プロローグ②

 結論から言うと彼女の作り方どころか女子との親交の深め方すら何一つ思い浮かばないまま放課後になっていた。まったくこれでは完全にお手上げだ。


「なんという無駄な一日だったんだ…しょうがない、帰るか…」

帰宅部の僕がこれ以上学校にいる理由もない。放課後だらだら教室に残るような性格でもない。さっさと帰ってネットサーフィンでもするのが一番だ。


「ただいまー」

帰宅してさっさと自分の部屋に入る。と、同時にPCの電源を入れて制服を脱ぐ。ここまでもはやルーティン業務だ。さて飯の時間までにはまだ時間がある。なんとなくPCゲーム用のプラットフォームを開いてみた。セールになっているゲームや新着ゲームを探し漁るのが最近の日課だ。


(どれどれ、なんか面白そうなゲームでもないかな。せっかくだし久々にギャルゲでもやりたいな。どうせモテないんだから、せめてゲームの中でくらい女子と過ごしたいもんだ...)

そんなことを考えながらゲームを探していると、あるゲームが目にとまった。パッケージにどこか見覚えのあるゲームだ。


「きらめきスペクタクル・リマスターVer?きらスぺのリマスターか?なつかしいな!俺が初めてやったギャルゲーじゃねぇか!」

なんとなく恋愛系のゲーム探しているうちにたどり着いたのは中学生時代に初めてプレイしたギャルゲーのリマスター版だった。


「今ならセールで半額じゃん。せっかくだからDLしてみるか。」

数年前にハマったゲームに久々に出会うと、またついやってしまうことはないだろうか。懐かしさの余りついDLし、プレイする。聞き慣れたOPとともにゲームがスタートする。このゲームでは、主人公の男子高校生が勉強や部活、その他の娯楽に関する教養を磨き自分のステータスを高めていきながら6人のヒロイン達と親交を深め、時には女子とのイベントを楽しみ、時には女子が抱えた問題を処理しながら最終的に1人のヒロインと結ばれるよう選択していくゲームである。要は様々な面から自分磨きをして、女子と話して、デートして、最終的に1人の女性を選択する。告白成功ならハッピーエンド、告白失敗ならバッドエンドというなんともわかりやすいゲームである。

 ところが事はそう簡単なものではない。女子と仲良くなるにつれその女子固有のイベントが発生するのだが、そこで選択肢の中から回答を選ばなければならない重要イベントがある。その選択次第ではバッドエンドが確定してしまうことも十二分にあるのだ。そして、女子との交際経験が1度もない僕にとってこの選択は非常に難しいものであった。

 

「っともうこんな時間か…」

懐かしのゲームについのめりこんでしまった。夕飯と風呂以外「きらスぺ」に費やしてしまい、クリアするころには日付を跨いで1時を過ぎていた。

 

「やっと終わった…流石にそろそろ寝ないとまずいよな…」

学校での成績は中の中、ミスターアベレージ(自称)な僕が明日の予習なんてするわけがない。早々に次の日の準備だけして、ベッドに横になった。偶然見つけて久々にやった懐かしのギャルゲ、通称「きらスぺ」。かれこれ3年ぶりくらいだろうか。やっぱりおもしろいし何よりヒロイン6人全員が魅力的である。残念ながら時間の都合で今日はメインヒロインルートしか進められなかった。ちなみに効率厨になったとしても全ヒロインのハッピーエンドにたどり着くには軽く12時間はかかる。これはしばらくきらスぺ漬けの日々になりそうだ…


 次の日の朝、目を覚まし登校の準備をする。歯を磨き、さっさと顔を洗う。整髪剤なんてものは持っていないから適当に水をつけて寝癖くらいは直すことにしている。ひとしきりの準備を終えようとしたその時だった。

 

「おい。」

突如背後から声がした。振り返るとそこには小柄な美少女が…いや美少女には変わりないのだが、あまりに不機嫌な顔をした美少女がこちらをにらみつけていた。

妹の千珠葉ちずはである。

 

「なんだ、千珠葉か…」

「なんだじゃない。いつまで洗面台独占してんのよ。邪魔なんですけど。」

朝っぱらから実妹の辛辣な言葉が胸に刺さる。一つ下の妹は同じ高校に通う1年である。女子高生の妹なんてものはどこの家庭も大体こんなものだろう。お兄ちゃんお兄ちゃんと甘えてくるのはアニメやラノベの中だけのフィクションでしかないのだ。


「はいはい、大変失礼いたしました。じゃあ俺は先に学校行ってるからな。遅れんなよ。」

そう言って千珠葉より先に家をでた。


 五月ともなれば朝でももうすっかり寒さを感じない。初夏に近づくやや湿った生暖かい風と青々とした草木の匂いが満ちていた。


「よぉ祥真しょうま。今日も眠そうな顔してんな。徹夜でギャルゲでもしてたのか?」 

背後から不意に声を掛けられる。朝っぱらからこんなことを言ってくるのは1人しかいない。


「すげぇな大吾だいご、まぁ半分ぐらい正解だよ。おはよう。今日は朝練ないのか?」

サッカー部の大吾は基本的に朝練があるため僕が学校に着くころにはすでにグラウンドにいる。だから通学路で大吾に会うのは珍しいことだ。


「ん?あぁそうだな。なぁ祥真、もうそろそろアレがあるだろ、アレ。だから今は朝練休んでるんだよ。」

「あれってなんだよ…あ、まさか中間試験か?だから休んでんの?お前が?」

人のことを言えた義理ではないが僕は大吾が勉強しているのを見たことがない。なのにどういうわけか成績はずっと上位にいる。顔もよくてスポーツもできておまけに成績もいい。本当になんなんだこいつは。もういっそとんでもなく気持ち悪い性癖でもないと割に合わない。


「中間試験?バカかよそんなもんのためにわざわざ部活休まねーよ。この時期といったそう、遊○王の全国大会予選だろ‼」

「… 。」

大吾がモテない理由の2つ目がこれである。彼はデュエリストである。それも全国大会常連の本物のデュエリストである。暇さえあれば声優のライブとカードショップに入り浸っている。学校の女子と遊んでいる時間などないのだ。


「あぁ…そういうことね。そりゃあ部活どころじゃないわな。」

「そうなんだよ。部活だのテストだのって、余計な時間を割いてる場合じゃないんだよ。それよりさ、祥真は?何のゲームやってたんだよ。」

「ん?あぁきらスぺだよ。覚えてるだろ?きらめきスペクタクル。あれのリマスターがPC版で出てたのを昨日たまたま見つけてさ。懐かしくてずっとやってたんだよ。そして気づいたら夜中でさ。おかげで眠くてしょうがないよ。」

実際さっきから眠くてしょうがない。まだ登校中だというのに既に今日の授業も起きていられる自信がなかった。


「あぁきらスぺか!懐かしいな、そりゃそんなアンデッド族みたいな顔にもなるわ。てかその主人公ってさ、なんか今の祥真にちょっと似てるよな。いっそ真似してみればいいじゃん。」

笑いながら大吾が肘で小突いてきた。

 

「は?どこがだよ。全然似てねぇだろ。それにマネするってどういうことだよ。」

「いや、今までまともに女子と付き合ったこともないやつがさ、彼女が欲しいってもがいて、でも今までモテたことがないから勉強やらオシャレやら知識を身につけたり女子と会話して慣れたりしていくんだろ?今の祥真と同じような立場じゃん」

なにやら大吾が熱く語り始めた。


「そうか?でもゲームではこっちから話かけなくてもイベントで女子のほうから話しかけてくるわけだろ?でも現実世界だとそんなのまずありえないじゃん。」

大吾の言うことも分からなくもない。でもそれはあくまでゲームの世界での話。実際の世界との乖離は僕自身実感しているつもりだ。


「文句ばっか言ってんじゃねぇよ!そうやってグダグダ理屈ばっか垂れてるうちは女から話しかけてくることなんてないだろ。ゲームの主人公だって祥真が操作してないだけで、省略されている時間に女子に話しかける努力をしてるかもしれないだろ?それをお前はゲームだからだの、実際は無理だだのってさぁ。ほかにこれといって彼女作る作戦も思いついていないんだろ?じゃあ試しに行動してみればいいだろ。」

大吾の勢いはさらにヒートアップし、語気に力が入りだした。その勢いに一瞬困惑したが、大吾の言葉には妙に納得させられるところがあった。


「そうだな…正直馬鹿らしいと思ったけど大吾、お前の言う通りかもな。モテないだの女子とちゃんと話せないだのグダグダ理由つけてたけど、結局自分から変わろうと思って何か行動してなかっただけなんだよな。お前の言う通り、ほかに何か策があるわけでもないしさ。俺、やってみるよ。今日からギャルゲの主人公になるわ」

言いながら自分でもぶっ飛んでいると思った。でも大吾はそれを聞きながら決して笑うことはなかった。


「いいんじゃね。残りの高校生活、クラスの連中の笑いものになったとしても俺がいるだろ。安心して馬鹿なことやれよ。」

こういうことを大吾は真面目に言う。茶化さない。恥ずかしがらない。それを僕は素直に尊敬していた。大吾の魅力だ。ありがとう。

 

 そんなことを話しながら、気づいたら校門の前まで来ていた。そして僕は決心した。スベったってかまわない。何もしないまま高校生活を終えることだけは勘弁だ。

 

― 僕は今日から、ギャルゲの主人公になってやる。

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