エピソード6・吉原 珠璃亞との出会い②

2.

 8月14日 暑い。とにかく暑い。相変わらず35度近い日が連日続き完全に夏バテしていた。まぁ夜更かししてクーラーの真下で寝落ちしているという不摂生の日々が続いているせいもあるが。

 あれから何度か公園でジュリアに遭遇した。特に用事もないが公園は近所だったこともあり、ほぼ毎日行ってジュリアと話をしたり(というか、一方的に話をしてくるのでほとんど聞く専門として徹していたが)、演技の練習を眺めたりしていた。

 そんな生活の中で変わったこともあった。毎日昼過ぎまで寝ていたが、昼前に公園に行くため9時には起きるようになった。

 そうして今日も公園へと向かう。僕は生まれてからずっとここに住んでいるため、街並みはほとんど変わらない。そのはずだったが、見慣れた景色がなんとなく新鮮に感じるようになった。いつもの見慣れた公園も、視える色が増えたように鮮やかに思えたのはきっとジュリアと名乗る少女のおかげだろう。


 公園にたどり着いた。しかしこの日はなぜか彼女の姿が公園に見当たらなかった。まぁ仕方がない。特に会う約束をしていたわけでもない。けれどなんとなく気分が下がる。なんだろうな、この気持ち。自分でもよく分からない感情が渦巻いていた。ジュリアがいないのなら特に公園にいる理由もない。太陽も真上に昇りかけていたので、ひとまず自宅へと帰ることにした。


「ただいまー。」

玄関のドアを開け、靴を脱ごうとすると千珠葉と母親がちょうどリビングから玄関へと向かってきた。


「ただいまー。じゃないよ兄さん。今日お墓参り行くって言ってたでしょ。どこほっつき歩いてたのよ。」

「あ、やべ!そうだった。ごめん」

お盆に入り、今日は家族で墓参りに行く予定なんだった。すっかり忘れてブラブラ公園を歩き回っていた僕に対して千珠葉からの手痛い言葉と肘打ちが襲い掛かった。


「いって!」


・・・


 マンションから5キロほど離れた場所に親父の実家がある。そこからさらに数百メートル離れたところに、小さい寺があり、そこにじいちゃんの眠っている墓がある。僕が3歳の時、親父が今のマンションを買ったため引っ越したのだが、それから数年後にじいちゃんが死んで、今はばあちゃんだけが一人で住んでいる。一度実家によって車にばあちゃんを乗せ、家族で墓へと向かった。

 お盆にはいつもじいちゃんに会いに来ている。線香とワンカップの酒、そしてじいちゃんの好きだった干し芋を持って墓へと向かうことにした。久々に会ったばあちゃんはまた小さくなっていた。いや、物理的に小さくはなっていないのだが、年々腰が曲がって小さくなっていく。 

 そんな腰の曲がったばあちゃんに哀愁を感じながら、じいちゃんの墓参りを済まして、同時に墓石の手入れをしていると遠くに見覚えのある少女が見えた。

 透き通るような銀の髪と鼻筋の通った小さな顔。間違いない。つい最近出会った演劇少女のジュリアだ。しかしなぜこんなところにいるのだろうか。墓場とは似つかわしくない異国情緒あふれる少女は周りの空気に見事にミスマッチしていた。


「ジュリア?なにしてるんだ?」

「オイ!ショーマサン。オドカサナイデクダサーイ!」

後ろから急に話しかけたられたせいか、驚き少し飛び跳ねたジュリアがこちらを振り向いて口を膨らませていた。


「ごめんごめん。ところでこんな所で会うなんてすごいね。どうしてお墓なんかに?」

何度も言うがジュリアとお墓ってのは中々に似つかわしくないし、正直違和感がある。率直に質問したつもりだったが、ジュリアの表情はやや曇り俯きながら話し始めた。


「ココに、アチェーツ・・・私のオトサンいるデース。」

「アチェーツ?」

「私はハーフデース。オカサンがロシア人でオトサンが日本人デース。私達ずっとロシアニ住ンデマーシタ。でもオトサンは仕事でシバラクヒトリデ日本イマシタ。オトサンは私が中学ノトキ病気ナリマシタ。そして去年。私が中学3年のトキ、シンデシマイマーシタ・・・」

眼が少し赤らんでいる。それを分かっていながら何も言えない。相槌だけうって聞くに徹する。


「中学までロシアイマシタ。でもズット日本ニキタカッタ。オトサンノネムッテル日本ニキタカッタ。ソシテコトシ夏から日本コレマシタ。ハジメテオトサンノオハカコレマシタ。だから嬉しデス・・・」

涙を零しながら俯くジュリア。かと思うと急に涙を拭い、幼子のように無邪気な笑顔を僕に向けてきた。


「さ、泣くの終わりデース。ジュリア泣くのキットオトサン嬉しくナイデース。だからジュリア笑うデース。」

「ジュリアは強いね。お父さんのこと本当に好きだったんだね。よかったらお父さんの話もっと聞かせてよ。」

僕の提案を聞くとジュリアは喜んで彼女の父親の話を聞かせてくれた。


「ジュリアのオトサンゲームマニアデシタ。ジュリア小さいトキカラゲームバッカリして、よくマーチ・・・オカサンに怒られテマーシタ。」

そう言って思い出を懐かしみ、笑いながら話すジュリアと一緒に笑いながら、僕は見たこともないジュリアの母と亡き父のイメージが勝手に脳内で思い描いていた。きっと暖かくてにぎやかな家族だったんだろうな。だからこそ今の天真爛漫なジュリアがあるのか。


「ゲームとは意外な共通点だね。僕もよくゲームばっかりやっててね、妹とお母さんに怒られるんだよ。」

『こらー!祥真ー!いい加減にしなさい!』と怒った自分の母親の真似をジェスチャー交じりでジュリアに披露する。ジュリアは腹を抱え、涙を流しながら笑っていた。どうやらウケたようで何より。けれど、少し離れたところでじいちゃんの墓の手入れをしている母親にバレたら何をされるかわからないのでそろそろ止めておいたほうが身のためだ。


「ショーマサン、面白いデース。ゲーム、ドンナノヤルデスカ?」

「俺?そうだなーいろんなジャンルやるんだけど最近は、中学の時やってた『きらスぺ』ってゲームのまた改めてハマって」

「ショーマサン!!!きらスぺやってるデスカ?!」

言い終わるより先にジュリアが食いついてきた。


「ジュリア、きらスぺ知ってるの?」

まさかギャルゲに食いついてくるとは予想もしていなかったので、突然のことに吃驚した。


「もちろんデース!いろんなオナノコ出てキテ、タノシイデース。オトサンヤッテタノ、勝手二借りてヤッテマーシタ!ジュリアも大好きなゲームデース!」

テンションが上がり饒舌になるジュリア。どうやら本当にきらスぺが好きらしい。きらスぺが好きな人に悪いやつはいない。制作者でも関係者でもないただの一ユーザーだというのに、なんだか僕まで嬉しくそして誇らしくなる。


「ジュリア、今日はこの後用事あるの?さっきも言ったけど今また改めてきらスぺをやってるんだ。リマスター版が出ていてね。だからその、、、よかったらこの後一緒にやらない?」

気付いたら自然に誘っていた。ジュリアにはなぜか自然と話せる。昔からの友達かのように。


「イインデスカー?!行きたいデース!きらすぺ、ヤリタイデース!!」

さらに一層テンションが上がるジュリア。こうして、墓参り後の約束を取り付けた。お互い一度家に帰り15時にいつもの公園で待ち合わせることになった。

 自分の家に女子を招き入れるなんて何年ぶりだろう。昔まだ小さかった時に腐れ縁の幼なじみである凌を入れたことはあるが、そんなのはノーカウントだ。勝手に妄想だけが膨らんだが、自分の部屋の有様を思い出しふと我に返る。


「やべ、部屋片づけないと。」

自分の部屋が、とても人様を呼べたものではない程散らかっていることを思い出し急に冷静になった。さっさと家に帰って部屋の片づけをしなければ。

 時計を見ると14時になろうかとしていた。残された時間はそう多くない。急いで家に向かい、部屋の片づけに取り掛かった。千珠葉からの『普段からやっていればこんなことにはならないのに』という当たり前すぎる正論は無視して。

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