エピソード3・片浜 京との出会い①
1.
6月10日 生徒会長から依頼された部活動の査察はまずまず順調に進んでいた。査察も数をこなすと幾分か慣れてきて、もう僕一人でも問題ないと判断した富士宮生徒会長は、査察の任を僕に任せ、自身の仕事へと戻っていった。元々多忙の身、僕のために無理に時間を割いてくれていたのだろう。生徒会室に戻った会長は毎日忙しなくデスクワークに追われていた。
僕のほうの任務はというと、やっと折り返しといったところか、残す部活動は15程となっていた。これなら何とか7月の上旬位には終わるか、といったところだ。まぁヒロインとなりそうな女子探しのほうはというと、正直あまり成果はなかったのだが・・・
「さて、今日はどこの部活の査察に行こうかな。どれどれ会長からのメモをっと…」
この任務受けた当初会長からもらった全部活が書かれたリストを見る。既に回り終わった部活動に関しては油性ペンで線を引いていっているが、こうしてみると大分進んできたというのが実感できる。とはいえまだ半分ほどあるのだが。特に理由もないが、面識がある人間も少ないため(というかほぼいないため) 適当にリストの上から順番に回っている。そして今日回ってきたのは…
「化学部?そんな部活あったっけか?全く聞いたことがないぞ。なんか怪しそうな部活だな。」
全く見聞きしたことがない部活だが、リストには確かに『化学部』と書かれていた。化学部と言うからには何かしらの研究やら実験やらをしているのだろうが全く想像できない。まぁ名前からして化学実験室で活動していると思って間違いないだろう。ひとまず化学実験室へ向かうとしよう。
人気が少ない放課後の校舎だが、家庭科室やコンピュータ室等の特別教室が集まる別棟は尚のこと人がまばらだ。その別棟に化学実験室もあるわけなのだが、普通の教室がある本棟とはかなり離れており、廊下は薄暗く、正直男子高校生でも一人で向かうのは少々気味が悪いと感じる。そんな、できれば近づきたくない場所に一人孤独に到着してしまった。
基本的に特別教室の部屋は施錠されており、授業等で使用する場合のみ教師が開錠する。そのためこの時間なら普通は鍵がかかっているはずだ。あらかじめ教師から鍵を借りてくればよかったのだが要領の悪いことに、ここについてから気づいたのである。
というか、鍵を借りるついでに職員室で誰か教師に、化学部の活動場所が本当に化学実験室であっているのかを聞いてから来ればよかったのだと今更ながら反省している。
しかしこのままでは埒が明かないので、とりあえずドアをノックしてみる。
「失礼しまーす。生徒会ですけれどもー。」
・・・
返事がない。やはり誰もいないのだろうか。しばらくその場で立ち尽くしていた。すると何やら中からカチャカチャと微かな物音が聞こえる。誰かいるのか?試しにドアを開けてみる。
すると簡単にドアが開く。やはりカギはかかっていない。ということは誰かいるのは間違いなさそうだ。
「入りますよー、失礼しまーす。」
緊張と若干の恐怖から自然と小声になる。正直ホラー系はあまり得意ではないのでさっさと用をすまして早々に立ち去りたい。
ゆっくりと中に入る。実験室のカーテンはすべて閉め切られており、また元々日当たりが悪いことも相まって真っ暗だ。中は少し湿ったような空気で、そして様々な薬品が混ざったような独特の匂いがする。そんな中やけに甘い匂いが立ち込めてきた。
「これは…なんだ?ココアか?」
恐る恐る教室へ踏み入れる。そんな時だった。
『ガチャ…』
?!
入り口のドアが突如閉まる。そしてカギがかけられたような音が聞こえ、突如あたりが暗闇に包まれた。
「え?何?なんで?!」
完全にパニックだ。高校生とはいえいきなり暗闇の教室に閉じ込められたらこんな反応にもなる。何が起こったのかさっぱりわからない。ゆっくりと何かが近づいてくるような感覚がある。
なんだ?落ち着け・・・落ち着くんだ…
カツッカツッと近づいてきた足音は僕の背後でピタリとやんだ。背筋に冷たい汗が流れる。振り向こうにも体が固まって動かない。そんな僕の首筋に生暖かい吐息のようなものがかかる。
そして耳元で…
「アナタハダァレ?」
「ひぃいいいいいっ」
あまりの恐怖に腰を抜かしその場に座り込む。全身の毛が逆立つような感覚だ。しばらくその場に座り込んでいるとあたりがパッと明るくなった。どうやら教室の照明が付けられたようだ。それにまた驚きビクッと小さく体が跳ねた。
そしてどこからともなく大きな笑い声が聞こえた。
「ふふふ、ふははっはははは!ちょっとあなたビビりすぎじゃない?さっきから可笑しいのだけれども。ふふっ、笑いすぎて涙が出てきたわ。」
あたりを見回すと一人の女性がこちらを見て大爆笑していた。150センチ半ばくらいだろうか、平均的な身長に対してやや不釣り合いな大きめの白衣にそでを通している。縁のないスマートな眼鏡をかけた彼女はいかにも『リケジョ』といったところか。髪は茶髪に長めで、ハーフアップ?とか言うまとまった髪型だ。あくまでぼく個人の趣向だが、ハーフアップは女子の好きな髪形トップ3に入る。そのくらい好みの髪型だ。それはさておき。
そんな知的で大人のエロスさえ感じられる美女は、化学実験室おなじみである黒い天板の実験台に腰を掛けながらこちらを見て、文字通り腹を抱えて笑っていた。ちなみにあの実験台は、1台当たり50万はくだらないのだと化学の教師が言っていた。そんなこと今はどうでもいいのだが。
「ちょっと、おどかさないでくださいよ…てかいったい誰なんですか?」
突如目の前に現れ僕を見るなり爆笑した彼女に問いかける。
「ごめんなさい、笑いすぎたわね。けれども先に質問したのはこっちよ。そういうあなたはどちらさま?」
「え?質問って…まさか。」
「そう。さっき聞いたじゃない。『あなたはだあれ?』って。」
なるほど、あの背後からの声はこの目の前の女子からだったのか。だとしたら一体何時からここにいたのだろうか。僕がこの実験室に入った時、部屋の照明はついていなかったはずだ。
「何かたまってるのよ。誰なのって聞いているのだけれども?」
「あっすいません。2年の榎野です。榎野 祥真(えの しょうま)。化学部に用事があってきたんですけど、ここじゃなかったですかね?」
「ふーん。あっそ。」
はぁ?なんなんだよその態度は。人のことをおどかして、さらに名乗らせておきながら無関心丸出しの口調。なんて無礼な奴だ。そんな曲がった根性、今ここで僕が叩き直してやる。
などと僕ごときが言えるわけもないので、こみ上げた感情を一旦すべて飲み込んで、代わりに当たり障りのない言葉を返す。
「えっと、すいません。そういうあなたは一体…」
「誰だっていいじゃない。」
「えぇ…」
なんて自由な人間なんだ。
「はぁ、まぁいいや。私は3年の片浜 京(かたはま きょう)。ここにいるってことは分かるでしょ。私が化学部の部長ってこと。」
どうやら僕の予想は間違っていなかったようだ。何とか化学部の、しかも部長に会うことができた。
「なるほど、化学部の片浜先輩ですね。よかった。実は今日生徒会のようz、ってえぇ?!片浜って、あなたが本物の片浜先輩ですか?実在したのか…」
「あら、私のことを知ってるの?」
知っているというより、彼女は良くも悪くもこの学校の有名人である。成績は3年間で1度もトップから陥落したことがなく、模試でも必ず全国トップ5入り。あの富士宮会長でも勝てない本物の天才なのだ。が、片浜 京に関しては謎も多い。そもそもほとんど学校にいないのだ。いないというより、教室や校内で彼女を見かけた者がほとんどいない。にもかかわらず彼女は留年することなく普通に進級できている。これは静翔高校の七不思議の1つでもある。そして遂には、『片浜 京は本当にこの学校の生徒として存在するのか?』といった噂まで流れるほどだった。
その有名でありながらも謎に包まれたミステリアス美女が今目の前にいる。僕のことを笑いものにして。
「片浜 京という存在は知っています。でも片浜 京自身については全く分かりません。」
「面白い言い方ね。それで佐野君は何しにここに来たのかな。たしか生徒会がどうとかって言いかけていたわね。」
「榎野です。」
余程僕に興味がないのだろう。
「実は生徒会長からの依頼で各部活動の査察をしているんです。リスト順で行くと化学部の番なのですが、そもそも化学部の活動場所がわからなくて、とりあえずここに来てみて今に至るってとこですかね。」
「ふ~ん、なるほどね。響子の刺客か。じゃあ矢野君は私に用事があるってことね。」
「だから榎野です。」
榎野という苗字はそんなにも印象に残らないのだろうか。全国の僕以外の榎野さん、申し訳ない。
僕の言葉はまるで聞いていないようで、ザ・考え込むポーズをとって腕を組みながら口元に左手を当てながらブツブツと小言を唱え、数秒間自分の世界に入り込む片浜先輩。そしてやや間をおくと、何やらニヤ付きながら話し始めた。
「いいわよ、あなたの任務に協力してあげる。ただし条件があるの。」
嫌な予感しかしない。今までの会話からして、常識から外れた人間であることは何となく推測できる。
「な、なんでしょうか…」
「私の実験に少しだけ協力してもらえればいいだけだから。」
相変わらず何か企んでいるような顔をしている。
「具体的には何を…」
「そうね、あなた私に飼われてみない?」
ん?なんて?
「えっと、なんて?」
「そうね、あなた私に飼われてみない?」
一言一句違わず同じ言葉が返ってくる。違いはやや声のボリュームが上がったくらいか。
「あの、そうじゃなくて。言葉の意味を伺っているのですが…」
「だからそのままの意味よ。しばらく私に飼われなさい。無理ならあなたに協力できない。」
「具体的には何をすれば…」
「何もしなくていいわ。普段通り生活して。ただ基本毎日放課後にここにきてバイタルサインの測定と投薬と軽い人体実験を」
「無理です!」
「…ってのは冗談なんだけど。」
なんていうサイコなジョークなんだ。まったく笑えなかった。
「まぁここにきて実験に協力しなさいってこと。詳しい話はまた今度するわ。」
「…わかりました。できる範囲で実験に協力します。」
そう回答するしかなかった。会長からの任務を遂行するにはひとまずこの人に従うしかない。
「じゃあとりあえず今日は帰って、明日またここにきてちょうだい。よろしくね、中野君。」
「榎野です!」
こうしてまた訳の分からないことに足を突っ込む羽目になってしまった。明日がこんなに待ち遠しくない日も珍しい。どっと疲れた身体を引きずり、今日はさっさと帰ることとした。
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