エピソード1・富士宮 響子との出会い①

1.

 僕がギャルゲーの主人公として生きようと決めてから1週間が経とうとしていた。思い立ったはよいものの実際何か変わったのかと聞かれるとこれといって挙げられるようなものは何もない。相変わらず女子との関わりはゼロに近い。ただ僕自身は少しずつ試行錯誤はしていた。

 例えば生まれて初めてファッション雑誌というものを買った。ちなみに1冊1000円くらいした。高い。高校生の財力からすればまずまず痛い出費である。そしてそれから学んだことはオシャレには更なる投資が必要だということだ。ファッション雑誌に載っている服はどれもこれも1万超えるようなものだった。なるほど流行に乗るというのもそう簡単にはいかないらしい。

 そんなものはとてもじゃないが買えないのでひとまずそれに近いような服をいくつか買った。着こなしの勉強をした。ヘアワックスと洗顔料も買った。もちろん今まで使ったことがない。すべて見よう見まねで試した。そして今日、生まれて初めてヘアセットをして通学している。


「おっす祥真しょうま!」

さっそく大吾だいごに遭遇した。僕の数少ない親友の一人だ。


「おはよう大吾、朝から無駄に元気だな。」

「無駄は余計だよ。それよりどうした?祥真その髪は。ガッチガチだぞ?ギャルゲの主人公はやめにして、オレンジ色のボールを7つ集めることにしたのか?それならそれで応援するけどさぁ。」

さっそく大吾に大笑いされた。これでもかというほどに笑われた。どうやら僕の渾身のヘアセットはイマイチだったらしい。見かけ上の戦闘力は上がっているといわれた。嬉しくないが。なるほど、今朝千珠葉から向けられた白眼視はこういうことだったのか…

 

「とんだ空回りだよな。もういっそ笑ってくれ、俺はこれから天下一武道会を目指すことにするよ。」

せめてネタにするしかない。さすがにセンチな気分にもなる。

 

「わりぃわりぃ、ちょっとふざけすぎたな。すまなかった。ところで祥真、お前今日放課後は暇か?」

「正直結構気にしてんだからな。これからはもう少しお手柔らかに頼むよ。そうだな、特に用事もないけどどうしたんだ?遊びの誘いじゃないだろ?」

苦笑いしながら大吾の問いかけに返す。ここの所大吾は真剣に遊○王の全国大会予選に向けて研鑽に勤しんでいる。自分で言うのもむなしくなるが、今僕と遊んでいる余裕などないだろう。

 

「察しがいいな、さすが祥真だ。ひとつ頼まれごとを聞いてくれないか?」

断る理由もない。面倒ではあったが大吾には世話になっている。数少ない友達の頼みなのだ。是非もない。二つ返事で了解した。


 放課後、僕はホームルームが終わると急いで部室棟に向かった。部室棟とは、部活動の備品や更衣室、ミーティングルームなどが配置された部員用の建物で本館校舎と離れて建てられているが、2階に連絡路がありつながっているような配置だ。あらかじめ言っておくが僕は所謂帰宅部だ。何の部活動にも入っていない。部活動に入っていないにもかかわらず、部室が集まる部室棟のとある部屋の前にいた。2年の5月に今更部活に入部するつもりはない。つまりこれが大吾の言う『頼まれごと』であった。


「失礼しまーす…」

恐々とドアを開ける。室内は18畳くらいだろうか、いくつかの机が四角く囲むように並んでおり、奥の窓際の席は一際整理整頓が行き届いているのが見えた。そしてそこでは普段見慣れない生徒が数名、何やら忙しそうにデスクワークに追われていた。


「こんにちはー、宮島大吾の代理できました、榎野ですけど…」

消え入りそうな声で呟く。実際あまり聞こえていないらしい。誰一人としてこちらを振り返らない。(単に無視されている可能性もゼロではないが、流石に初対面の人間に一斉にガン無視きめられるほど嫌われてはいない。はずである。自信はない。)


「こんにちは、榎野です。生徒会の手伝いに来ました。」

ほんの少しだけ声を大きくして呼びかける。そう、ここは生徒会室である。僕のような人間にとっては普通なら全くもって縁のない場所に今訪れている。間もなく一人の女性が振り返り、こちらに向かって近寄ってきた。遠くからでもわかる。圧倒的な美人だ。

 

「あら、ごめんなさい気が利かなくて。あなたが榎野君ね?宮島君から話は聞いているわ。じゃぁこれからよろしくね、さぁ入って。」

そう言って僕を生徒会室へ招き入れる彼女からは微かに桃のような甘酸っぱい果実の香りがした。スラっとしたモデルのような体型とセミロングの黒髪がよく似合っている。凛とした空気を纏う彼女であるが、しかし一切近寄りがたいようなオーラは感じない。むしろ僕のようなコミュ障男に対しても優しく包んでくれるような柔らかい笑顔を向けてくれていた。


「ごめんなさい、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は3年の」

「ふっ、富士宮先輩ですよね。生徒会長の」

「あら、榎野君私のこと知ってるの?」

知らないわけがない。彼女は富士宮 響子(ふじのみや きょうこ)。3年生でこの静翔せいしょう高校の生徒会長である。容姿もさることながら成績も極めて優秀で難関大学も合格圏内。生徒会長として生徒会をまとめる傍ら、書道部の部長としても活躍し、何度もコンクールで賞をとっている。まさに才色兼備だ。男女ともに人気が高く、この学校で彼女を知らない生徒はまずいないだろう。


「せ、生徒会長は有名人ですからね。僕みたいなやつでもわかりますよ。」

目を合わせることもできない。こんな完璧美人と話すなんて生まれて初めての経験だ。何を話していいのか全く分からない。こんな時はどうすればいいんだ…よし、ひとまずこれはチャンスだ。ここで富士宮先輩から好印象を持ってもらえるかどうかで今後のルートに大きくかかわるだろう。

ギャルゲの分岐点には選択肢がつきものだ。こんな時は…


① とりとめのない話をする

② 今日の下着の色を聞く

③ 彼氏がいるかを聞く


(どうしてこんなしょうもない選択肢しか浮かばないんだ…我ながら情けないな。今日初めてお会いしたにもかかわらず②や③は無礼にもほどがあるだろう。かといって①はあまりにも普通過ぎる。そもそもとりとめのない話って何なんだ。そんなことすら思いつかない。まずいぞこれはどうs)


「ふふ、ありがとう。じゃあ榎野君には今日から宮島君の代わりに会計の仕事をしてもらいたいんだけどいいかな。」

タイムリミットだ。僕のやってたきらスぺにはそんなのなかったのに。現実世界では当然だがタイムリミットがある。そうして僕は結局どの選択肢も選ぶことができなかった。


「はい、よろしくお願いします。具体的には何をすればいいんですかね。」

ひとまず大吾からの頼まれごとである生徒会の仕事は引き受けよう。


「そうね、実は今各部活動の予算再編成を行っているの。うちの学校はね、上期と下期の2回に分けて各部活動に活動費を分配しているの。上期の支給は4月だからもう済んでいるんだけど、それが適正に使われているのかどうか、または申請された以外に不正に使われていないかの調査をやってほしいの。」

「ぼぼぼ僕がですか?ちょっとそれはあまりに荷が重すぎますよ…」

無理だ。さすがに初めてでそんな重大な仕事は責任が大きすぎる。


「大丈夫よ榎野君、そんな深刻に考えなくていいわ。各部活動を回ってちゃんと真面目に部活に取り組んでいるのか調査して来ればいいだけだから。そんなに気負わなくていいわ。」

「そ、そんな適当な。それに、僕みたいな素人でいいんでしょうか」

「大丈夫よ。それに宮島君だって榎野君なら任せられると判断したから榎野君に頼んだじゃないかな?だからお願いできる?」

確かにそうだ。ここで投げ出したら大吾にも申し訳が立たない。それにこの仕事はもしかしたら僕にとってもチャンスなのではないだろうか。部活動調査として各部員に出会うことで、このギャルゲ生活でのヒロインとなる女子に遭遇できるかもしれない。


「わかりました。やります。やらせてください。」

「ありがとう榎野君。そう言ってくれると思っていたわ。慣れるまではしばらく私も同行するから。それじゃあさっそく来週からお願いするわね。」

「えっ、明日からじゃないんですか?」

「あら、榎野君ずいぶん余裕なのね。明後日からの中間試験はどうやら期待できそうね。」

完全に忘れていた。そういえば先週のホームルームでそんなことを言っていたような気がする。というか僕自身先週遊〇王の全国大会予選に心血を注ごうとしていた大吾に中間試験の話をしていただろう。まったく恥ずかしい話だが、このギャルゲ生活のことで頭がいっぱいになっていた。


「だ、大丈夫ですよ会長、何とかなりますって。」

「榎野君忘れていたでしょ。本当に大丈夫なの?目が完全に泳いでいるけど…」

「いやーきっと大丈夫です、何とかなります!先輩昨年末の僕の学年順位知ってます?」

「ごめんなさい、分からないわ。でもそれだけ言うってことはきっと心配いらないようね。」

「そうです会長。心配には及びません。ちなみに僕の順位は300人中180位です。」

「いやごめんね榎野君、前言撤回。一気に信頼度が低くなったのだけれども…」

会長から笑顔が消えた。そして明らかに怪訝けげんな顔になる。

「…何とかします。」

ひとまず生徒会室を後にする。会長の言う通り、部活動の査察は来週からのほうがよさそうだ。


 疲れた。なんだかとんでもない仕事を任された気もするが、今あれこれ考えても仕方ない。会長から任された仕事はとりあえず来週からだ。今日は帰ってゲームでもするか…

 生徒会室を後にして、家路を急ぐ。学校を出た途端、なんだか急激に疲れてきた…普段あんな美人と話さないからか(そもそもどんな女子ともまともに話をしていないのだが)やけに体力を消耗した気がする。


「美人と話すってのも中々楽なもんじゃねぇな。」

それが富士宮会長との初対面であった。

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