男の咆える涙
西島じお
男の咆える涙
男の咆える涙、妖しく煌めく。その刹那。男の身体が豹変した。原曲を知らぬ歌手が困惑しながら唄うように 、男は液状化していく。液状化した姿はさもかき混ぜられたコーヒーの抽出物のように、男だった身体が絞りカスと 褐色と黒を混ぜたような腐臭のありそうな色に変性した液体に姿を変えた。
嘗て人間だったそれは地面を煌々うと妖しく照らしながら、侵食していく。その液体は幾重にも手足が生えたようにどろりとした液体の塊がポタポタ落下して少しずつ移動していく。男が嘗てそこに居た事を示すかのようにその液体は辺りを染め上げていく。男は人間だった。男はまだ生きたかった。なのに、時間の流れはそれを許さない。男は人間としての生が盤石である事がどれ程卑しく思っているか をその心中に秘めて、新たな生を迎えようとする。
「生きよ!」
この言葉が男のくたばりかけの脳内に反芻(はんすう)する。
「まだ........死ねない!」
男の心はもう一度生きる事への決意に傾いていた。陽が沈む。それまで男だった骸を煌々と照らす灯りとなっていた陽がもう既に落ちていた。
男が息を引き取った。男の葬儀が開かれた。男の無惨な遺体に誰からも死別の涙すら向けられなかった。男は孤独だった。男の家族は皆、男と絶縁をしていた。男は嫌われていた。あまりの粗暴さと情緒の不安定さから男は家族にただそこに居るのが邪魔だから と暴力を振るっていた。男は家族から絶縁された怒りに狂い、暴力の捌け口に自らの腹を割いた。暗澹(あんたん)たる気持ちは、激痛と共に憎悪と憤怒に変化していく。
「待ってろよ!今........行く」
この言葉を最期に男は他界した。男はただ........ただ........家族を道連れにするべくその液状化した身体を引き摺(ず)りながら蠢(うごめ)くのだ。
男の咆える涙 西島じお @jio0906
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます