに来てくれてありがとう。またいつでも来てね。千珠葉も待ってるから。』

と書いたものの送信ボタン尾を押す勇気が中々出ずに、結局5分ぐらいたってやっと送信できた。

 なんとなくそわそわしているとジュリアからの返信は速攻で返ってきた。


『Сегодня было весело』


「は?」

いや読めるか!

 一人でそんなツッコミを入れているとすぐにもう一件のメッセージが届いた。


『すいません間違えました。かたじけない。ジュリアです。今日は大変有意義な時間を過ごすことができました。また私と一緒に遊んでいただけますと恐悦至極です。』


「いや、メールめっちゃ流暢!!」

ツッコミどころが多すぎてつい一人で噴き出して笑ってしまった。

その後少しメッセージのやり取りをして、僕はベッドへと倒れこんだ。


「つい数時間前まで、ここにジュリアがいたんだよな・・・」

公園で偶然出会ったロシア美人のハーフ。そしてこれから同じ高校に通う後輩。そんな彼女がさっきまでこの部屋でゲームをやっていたことにいまひとつ実感がわかず、本当に現実だったのかと疑ってしまう。と同時にまたニヤついてしまう。


「またいつか、一緒にゲームできればいいな。」

久々に有意義な夏休みを過ごすことができた気がする。夏休みも残り少なくない。ヒロイン攻略のため、もっと自分から動いていかなくては。

 そう決意を固め、明日からの予定を考えていると、いつしか意識が途絶えていった。

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