どうせモテないからいっそギャルゲの主人公のように生きてみることにしました。

雨川 流

プロローグ①

 17年。生まれてから17年、僕には彼女というものがいない。いや、それどころか女子とまともに会話したのだって、いったいいつのことだっただろうか・・・

 そんなことを不意に考えたのは、この世界史の授業がどうしようもなく退屈だからではなく、春の陽気がそうさせるのでもなく、単に僕自身が残りの高校生活に対して若干の焦りを感じはじめてきている以外他ならない。

 

 5月11日。天気は概ね晴れ。

 高校生活二年目のGWもおわり、通学時は久々の学校で気怠そうな生徒ばかりだった。冬が終わり初夏に向かおうとしている中、花壇にはだれが手入れをしているのかもよくわからないポピーの花やら何やら(というかポピーとチューリップくらいしか僕にはわからないのだが。)が咲き始めていた。

 さて、現実逃避をしている場合ではない。実際僕は焦っている。呑気に世界史の授業を受けながら、窓からお花を眺めている場合ではないのである。僕が今優先的に考えなければならない最も重要な問題とはそう、

 

「どうやって彼女を作るのか」


これに尽きる。中学生で誰とも付き合ったことがない男、これは決して少数派というわけではないはずだ。しかしこれが高校生となるとどうだろう。高校三年間を費やして尚、誰とも付き合ったことがない。女子とまともに触れ合うことのないまま卒業を迎える。これはかなりまずいのではないだろうか。忌々しき事態なのではないだろうか。そんなつまらない高校生活を送っていいのだろうか。

 そんなのは耐えられない。僕だってお昼に中庭や空き教室で手作り弁当を食べたいし、何でもない普通の放課後に女子と一緒に帰りながら途中でアイスとか食べたいし、夏祭りに行って花火見たいし、クリスマスだって一緒に過ごしたい。

 そんな溢れ出るキモヲタ童貞丸出しの妄想と焦りとで、底なし沼に引きずり込まれていくような感覚に陥り、この僕の「彼女できない問題」は日に日に深刻な問題へと進行していったのであった。とにかくこのままでは埒が明かない。すでに貴重な高校生活を一年も浪費してしまったのである。

 ところで、そもそも彼女とはどうやったらできるのであろうか。残念ながら僕がイケメンと呼ばれる部類の人間ではないということは、17年も生きていれば流石に嫌でも理解せざるを得ない。それにただ何となく過ごしていても彼女ができないことも分かっているつもりだ。現実は非常なり。思い立ったのは良いものの、現実はそう簡単なものではないのだ。彼女いない歴=年齢の僕にとっては彼女を作ることどころか、異性の友達を作ることですら至難の業である。超高難度クエストだ。きっと「今から友達100人(※男子に限る)作れ」なんてクエストのほうがよっぽど簡単だ。いや、それもやっぱり無理だろう。すいません、見栄を張りました。

 そもそも学校という空間は実に閉鎖的である。どいつもこいつも互いの顔色伺いばっかりだ。高校生活も1年過ごせば大抵のことはわかる。まず入学から2~3か月もすればクラスの中でグループなんてものが勝手に出来上がっていく。そしてそのグループはそう簡単に動くことはない。居心地が悪くならないためになんとしてでも自分の立ち位置を守ろうとするのだ。だから目立つことをすれば調子に乗っていると煙たがられ一瞬で爪はじきだ。そんな空間で今更人が変わったように女子と仲良くなるなんて簡単なわけがない。

 どうしたものか悩んでいるうちにあっという間に昼になってしまった。


「とりあえず飯でも買いに行くか…」

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り終わるとさっさと購買部に駆け寄る。チャイムが鳴ってすぐに出たというのに、目当ての場所にはすでに20人程度の学生が並んでいた。こいつらは授業を抜け出してどこかでスタンバっていたんじゃなかろうか。でなければこんなに早く並べるはずがない。とりあえず適当に目についた菓子パン2つとコーヒー牛乳を買い、さっさと自分のクラスに戻ってさっきまで座っていた椅子に腰を掛ける。


「オッス、祥真しょうま。飯食うなら声くらいかけろってーの。俺もここで食っていいよな?」

突如イケメンが前の席の椅子に勝手に腰を掛け、弁当の風呂敷を広げながら僕のほうを向いて話しかけてきた。大吾だいごだ。


「なんだよ大吾…俺と飯なんか食ってたら、せっかくの弁当が不味くなるぜ。」

こいつは宮島大吾みやがわ だいご。高1の時から同じクラスで俺の数少ない友達だ。大吾は男女問わずウケが良く、とりわけ女子からの人気は高い。身長は182センチでモデル体型。サッカー部所属でおまけに顔もいい。何より偏屈な俺から見てもイイ奴すぎる。これだけ良い所ばかり有りながらモテないわけがない。しかしこいつも彼女がいない。そして彼女ができない理由をいくつか俺は知っている。


「どうしたよ、いちいち卑屈な奴だな祥真は。ところで祥真、昨日の恋猫みたか?やっぱ楓音ちゃんは最高だよなぁ。俺毎朝楓音ちゃんの声で起こされてぇよ…メジャーデビューシングルも買っちまったし。あぁーサイン会抽選当たんねぇかなぁ…なぁ?」

大吾の熱弁が止まらない。


「今日もよく語るなぁ大吾。槇島楓音まきしま かのんだっけか?お前ほんとその声優のこと好きだよな。俺には何がそんなにいいかわかんねぇんだがな。」

購買で買った具材の少ないほぼ麺だけ焼きそばパンを頬張りながら適当に返して大吾のほうを見ると、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる大吾がいた。


「おいおい、楓音ちゃんの良さがわからねぇとかお前正気か?そして呼び捨てにすんなよ。よし、今からお前に楓音ちゃんのすばらしい部分を余すことなく理解してもらえるようみっちり洗脳してやるわ。」

こいつに彼女がいない理由の一つがこれである。大吾はオタクである。特に声優オタクである。熱狂的なまでの。所謂声豚である。別に女が嫌いなわけじゃない。ましてや男が好きなわけでもない。ただ大吾の眼には女性声優しか映っていないのだ。彼の世界における女性とは、女性声優かそれ以外かの二種類しかいないのである。

 

「すまん、もう勘弁してくれ…それより大吾…お前ってほんと残念イケメンだよなぁ。もうちょっと学校の女子にも目を向ければいいのに」

イケメンなのに口を開けば声優の話しかしないこいつと入れ替われたらどれだけ人生楽なんだろうか…そんなことを考えるだけ無駄だが。

 

「なんだよ祥真、口を開けばゲームの話しかしないお前が女の話だなんて。珍しいな。好きな奴でもできたのか?」

声優トークを遮られ不機嫌そうな大吾が僕に問いかける。


「いや、好きな子がいるってわけじゃないんだけどさ…俺らももう高2だろ?このまま彼女がいない学生生活を送るのはどうなんだろうって思っただけだよ。なぁ、どうやったら彼女ってできるんだろうな?」

昼休みも終わりに近い。大吾に唐突に投げかけた質問はあっさりと返された。


「知らん。知ってたら今頃俺も彼女持ちだわ。」

まったくその通りである。と同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「こりゃ始める前から積みゲーか…」

結局なんの打開策も見いだせずにあっという間に今日も半日が過ぎ去ろうとしていく。この問題は思った以上に難しい。そうして、午後も暖かい日差しが差し込む教室の空気とは裏腹に曇天のような気持ちのまま、ただただ時間だけが過ぎ去ろうとしていた。

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