VOL.4

 ものの30分もたたぬうち、俺は彼らの『司令部』とやらの一角にある、小さな部屋で、上半身を裸にひんむかれ、椅子に縛り付けられて座らされていた。


 さっきから牛とゴリラの中間の如き大男が俺を殴るわ、蹴るわ、鞭でひっぱたくわとやりたい放題にしやがる。


 気を失いそうになると、ドブ泥に近い臭いのする水を頭からぶっかけた。


(そういや前にも同じ目に遭ったことがあったような・・・・悪党ってのはつく

 づく学習能力がないなぁ・・・・・いや、それは俺も同じか)


 俺は腹の中で自分自身に愚痴ってみたが、何も変わりはしなかった。


『どうかね?何か喋ったか?』


 ドアが開き、ジョン・レノンみたいな眼鏡をかけた、俺を一番最初に捕まえたリーダーが顔を出す。

 痩せた背の高い男だ。


 俺をいたぶっていた大男が、硬直したように背筋を伸ばし、敬礼をする。

 

 制帽を被ったその男(大尉、と呼ばれているらしい)は、敬礼に応えながら、機械的で無機質な声で、


『軍曹、どうだ?何か喋ったか?』と、大男に訊ねる。


 軍曹と呼ばれた男は激しくかぶりをふり、


『ダメです。こいつは意外とタフで、何をやっても口を割りません』


”大尉”は、二人の大男に俺を起こさせ、手に持っていた細い鞭で顎を持ち上げ、上をむかせると、サディスティックに嗤いながら言った。


『なあ、いい加減に吐いたらどうだ?お前だって命を無くしたくないだろ?』


『”総帥”とやらに会わせてくれたら喋ってやるよ。』俺はせいぜい呻いた芝居をしてやりながら、大尉の顔を見上げる。


『何を馬鹿なことを・・・・』


『じゃ、嫌だ。何も喋らない。』


『貴様、命が惜しくないのか?』


『ノーコメント。だがここで俺を殺しちまったら、もっと貴重な情報はなしが聞けなくなるぜ。それでもいいのか?』


 俺の言葉に”大尉”も、流石に戸惑ったのだろう。奥歯を噛み締め、


『分かった。ちょっと待ってろ!』といい、荒々しくドアを閉めて出て行った。


 ほんとうに”ちょっと”だった。


”大尉”はFG42を構えたヘルメット姿の兵隊二人を引き連れて戻ってくると、大男二人に俺のいましめを解くように命じ、俺は立ち上がって傍らのテーブルに無造作に置かれていた衣服を着けた。


『ついでと言っちゃあ何だが』俺は”大尉”と大男に声を掛けた。


『顔ぐらい洗わせてくれよ。もっとましな水でさ。お偉いさんの前に出るのに、ド

 ブの臭いをさせてちゃ失礼だろ?』


 俺は手錠をはめられ、両脇にヘルメットたち。後ろに大男、そして先頭に”大尉”を従えて廊下を歩いていた。


 歩くたびに靴音が反響する。


 どうやらここは地下のようだ。


 俺は着てきた服を身に着け、顔も綺麗に洗わせて貰った。


 手錠の他に、目隠し迄強要されそうになったが、


『”鬼さんこちら”は御免被る』と拒否し、結局手錠だけになった。


 長い廊下を歩き、エレベーターに乗せられ、他とは全く違った一角にたどり着いた。


 そこだけは床に赤いカーペットが敷きつめられ、壁には花の模様をあしらった壁紙が貼ってあり、天井の明かりも他よりは段違いに明るい。


 正面に重々しい扉があり、その前にはやはりヘルメットを被り、小銃を肩から掛けた『兵隊』が二人、バッキンガム宮殿の近衛兵よろしく踵を付けて直立不動の姿勢で立っていた。


 二人は”大尉”の姿を見ると、捧げ銃をする。


 大尉は帽子のひさしに指をかけ、それに応えた。


『総帥閣下!例の鼠を連れて参りました!』


 少し息を吸いこみ、大きく声を張り上げて、ドアに向けて叫ぶ。


『よろしい!入れ!』


 ドアの向こうから独特のトーンの声が返って来た。


 番兵がドアを開ける。


 

 中はかなり広かった。


 ちょっとした宮殿の応接室くらいはあるだろう。


 正面には額に入れた二枚の肖像画。


 一つはちょび髭を生やしたあの男・・・・ユダヤ人嫌いの変質的人種主義者。自分を生涯『天才である』と自負して止まなかったオーストリア出身の元プロシャ帝国の兵長氏、そしてその隣には、銀縁のメガネをかけた色白の若い男・・・・詰襟の軍服姿の”総帥“氏である。


 そしてその肖像を挟んで真ん中には日章旗と鉤十字旗ハーケン・クロイツをごっちゃにしたような、世にも珍妙なデザインの旗がこれ見よがしに掲げられてあった。

『総帥閣下、バンザイ!』


 当の”総帥”氏は、それらを背にして巨大な机の向こう側に座っていたが、立ち上がってその敬礼に応えると、


『椅子を持ってきてやれ』と、後ろの大男に命じた。


 写真で見た限りでは良くは分らないが、痩せていて青白い肌をしている。


 目つきは眼鏡の反射で良く見えないが、端の方が釣り上がっているのだけは確認できた。


『座り給え、ネズミ君』


 俺にそう言ってから、机の上に置いてあった、彫刻を施した箱を開け、こちらに

向かって差し出す。


『一本、どうかね?上等の葉巻だよ』


『生憎と煙草の類はとうの昔にしているんでね。』


『健康志向か・・・・それは結構、だが、時にはこうしたものをやってみるのも悪くはないと思うがね』


『俺は変態野郎から施しを受ける趣味は持っちゃいない』


『貴様!総帥閣下に向かって!』


”大尉”が気色ばんだ声を上げる。


『まあいい。それより、私に会ったら君の目的を話してくれるそうだが?』


”総帥”は、葉巻の吸い口を銀色の小さな鋏で切り、口に咥えると、いつの間にか彼の隣にいた”大尉”がライターで火を点けた。


 

 


 








 




 


 

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