エピソード4・用宗 維織との出会い①

梅雨明けの近く7月のはじめ、僕は1人の少女と出会った…


1.

 7月4日 東海地方の梅雨は来週にも明けるとの予想がされていた。朝食のパンをかじりながらなんとなくテレビをつけると、朝の天気予報がやっていた。


『梅雨前線は一時的に南下し、全国的に晴れる見込みでしょう。今日は久々の晴れ間となり、梅雨の中休みとなりそうです。』

だそうだ。早々と食事を済ませ、身支度をし、家をでる。登校時には降り続いた雨が嘘のように晴れていて、通学路には久々に訪れた晴れ間に、ここぞとばかりにたまった洗濯物を干す家庭が多く見られた。雫で濡れた草木と土の良い匂いがしていた。雨上がりの外の匂いは存外悪くない。

 ところが午後になると当然のように雨は降り始め、下校時にはいよいよ本格的に降り続けていた。全く天気予報は当てにならないな。

 さて、今日はこれといってイベントも特になかった。帰ろう。来週の月曜から期末試験なのだ。彼女を作ることはもちろん大切だが、そのために学業をおろそかにすることはできない。というかそもそも進級できなかったらシャレにならない。ひとまず今週いっぱいは試験勉強が目下の急務だ。帰宅の準備をし、教室を出る。


「それにしても今日洗濯物を干してた奥様方はご愁傷さまだな…」

そんなことを呟きながら帰宅の途についた。幸い僕は折りたたみ傘を持っていたため、なんとか最低限の被害で帰宅できそうだ。ふと下駄箱から玄関の外を眺めると、雨はピークを過ぎたのか落ち着きを見せはじめていた。

 帰宅するなら今がチャンスだろう。靴を外履きに履き替え、玄関口を出ようとしたところだった。少し離れた場所から外を眺める1人の少女を見つけた。おそらく1年生と思われるその子は、例えるなら子猫のような少女だった。髪は細く、耳にかけたショートボブが似合う女の子。前下がりのヘアスタイルはその小さな顔をさらに小顔に見せていた。鼻筋も通っていて全体に線が細い。おそらく傘を持っていないのであろうその少女は、躊躇しながら外の様子を伺っていた。それからしばらくして意を決したのか、降り頻る雨の中にそのまま飛び出そうとしていた。


「ちょっとまって!」

咄嗟に声をかけてしまった。マズい。何をやっているんだ僕は・・・

 完全に勢いだけで声をかけてしまった。目の前の少女に見惚れてしまったが、そもそもこの少女とは完全に初対面である。そして足を止めてこちらを凝視している少女に対しての、その後の言葉が出てこない。


「あ、あの、その、わ、私でしょうか。な、なに、なにk」

明らかに怯えている。誰が見ても分かる。顔はみるみるこわばり、細いその身体はやや震えていた。無理もない。同じ学校とはいえ親しくない生徒同士は結局他人なのだ。どうやら、というか確実に怖がらせてしまったようだ。


「あっ、ご、ごめん。大丈夫、敵じゃないよ。おどかすつもりはなくて…とにかくごめん。」

ひとまず警戒心を解くために取り繕ってはみたものの、どうやら余計恐怖心を煽ったようだ。2歩、3歩とさらに距離を置かれてしまった。


「ほら、なんか傘持ってきてないっぽかったからさ。そ、それでね、僕今日折りたたみ持ってきてて。だからもしよかったらこれ、使って。」

心拍数が跳ね上がる。とっさに手に持っていた折り畳み傘を彼女に手渡し、また距離を置く。いったい何をしているんだろう。自分でもどうしてしまったのかわからないが、この時はなぜか体が勝手に動いていた。体の芯のほうから熱くなってきているのが自分でもわかる。こんなことすらスマートにできない自分が情けない。


「えっ、そんな、でもそしたらあなt」

「あーなんかごめんね!キモいことしてごめん。熱くなってきたから雨の中帰るのがちょうどいいや!いらなかったら傘立てにでもぶち込んでおいてよ。ほかのだれかしらの役には立つだろうからね、それじゃあお先に!変なことしてごめんね!」

いやに饒舌になる。取り繕っている感がまるわかりだ。何か言いたげだった少女の話を遮ってそう言い残し、顔もよく見ないままに僕はまだ雨が降りやまない屋外に半ば逃げるように走り出し、そのまま家に向かってダッシュした。

 とにかく逃げ出したかった。あの緊張感の中から逃避したかった。最後に少女に言い残した言葉は間違いなくでまかせであったが、まだ火照っている体に伝わる雨は確かに少し心地よかった。時間にすればたった数分の出来事だったにもかかわらず、僕にとってはかなり長い時間に感じられた。

 我ながら何がしたかったんだろう。思い出すとまた体の奥が熱くなっていく。けれどもしばらく走るとその熱もすっかり冷めきって、むしろ寒気が全身を包んでいた。と同時にとてつもない疲労感が一気に押し寄せてきた。

 家に着くころには確かに雨が上がっており、雲の切れ間から差し込む夕日があたりを染めていた。あちこちにできた水溜まりに濃いオレンジが反射して少しまぶしい。

 びしょ濡れのカバンからカギを取り出し家に入る。ずぶ濡れになった身体には制服やシャツがぴったりと張り付いて気持ち悪い。


「とりあえず風呂でも入るか…」

冷え切った体を温めるため真っ先と浴室に行き、本日の一番風呂をいただく。その後すぐに帰宅した千珠葉から、脱ぎっぱなしの濡れた制服を廊下に放置していたことについてこっぴどく怒られたことは言うまでもない。

 その後夕飯をすまし、試験勉強をするため机に向かった。なんだか頭がぼーっとする。勉強には全く集中できない。いや普段から集中力が高いほうではないのだが今日は拍車がかかって集中できない。

 一度ペンを置いてベッドに倒れて目をつむる。閉じた暗闇に浮かんだのは今日初めて会った少女だ。小柄で可愛くて少し臆病な子猫のような女の子。そしてその子に謎の特攻を仕掛けてしまった自分。思い出すとまた体が熱くなる。そうか、もしかするとこれが恋というやつなのか。一目惚れなのか。だから先ほどから勉強が手につかないのか。


「名前くらい、聞いておけばよかったかな。」

そんなことを考えながら、どうやらいつの間にか眠ってしまったのだった。

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