エピソード2・興津 恵零那との出会い③

3.

 あっという間に放課後になった。正直今日の授業のことは全く覚えていない。それよりも興津さんと和解(?) できたことが何より嬉しかった。そして、今まで勝手に委縮して勝手に緊張して、女子とまともに話せなかっただけだったんだということに気づくことができた。それを教えてくれたのは興津さんだ。今日はとにかく収穫があった気がする。少しだけ前に進めた気がする。

 それ故授業なんてあっという間で、帰宅する足取りは軽かった。

 

「ただいまー。」


・・・


 返事がない。まだ誰も帰っていないのだろう。とりあえずキッチンによって、飲みかけの炭酸を冷蔵庫から取り出し、部屋に持ちこみパソコンを起動する。既に半分ほど飲み終えた1.5Lのペットボトルの中身をコップに注ぐ、わけもなくラッパ飲みをする。ちなみにこの飲み方をすると千珠葉も母さんもブチギレる。だからこうして自分の部屋で一人でやっているわけだが。

 起動したパソコンのホーム画面には、きらスぺのショートカットが埋め込まれている。それをダブルクリックすると見慣れたホーム画面が開いた。さて、今日も続きをやらなければ。


・・・


 30分ほどたった時だった。待てよ、何か忘れているような気がする。というか何か頼まれ事をされていたようながする。思い出せ。今日にまつわることの筈だぞ・・・どうしても思い出せないでいると、


「ただいまー。」

千珠葉だ。ん?千珠葉?


「あーーー!!!」

思い出した。千珠葉だ。僕は今日千珠葉からお遣いを頼まれていたのだった。今日発売のライトノベルの新刊を買ってくるよう事前にお金まで渡されていたのだ。それをすっかり忘れていた。

 急いで階段を駆け下り玄関を向かう。途中千珠葉に遭遇した。


「よぉ千珠葉。今帰りか?じゃあ俺今から出かけるからまたn」

「ちょっと待て。」

すれ違い様に肩を鷲掴みにされる。


「はい、なんでしょう。」

「正直に言え。忘れたろ?」

「な、何のことでしょう・・・」

眼が泳ぐ。泳げ眼球くんだ。


「二度目はない。正直に言え。忘れたろ。」

「はい、忘れました。申し訳ありませんでした。」

「しょうもな。あまつさえ忘れただけでなくその上誤魔化そうとして。今回は良いけど彼女ができたら絶対そんなしょうもないことやらないほうがいいよ。それすごい評価下がるから。」

「はい、すいませんでした。」

妹からアドバイスされるとは・・・しかしここは千珠葉の言葉を記憶に刻んでおかなければ。


「いいよ。忘れるだろうと思ってたし。じゃあ今から行こうか。私もついていくよ。」

「えぇ、申し訳ありませんお願いします・・・」

こうして本来僕が行くべきだったお遣いを、依頼主である妹の千珠葉と二人は足しに行くこととなった。


 東海道線で揺られること数分、静岡駅に着く。そこからさらに10分ほど歩いたところに新静岡駅がある。併設した商業ビルに入るとエレベータで本屋へと向かう。たどり着いたのは、この辺では比較的大きな本屋だ。マンガやラノベはもちろんだが、資格試験対策用の本や専門書も結構揃っている。

 入り口を過ぎると大学入試用の参考書が多く並んでいるのが目に入ったが、今日の目当てはこいつじゃない。とは言え、ここまで千珠葉と一緒に来たため結局千珠葉が自分で目当ての本を探しており、既に僕のお遣いの意味はなくなっている。となると千珠葉の狙いは目に見えている。あいつ、僕にたかる気だ。ようは買い物の後、僕に夕飯をおごらせる魂胆なのだ。でなければわざわざ電車で中心地まで出てきて本を買いに来る必要はない。まったく抜け目がないやつだ。まぁ今回は忘れた僕が悪いので黙っておごってやろう。

 ただぼーっと千珠葉を待っているのも暇なので、なんとなくライトノベルの新刊コーナーや人気作品を手に取ってみる。するといつの間にかBL系のコーナーに侵入してしまった。ちなみにあらかじめ言っておくが、僕にボーイズラブな趣向はない。BL自体一定の需要があるのだから否定するつもりもないが。

 なんとなく過激なタイトルに好奇心を掻き立てられ、目についた一冊を手に取ったその時だった。


「え、しょうちゃん?」

あからさまに動揺しビクッと小さく身体が跳ねる。その呼ばれ方には心当たりがあったからだ。そしてその予感は見事的中した。


「もしかして・・・陵か?」

恐る恐る振り返ると、そこには幼なじみの清水 しみず りょうがいた。いつの間にか僕の身長を越していた彼女は、上下ジャージにかなり短めなショートカットといった女子高生ブランドがなければただの女っ気のない少年のような出で達ちでこちらを見つめていたのである。けれど彼女とはもうしばらくまともに口をきいていなかった。まぁこっちから次第と陵を避けるようになったのだけれども・・・

 そんな久々に会った幼なじみに見られるには色々と都合の悪いものを今僕は手の中に抱えている。


「よ、よぉ。陵じゃん。久々だな。」

「久しぶりだね、しょうちゃん。積もる話もあるんだけどそれよりさ・・・しょうちゃん、その、なんていうかさぁ・・・ついにそっちの道に行っちゃったの?」

最悪だ。やはり本の中身というか表紙のイラストを見られていたようだ。そしてどうやら僕は、あまりにモテないのでついに男をも恋愛対象とするようになったと捉えられたようだ。


「いやそんな訳ねぇだろ。千珠葉が本を買いに来たついでについてきただけだよ。そんで適当に見てたらたまたまそういうコーナーだったってだけの話。てかさ、それこそ陵はなんでこんなとこにいるんだよ。」

「えっ?!私、私は・・・ぐ、偶然だよ偶然!」

そう言いながら何か本を背後へと隠した。怪しい。何か僕に見られたくないような本を持っているに違いない。


「今後ろになんか隠したろ!なに隠してんだよ、お前も何か本を買いに来たんじゃないのか?いいから見せてみろよ!」

取り上げようとするも悔しいことにまったく届かない。そんな僕を見て勝ち誇ったような顔をする陵。畜生、僕はこいつのこういうところが嫌いなんだ。こうやって同い年だってのにいつも僕を下に見て馬鹿にしてくる。


「しょうちゃんじゃ絶対に届かないよー!」

そう言って手を伸ばし本を掲げる陵。しかしあることに気づいた。確かに届きはしないのだが、掲げられた本の表紙が丸見えになっている。そしてそれは僕がさっきまで持っていた本と同じように美青年と美青年が裸で抱き合っているようなイラストがはっきりと描かれていた。


「なぁ陵、本の表紙見えてるぞ。お前ってもしかして、腐女子だったのか?」

陵の耳まで一気に赤くなった。どうやら図星だったようだ。


「ばか!しょうちゃんのばか!関係ないでしょ?何よ悪い?調子乗んなよな!」

そう吐き捨てて陵は去って行ってしまった。


「なんだったんだ・・・」

唐突な幼なじみとの遭遇と、その幼なじみの意外な趣味(というか性癖)を思いもよらぬ形で知ってしまった。


「あいつ、腐女子だったんだな。」

買い物を終えた千珠葉が駆け寄ってくる。お目当てのラノベが手に入ったようでご機嫌だ。何はともあれめでたしめでたし。さて、帰るとするか。

 用事も済んだため帰ろうとした途端リュックが誰かに引っ張られる。


「ちょっと待て。」

またか・・・突然のことに何が起きたのかわからずゆっくりと後ろを振り返る。千珠葉だ。


「なんだよ・・・」

「兄さん、これ見て。」

千珠葉が自分のスマホをバッグから取り出し、コミュニケーションアプリを開く。そして母親へ今さっき送られた文面を僕に見せてくる。


『今日は、兄さんとご飯食べてくるから夜ご飯はいらないからね!』


「は?」

「そういうことだからよろしくね。」

やはりそうなるか・・・まぁ予想していたので特段驚きはしないが。

 本屋と同じフロアにハンバーグレストランがある。静岡では有名なチェーン店だ。他県からもこの店を求めてわざわざ足を運びに来るほどだ。既に何組かの客が店の前で並んでいた。


「しょうがない。今日はここで僕がおごるよ。」

こうして夕飯をたかられた僕は、千珠葉と二人俵のようなハンバーグを食べ帰宅した。それにしてもまさか陵に会うなんてな・・・

 ちょっとしたことから疎遠になってしまった幼なじみ。それもこれも僕の幼稚さからだった。そんな彼女との偶然の再会。僕はまた、昔のように彼女と接することができるのだろうか。そんな懐かしさと不安とが頭をよぎりながらも、揺れる帰りの電車の心地よさから気づいたら意識が遠のいていた。

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