エピソード3.5 作戦会議①

 6月のある日、僕はまた千珠葉に部屋に呼ばれていた。放課後家に帰ってくるなり僕の部屋に入ってきて(ちなみにノックなどせずに)、『今日20時に部屋に来て。作戦会議。』とだけ言い残しすぐに出ていった。まぁ要件はおおよそ見当がつく。


「千珠葉ー、入るぞー。」

きちんとノックをして反応を確認してから入る。こうしないと烈火の如く怒られるのだ。全く自分はノックなんてしないくせに。ひどいやつだよ・・・


「はいよー。」

呑気な返事が返ってきたので部屋に入ると、ベッドに横たわってファッション雑誌を眺める千珠葉の姿があった。


「作戦会議なんだろ。さっさとやろうぜ」

「あぁはいはい。じゃあやりますか。早速本題だけど兄さん、彼女を作るギャルゲ作戦?とか言い始めてそろそろ一ヵ月立つよね。もう六月も終わりかけなんだけど、何か進展とかあった?」

「本当に本題だな。ええと、特には思いつかないな。」

「は?今まで何をやっていたわけ?とりあえず一回さ、脈があるとかないとかは別として、少しでも親しくなった女子を挙げてみない?」

自分でもうっすら自覚はしていたが、こう他者からはっきり言われると情けない。ここのところ忙しく動き回っていたため気づかなかったがギャルゲ生活ももう一ヵ月ほど経過しようとしていた。たかが一ヵ月と思われるかもしれないが、そうして余裕をかましているうちに気付くと半年、一年という期間が瞬く間に過ぎ去っていくのだ。ソースは俺。

 ここは千珠葉の言う通り、一度ヒロイン候補を振り返ってみよう。


 一人目は富士宮 響子ふじのみや きょうこ。3年の先輩で僕の通う静翔せいしょう高校の生徒会長だ。成績は優秀で人当たりもよく、校内では男女問わず人気が高い。そんな校内随一の人気者と、僕みたいな底辺も底辺の生徒では接点などまるであるはずがなかったのだが、親友の大吾がやるはずだった生徒会の仕事を代行するようになって、会長とは普通に話せる程に距離が縮まった(と勝手に思っている)。大吾様様である。


 二人目が興津 恵零那おきつ れおな。2年で僕と同じクラスの生徒だ。同じクラスとはいえ特別仲が良かったわけではない。まぁそんなもんだろう。クラス中の女子とフレンドリーに話せる男のほうが僕からしてみればどうかしている。これまた僕とは何の接点もないただ『互いに認識はしている』程度の仲だったのだが、部活動の査察の一件でちょっとした衝突をした。しかしそれが逆にお互いのことを少し理解する良いきっかけとなり、それからは多少まともに話せるようになった。今では僕の女子に対する苦手意識を克服するための練習台として、たまに付き合ってもらっている。世話を焼いてくれてありがたい限り。本当にいい人だ。


 三人目は片浜 かたはま きょう。3年で化学部。それ以外は謎に包まれたミステリアス女子である。というか人をいじり倒して飽きたら帰れとかいうサイコな面も見える。学校には気が向いた時たまにしか来ていないようだが成績は常にトップ。全国模試でも必ず上位群から漏れることがない本物の天才である。そんな彼女の実験にひょんなことから協力することとなったのだが、その実験の内容とは、僕の力で片浜先輩を惚れさせるというまた突拍子もないテーマだった。


「こんな感じかな。」

今の三人について、千珠葉に説明する。まぁ正直な話、どの子とも友達以上となるような特別なイベントもなかったし、距離が近づいた気は全くしない。


「なるほどね。じゃあ今の時点で兄さんが女子からどう評価されているのかを教えてあげようか?」

一通り僕の話を聞き終えた千珠葉がゆっくりと口を開いた。


「どう評価されているのかって・・・そんなことわかるのか?」

思わず息をのむ。そんなギャルゲの妹ポジションがやるサポート役を実妹が実際にできるなんてことリアルであるのか?というよりそもそも僕の評価って・・・一体どうやって調べたんだ?本当に当てにしていいのか?

 そういった不安と疑問と期待が入り混じったような混沌とした感情が渦巻いていた。そして千珠葉は、それを察したかのように付け足した。


「うーん、まぁ大体だからね。そんな精度は求められても困るけどね。で、どうするの?聞きたい?それともやめと」

「お願いします。」

勿論だ。食い気味で返信する。聞かない理由がない。少なくとも女性経験が皆無である僕の主観的観測よりはよっぽど信頼できる。


「はっや。ちょっと引くわ・・・そうだなぁ、じゃあまずは富士宮先輩の事からね。」

「はい、お願いします。」

「そうだなぁ。今、兄さん生徒会の手伝いをしているんでしょ?そのことについて、富士宮先輩は兄さんにとても感謝してる。はっきり言ってそれまで兄さんは富士宮先輩に全く認知すらされていなかったけど、今は兄さんの事頼りになる後輩として見てくれていると思うよ。だけど、まぁそうだなぁ。兄さんもうっすら気付いているだろうけど、恋愛感情はないね。今の所全くない。」

「そっかぁ。そうだよなぁ。」

分かってはいたことだが、いざ言葉として言われるとそれなりにショックだった。まぁ学校一の人気者だしな。認知されただけでも前進か。そう思うしかない。


「それとね、兄さん。たぶん富士宮先輩はまだ兄さんに見せていない一面がありそうだね。」

「え?それってどういうことだよ。」

何のことだ?全く考えが及ばない。実は不良とか?男癖が悪いとか?変な妄想だけが脳内を埋め尽くす。


「さぁね。それは兄さんがこれから関わっていく中で知るべきことだよ。てか私だってそんな全部を理解していっているわけじゃないからね。」

なんとも煮え切らない回答だ。謎は深まる一方である。


「さ、それじゃあ次は恵零那先輩ね。」

「恵零那先輩?お前興津さんと面識あったのか?」

「面識って程じゃないけど、前に吹奏楽の見学に行った時から仲良くさせてもらっているんだよねー。結局私は入部しなかったんだけど、その時一緒に行った子が恵零那先輩と同じホルンって楽器やることになってね。たまに3人で遊びにも行くよ。」

次から次へと新事実が明るみになる。一体千珠葉の交友関係はどうなっているんだ。


「まぁそれは良いとして。恵零那先輩の話をするからね。」

「いいのか・・・じゃあお願いします。」

「兄さん、恵零那先輩とさ、喧嘩した?」

「喧嘩?!滅相もない。そんなことはしてないけど・・・」

「けーどー?」

千珠葉が、何か思い当たることでもあるんだな?と言いたげな眼差しで僕を睨みつけてくる。


「いや、喧嘩ってわけじゃないんだけどさ。ちょっと前に興津さんを怒らせちゃったことがあるんだ。」

「それで?」

「それで・・・ちゃんと謝ったよ。それで和解して、興津さんからも話しかけてくれるようになって、少しは仲良くなれたかなぁって勝手に思ってた。」

「そっか。いい判断だったね。」

「え?どういうこと?」

「恵零那先輩さ、そんなに気にしていなかったんだって。逆に自分の性格とか口調のせいで、兄さんに嫌な思いをさせたんじゃないかって気にしてたらしいよ。だから兄さんから謝ってくれて楽になったって言ってたよ。」

そんなことがあったのか。今思えば確かに少し気まずそうな態度だったような気がしないでもない。


「恵零那先輩ね。兄さんの事大事な友達だと思ってるよ。ま、今の所恋愛感情はないみたいなんだけどね。」

「ですよねー。」

それは何となく自覚していた。興津さんの僕への態度は明らかに好きな異性に対するそれではない気がしていたからだ。


「だけどね兄さん。恵零那先輩は、兄さんの事ちゃんと友達として認識して接してくれているんだから、絶対に裏切ったり信頼を損なったりするようなことはしないであげてね。」

「肝に銘じておくよ。」

冷静に考えれば、異性の友達ができたことだけでも僕にとっては大きな前進である。そんな大切な友達を裏切るような真似だけは何があってもできないな。千珠葉のおかげでそれを再認識することができた。


「じゃあ最後に片浜先輩だけど・・・」

「うん。」

「ごめん。こればっかりは全く分かんないや。情報もないし、親しい人も知らないし。今の所謎しかないね。」

「そっか、そりゃそうだわな。」

「まぁでもあんな実験への協力を求めてくるってことは兄さんの事、嫌いではなさそうだけどね。どこがいいのかもわからないけど。」

「おい。」

ちゃっかり人のことをディスっていく。


「まとめると、今の所誰一人兄さんに対して恋愛感情は持ってないってことだね。」

「まじかー。」

絵にかいたような棒読みをする。それもそのはずである。富士宮会長の話のあたりからなんとなく予想はできていたのだから。


「なにその、やっぱりなみたいな反応。つまんなー。」

千珠葉が少し頬を膨らませてこちらを見つめてくる。


「まぁなんとなく予想できた結果ではあるからな。」

「そういうことは自分で言うなし。」

「そうなんだけどな。」

自分で言っていて虚しくなる。一ヵ月頑張ったくらいで彼女ができるならとっくにできているのだろうが、それにしてもなかなか進展がないのも困りものだ。


「でもさ、とりあえず今挙げた3人からは嫌われてはいないんだしさ。これからどうとでもなる可能性はまだあるってことだよね。それで兄さんはこれからどうするの?」

「そうだな。まだ1カ月しか経ってないし、このままもう少しいい人がいないか探してみるよ。」

「そ。わかった。でもあんまりだらだら探さないほうがいいかもよ。時間だって有限なんだし、それにもたもたしていると3年の先輩たちはあっという間に卒業しちゃうからね。」

そうか。それもその通りだ。まだ六月だと思っていたが、3年生からすれば残された高校生活はもう1年も無いのである。それに、夏も過ぎればいよいよ受験の追い込みでますます話しかけづらくなる。千珠葉の言う通りうかうかもしていられないのだ。


「確かに千珠葉の言う通りだな。分かった。よく覚えておくよ。とにかく気になる女子ができたらまた相談させてくれ。」

「ハンバーグ。」

「は?」

「ハンバーグおごりね。あとパフェも。」

つくづく抜け目のない奴だ。


「わかったよ。」

とは言え、有益な情報を教えてもらっているのだ。飯を奢るくらいならむしろ安いもんだろう。千珠葉の要求に二つ返事で答える。


 こうして30分程度にわたる作戦会議を終えた。まだまだ進展と呼べるほどのものは何もない。こうしている間にも時間は過ぎていく。そういった焦燥感が襲ってくるが、こればかりは焦ってもしょうがない。とにかくまずはヒロインとなる女性を絞らなくては。

 自室に戻り気分転換のつもりで何となく窓を開けた。今は上がっていたが、さっきまで雨が降っていたのか湿った空気が部屋へと流れ込む。やや冷たいのだが、どこか夏の気配を感じさせるような柔らかい空気が部屋を埋めた。どうやら夏はもう近いようだ。夏祭りや花火大会、リア充イベントが待っている。今年こそ女の子たちと楽しい夏を過ごすんだ。そのためにも毎日を無駄に過ごすわけにはいかない。

 ベッドへ倒れこみ、眼を閉じる。決意を新たにし、明日からの計画を練っているといつの間にか眠りに落ちていた。

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