エピソード1・富士宮 響子との出会い②

2.

 その晩、僕は千珠葉ちずはに呼ばれていた。千珠葉のほうから「話がある」なんて言ってくるのは何時ぶりだろう。まぁこういう時は、どうせろくなことではないと思うが、断ると後が怖いので僕はおとなしく部屋に出向くことにした。


「おーい、千珠葉。いるかー」

千珠葉の部屋に向かいドアを数回ノックする。


「いるよ、どうぞ。」

そっけない返事が返ってくる。まったく自分から呼んでおいて冷たいやつだ。


「入るぞー。話ってなんだよ。」

「兄さんさぁ、なんか最近彼女作ろうってあれこれ頑張ってんだって?」

ん?どういうことだ?一瞬背筋が凍るかのような感覚に襲われた。おかしい。なぜこいつがそのことを知ってるんだ?僕は一度も千珠葉の前でそんなことを口走った覚えはない。このことを知ってるのはそうだな、大吾だいごくらいなんだが…大吾?まさかあいつか?


「大吾か?」

明らかに動揺し、強張っていた表情をすぐさま取り繕い、ストレートに千珠葉に問いかける。


「アハハーナンノコトカナー」

某大手電機通信事業者が数年前に開発した人型ロボット(ペ〇パー)のような話し方をする。どうやら正解のようだ。大吾の奴め、いつの間に千珠葉に余計な入知恵をしたのか…


「そんなことよりさ。」

そんなことより?僕の話が一瞬であしらわれる。まぁいいや。いちいちツッコんでいては埒が明かない。


「今日から私が兄さんの女子からの評価ってやつを定期的に教えてあげるよ。それと、今の兄さんの学力とかファッションセンスとかさ、そういったステータス?ってやつを数値化してそれも教えてあげるね。なんか面白そうだし。ちなみにステータスの信頼度についてはまぁ多少大目に見てよね。」

千珠葉が悪戯っぽく笑う。まったく人のデリケートな部分にいきなり侵入してきておいて、いきなり何を言い出すかと思えば…こんなばからしい提案そう易々と受け入れるわけが


「お願いいたします。何卒。」

お願いした。当然だ。今の僕にはプライドなんてものはない。試せることは何でも試す。頼れる人はだれでも頼る。何より千珠葉は僕が言うのもなんだが1年の中でも人気があるほうだ。

同じ中学だった先輩も多く在籍するこの学校では、その頃から馴染みのある先輩も少なくないはずだ。そういった意味では千珠葉は僕よりも余程この学校では顔が広く、そして女子の繋がりが太い。それ故僕の評価や噂話なんてものは(良くも悪くも)いくらでも収集することができるだろう。


「即答?そこまで必死だとなんかちょっと引くなぁ」

千珠葉が冷めた視線を向けてくる。それがなんだ。もうそんなのにも慣れたものだ。それほどまでに今の僕は真剣なのだ。


「いいだろ、僕だって遊びでやってるわけじゃないんだ。必死にもなるさ。」

「あぁはいはい、そうだね。じゃあこれからは私も微力ながら協力するよ。とりあえず今日は何か収穫らしいものはあった?」

千珠葉がスマホをいじりながら適当に返し始めた。さてはこいつ、飽きてきたな。


「富士宮先輩に会った。」

一瞬千珠葉の手が止まる。


「富士宮先輩って、生徒会長の?兄さんが?」

「そう。兄さんが。」

「生徒会なんて入ってたっけ?」

「入ってない。」

「じゃあ何?ストーカー?」

「心外だな。大吾の代わりだよ。大吾がしばらく生徒会に出られないから代わりに仕事手伝うことになったんだよ。」

「なるほどね。それで、まともに話せたわけ?」

「ぐっ…それは…」

流石僕の妹だ。完全に読まれている。


「話せたか、って」

露骨に口ごもっているとそれを眺めながら千珠葉が明らかにニヤついている。こいつ、分かって言ってるな。


「ダメだったよ、話すどころか目を合わせることもまともにできなかったよ。」

そう返すと千珠葉は妙に納得したように、うんうんと頷きそしてさらにニヤついた。殴りたい、この笑顔。


「兄さん、おおむね想像通りの反応だね。そんなことだろうと思ったよ。」

妹に同情されるとは情けない限りだ。


「いやだってあの富士宮先輩だぞ。クラスの女子ともまともにしゃべれない僕があんな超絶美人の会長と饒舌に話して仲良くなれるなんてできるわけないだろ!」

「いや、コミュ障が開き直るなし」

「すいませんでした。」

瞬殺された。コミュ障なことは自覚しているがどうにも女子の前だとさらにコミュ障度に磨きがかかってしまう。まったく嬉しくないが。


「じゃあどうすればいいと思う?どうしたらもう少しまともに女子と話せるようになるかな。」

「そんなの自分で考えなよ。とりあえず進展があったらまた教えてね。じゃあ私はもう少し勉強して寝るから。今日は解散。」

そう言って一方的に作戦会議を打ち切られてしまった。千珠葉の部屋から追いだされ自分の部屋へと戻る。なんだか煮え切らない気分だが仕方がない。千珠葉の言うとおりこればっかりは自分で何とかするしかないな。


 部屋に戻りそのままベッドへ入る、わけもなくPCの電源を入れる。手慣れた手つきでネットを開く。見慣れた検索エンジンが立ち上がり画面に映し出された。


『女子 話し方』


半無意識的になんとなく入力し検索すると、一瞬で検索結果が表示される。

・必見!モテる男の話し方!

・10分で書士との会話が弾む方法

・女心が冷める会話、モテる会話


そんなサイトが画面内に広がる。そのうちのいくつかを適当に開くがどうも最後まで読む気にならない。なんとも役に立たない当たり障りのないことしか書かれていない。結局はどれもこれも、イケメンがやったら喜ばれるんだろうな、という感想にたどり着いて終わる。


「こんなんで解決したら世の中のコミュ障男子は誰も苦労しねぇんだよな…てか何やってんだ俺、だいぶキモいな...」

ふと我に返り自分の行動を客観的に見てしまった。我ながらかなりキモいことをしていると感じ、自己嫌悪感からすぐさまネットを閉じた。


「ゲームでもするか。」

役に立ちそうな情報も見当たらず、そして勝手に客観視して恥ずかしくなり僕はまたきらスぺをやることにした。別のヒロインの攻略。ギャルゲは一度誰かのストーリーをクリアしただけではそのゲームの3割も堪能できていないと思っている。(※個人の感想です。満足度には個人差があります。)あえてバッドエンドを見ることで得られる切なさややるせなさ、興味がなかったヒロインのルートを進めてみることで気づく自分の中での新たな萌え要素の発見。もちろん推しは人それぞれいるだろうが、ルートの数だけ楽しむことができる。そんなギャルゲに没頭しているとまた日付が変わろうとしていた。


「まずいな、流石にそろそろ寝るか…」

明日の準備だけして早々にベッドに倒れこんだ。

・・・


寝れない。寝ようとするほど眠れなくなるのはだれしも経験したことがあるだろう。今まさにその状態だ。直前までゲームをしていたからだろうか。完全に眼が冴えている。それでも寝ようと瞼を閉じると暗闇の中で今日の出来事が回想された。真っ先に富士宮先輩が思い浮かぶ。

「富士宮先輩、やっぱ美人だったなぁ。」


まだ大して仲良くもなっていない憧れの先輩の妄想をしているうちに、気づくと意識がなくなっていた…結局試験勉強はせずに…

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