VOL.3

 翌日、俺は東京近郊のG県にある山間の林道を一人で歩いていた。


 北条老人が言ったことは間違ってはいなかったようだ。


 今朝は朝から冷え込み、この分だと五日を待たずして、雪になるかもしれない。


”革命と雪はつきものだよ”


 老人の言葉が、妙にリアルに感じられる。


 俺はダウンジャケットに頬を埋めながら、落ち葉や枯れ木を踏みしめながら、林道を歩いてゆく。


(旦那、本当に丸腰でいいのか?あいぼうを持って行かねぇと不安じゃないのか?)途中まで送ってくれたジョージが、今度ばかりは不安そうな表情を見せた。


(俺の依頼は”総帥”とやらを辱めることだ。別に撃ち合いなんかする必要はない)


 助手席で両手を頭の後ろにやり、カー・コンポから流れてくる、『TAKE FIVE』の心地よいメロディに耳を傾けながら俺は答えた。


 昨今は税金も上がったんだ。警察おまわりと違って俺達は弾丸たまも自前だ。幾ら最終的には必要経費で何とかなるったって、一挙に大量購入するとなると、実にめんどくさい手続きを経なければならない。

 そんなわけで、今日は丸腰だ。

 何か文句があるか?


 俺は『国家革新同盟』(嫌な名前だ。以後はただ『同盟』とさせてもらう)の本部のある山の麓に着いた。


『ここでいい』俺が言うと、ジョージは車を停めて、

『悪いことは言わねぇ。引っ返して依頼をキャンセルしたら?』


 俺は車から降りると、運転席側に回り込み、クリップに挟んだ万札を5枚、奴の鼻先に突き出した。


『ご苦労さん』


 ため息をつきながら肩をすくめて受け取り、


『帰りはどうするね?』と訊ねた。


『どうとでもして帰るさ。こう見えても歩くのは慣れてる』


『ま、せいぜい気を付けるこった』


 奴はそう言って車をUターンさせて去っていった。


”上州は かかあ天下と からっ風”


 そんな川柳を聞いたことがある。正にその通りだ。


 うすら寒い風が、俺の頬をかすめていく。


 それだけじゃない。


 21世紀の世の中だというのに、田んぼと畑が延々と続き、その彼方にぽつんぽつんと古びた農家が見えるという、今じゃテレビの時代劇でしかお目にかかれない光景が広がっている。


 足元ももう舗装すらされていない。


 そんな畑の中の農道を、野良着姿にモンペに長靴。頭に手ぬぐいを被った、70をとうに過ぎたと思われる老婆が籠を担いで歩いてきた。


 俺が声をかけても、反応を示さなかった。どうやら耳が遠いらしい。


 同じ言葉を何度も繰り返し、普通ならばうるさいと怒鳴られるほどの声を出すと、やっと向こうに通じたらしく、件の『山』の場所について教えてくれた。


 何でもここから歩いて30分ほどの場所にあるという。


 俺はまた大声で礼をいい、背を向けて歩き出した。


 立ち止まって後ろを振り返る。


 老婆は道端に腰を下ろし、背に担いでいた籠から何かを取り出して、小声でぼそぼそと呟いているのが見えた。


 俺は知らぬふりをしてその場を立ち去る。


 老婆の言葉は嘘ではなかったようだ。


”山”は確かにあった。


 雑木林に囲まれ、まるでそびえたつ城のように、或いは地面からいきなり生えたように、暗くそびえ立っている。


 老婆はこうも言っていた。


”あそこには立ち入らん方がええ。化け物が住んどるっちゅうからのお”


 だが俺はそんなこと気にも留めず、腰に下げていたブッシュナイフで、山に至る道を切り払い、そのまま登っていった。


 それほど高い山ではない。


 此の程度の山なら、それほど苦にもならん。


 暫く登ってゆくと、崖を切り開いたような場所に出た。


 そこには立札が立っており、


”ここから先、無断立ち入りを禁ず”


 と、筆太の文字で書かれてあった。


 すると、どこからか銃声が響いてきた。


 それも一発や二発ではない。


 明らかに三連射以上、自動小銃か機関銃のものである。


 小型の双眼鏡を取り出し、がけ下を覗き込む。


 かつて石切り場でもあったのだろうか。


 広々とした敷地に、軍服姿、それも今風のものではない。


 そこにいる一団の男どもは、全員軍服を着用していた。


 それも昨今のものではない。


 あの写真の男・・・・つまり”総帥閣下”が着ていた詰襟の・・・・昭和十三年まで着用していた帝国陸軍の軍服によく似た『アレ』であった。


 彼らが射撃訓練に使っていたのは、ドイツ製のMG42と呼ばれるベルト給弾方式の重機関銃。


 もの凄い銃声が辺りにこだまする。


 其の傍らでは別の一団が自動小銃の射撃訓練をしていた。


 彼らが使っているのはモーゼルkar98k。


(随分骨とう品を並べたてたものだな)


 双眼鏡を眺めながらほくそ笑むと、突如俺の背後で、


『手をあげてそのまま立ち上がれ!』

 という、鋭い声がした。


 勿論俺は言うとおりにする。


 振り返ると、そこには軍用外套姿で軍帽を被り、腰にサーベルを下げた、丸い眼鏡に背の高い男と、やはり外套を着た、こちらはFG42・・・・・恐らくタイプ1であろう・・・・を構えた兵隊らしき男が二人、こちらを睨んでいた。


 兵隊二人は銃を構えたまま、俺の身体検査を始めた。


『何も持っていません!』兵士がサーベル男に報告する。


『麓の連絡員から胡乱うろんな人物が一名入り込んだと知らせてきたが、何者だ?貴様?』


『・・・・』


 俺は何も答えない。


 するとサーベル男は革長靴を鳴らしながら俺に近づき、手袋をはめた手で頬をぶった。


 口の中が少し切れ、唇から血が流れたが、俺は唾液と共に地面に吐き捨てた。


『生意気な奴だ。司令部に連行して尋問してやる!』


 顎をしゃくって兵隊に合図を送る。


 一人が俺の両腕を後ろに回し、手首に手錠をかけた。

 

 

 


 

 


 

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