エピソード4・用宗 維織との出会い③

3.

 夕食は卵がゆだった。母親は風邪をひくと味覚が鈍くなるからとわざと塩気を強くする。それがまた絶妙だ。そのお袋の味を、今日は珍しく千珠葉が作ってくれた。こういう時は黙って甘える。実家最高。ちなみにお粥が苦手な人もいるだろうが僕はどちらかといえば好きだ。体調が悪くなくても無性にお粥が食べたくなることがある。七分粥に梅干しと漬物。あとは味噌汁があればそれでいい。なんだか我ながらじじ臭いな。

 結局用宗さんは我が家でご飯を食べずに帰った。千珠葉が食べていけと何度も呼び止めていたが、悪いから悪いからと本当に申し訳なさそうにして逃げるように帰ってしまった。きっと、人の家で事前の連絡もなしに勝手に食事を頂くことと、既に夕飯を作ってくれている自分の家族への二重の罪悪感に苛まれたのだろう。


 食事を済ませて部屋で休んでいるとまた千珠葉に呼ばれた。千珠葉の部屋は同じ二階でそう遠くないというのに、わざわざスマホのアプリで呼んでくる。この時間に僕を呼んでくるということはまた例のアレだろう。


「さて、行ってくるか…」

要件については大体察している。大方、気になっている女子からの評価を教えてくれるアドバイスのお時間だ。


「千珠葉ー、いるかー?はいるぞ」

念のためノックをし、部屋に入る。


「はいよー、どう?体調は。少しはよくなった?」

部屋に入ると真面目に机に向かい勉強をしていた。そう、真面目なのだ。毎日の予習復習をぬかりなく行い、先を見据えた勉強もしている。そのため千珠葉は塾に通っていないにも関わらず、成績は学年でも10位以内から漏れたことがない。全く頭が下がる。

 そんな千珠葉も一応少しは僕の体調を心配してくれているようだ。夕飯だって作ってくれたし、肝心な時に頼りになる妹だ。


「まぁ朝よりはだいぶいいよ。明日は学校行けそうかな。ところで千珠葉、僕を呼んだってことは今日も…」

なんとなくは察しているが念のため確認する。


「そっか、ならよかったよ。とりあえず私には風邪、うつさないでよね。さて、じゃあ兄さん。既に察しているようだから本題に入りましょう。今日も私からのアドバイスのお時間です。」

勉強机とセットで置かれた椅子の上に足を組んで座る千珠葉が偉そうに提案してくる。やっぱりそうだ。既に恒例行事だ。よもや何も言うまい。


「千珠葉様、よろしくお願いいたします。」

「よろしい。さて、兄さん。今日は維織ちゃんと知り合ったわけだけど。どうだった?」

こういう時千珠葉は容赦がない。最初から直球で来る。


「どうって?」

「そういうのいいから。正直気になったんでしょ?維織ちゃんのこと。だから、今日はまともに話しができたのかって聞いてんの。」

なるほど、痛い所をついてくるなぁ。


「正直あんまり話せなかったな。後輩だし、千珠葉のクラスメイトでもあるんだろ?なんか何話していいのかわからなくなって…」

思ったことをそのまま打ち明けてみた。しかしそれを聞いていた千珠葉の顔はなにやら不服そうでみるみる曇っていった。


「兄さんさぁ、それ全部言い訳じゃん。後輩だから?妹のクラスメイトだから?だから何なの?そんなの自分がコミュ障で話し広げられなくて話のネタも何もないことの言い訳だよね。気を使っているような振りなんかしなくていいから。」

図星だった。話を広げられなかったのは完全に自分がコミュニケーション能力に欠けるからだ。それを何か理由が欲しくて言い訳をしただけだった。それを妹に見透かされて、ただただ恥ずかしかった。


「じゃあどうすればいいんだよ。どう接すればよかったんだよ。自分だってたいしたコミュ力がないことくらい自覚してるさ。何年も前から分かってる。お前の言う通りだ。用宗さんのことが気になってる。だけど会話が続かなくて。俺はどうすればよかったんだよ。」

感情が、悩んでいた思いが言葉へと変わり、そうしてそれはせきを切ったように一気に外へ漏れ出した。情けない。こんなことを千珠葉にぶつけたってどうにもならないのに。

 僕が吐き出した想いを千珠葉は黙って受け止めていた。そしてしばらく何か考えた後、ようやく口を開いた。


「あのね、兄さん。維織ちゃんは男の人が苦手なんだよ。だから当然男の人と話すのも苦手で、話しかけられてもちゃんと会話できなくなっちゃうんだ。兄さんは今日維織ちゃんを見てどう思った?」

「…きれいだなと思った。」

「そうだね、きれいだね。伊織ちゃんは1年の中でも人気があるんだよ。だけどね、維織ちゃん自身はだれかと付き合うどころか、そもそも異性と話すことさえ簡単なことじゃないの。」

そんなことは全く考えもしなかった。話が続かないとか、うまく会話できないとか、自分本意なことばかり考えて、用宗さんのことがまるで見えていなかった。それを思い知ると一気に恥ずかしくて情けなくて、申し訳ない気持ちになった。


「…なぁ千珠葉、俺はどうすればいいかな。用宗さんに何ができるのかな。」

「維織ちゃんね、今日帰る前に言ってたんだ。『私、男の人がずっと苦手で、今でもそうで、今日だって先輩とうまく話せなくて。本当にごめんなさいって気持ちでいっぱいになった。だけど先輩は、おどおどしてた私の話をちゃんと聞いてくれて、聞いてから話してくれて、怖くもなくて…なんていうか、よくわからないんだけどほかの男の人とは何か違う気がするんだよ。だから先輩とならちゃんと話ができるようになれるかもしれない。またいつかお話しできる日があればな』って。だからね兄さん、『どうすればいいのか』じゃないんだよ。兄さんは変に気取らなくていいから。維織ちゃんの話をちゃんと聞いてあげて。余計に気を使ったりせずに、兄さんらしく接してあげて。もっとちゃんと見てあげて。」

それが用宗さんの親友としての千珠葉からの答えだった。僕らしく接する、か…

正直どうすればいいのかよくわからない。でも千珠葉の助言が聞けて良かったと思う。


「ありがとうな、千珠葉。」

一言だけ言って部屋を出る。


「維織ちゃんを傷つけるようなことだけは絶対に許さないからね。」

千珠葉も一言だけ忠告をしてきた。

 部屋に戻りベッドに横たわると、まだ少し熱っぽい頭に浮かんできたのは用宗さんの顔だった。僕はまだ自分のことしか考えられていなかった。妹に気づかされるまで自分がどうしたいのか、自分が何をすべきかだけを考えていた。でもきっとそれでは足りないんだ。相手がどうしてほしいのか。何を望んでいるのか。そういう部分にもっと敏感にならなくては絶対にヒロインの攻略はできないんだ。そのためにできることはまだわからない。だけど僕なりの方法で、ヒロインを振り向かせるための道筋が少し見えた気がした。

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