VOL.2

 ひきつったような、低い笑い声が俺の耳に届いた。


流石さすがだな。伊達に私立探偵このかぎょうでメシは喰っておらんというところか?』


 俺は再び座布団の上に胡坐をかく。


『まず要件を聞きましょう。引き受けるか否かはそれからでいいですか?』


 俺はそう言いながら目の前の黒塗りの盆に視線を送り、

『とりあえずこいつを下げて貰えませんかね?こんなものが目の前にちらついたんじゃ、まともに交渉はなしなんか出来やしない』


 俺の言葉に北条老人は、もっともだ。という風に、後ろに居た若い男に、


『下げろ』という風に合図をした。さっきの男が俺を横切り、盆を持って後ろに下がる。


 北条大全・・・・知っている人間は誰でも知っている。とにかく日本に生まれたからに

は誰でも一度はその名を聞き、そして彼の首の振り方一つで、政治家、財界人、あらゆる人間が消し飛ぶと言われたほどの力を持つと言うことも知っている。

俗に、

『闇の巨人』

『妖怪』との異名をとる男だ。


 俺だって聞いていたのは名前と写真だけで、実際に目の前で姿形を見たのは今日が初めてだ。


『なるほど、貴方のような怪物・・・・いや、失礼、大物ならば俺を連れてくるのにをしても、幾分かは理解が出来る・・・・』


『それだけ分かってくれれば有難い。では話を始めよう』


 老人は葉巻の灰を灰皿に落とす。


『「国家革新同盟」という団体を知っとるかね?』


『知っています』


 俺があっさり答えたので、老人はちょっと意外そうな顔をしたが、なるほど、というように、唇の端で笑った。


『武力を持って日本を戦前のような・・・・いや、それ以上の統制国家に改造しようという団体ですな。そしてその組織を作ったのは、他ならぬ貴方であることも』


 老人はまた葉巻をふかし、煙を吐き、

『私が・・・・というのは正確ではないな・・・・私は若者たちを集め、そして思想を教えたに過ぎん。

団体を作ったのは若者たちなのだよ。

その彼らが本気で動き出そうとしておる。つまりは国家転覆だ。君に頼みたいのは、連中を止めて欲しいという事なんじゃ。』


『俺を誰だと思ってるんです?貴方もご存知の通り、一介の私立探偵に過ぎません。出来ることと、出来ないことがあります』


『だから、あれだけの金を積んだのじゃ』


『金の問題ではありません。失礼します』


 俺はまた立ち上がろうとした。


『五日後・・・・・天気予報通りならば東京で雪が降るそうだ・・・・』老人は半分も喫っていない葉巻を灰皿にねじつけ、息を大きく吐いた。


革命クーデターと雪はつきものだよ。特にこの国ではな』


 そういって彼は、着物の懐から、一枚の写真を取り出し、畳の上に置いた。


 そこには昭和十三年まで大日本帝国陸軍が着ていたのと同じような詰襟の軍服を着て、帽子を被り、ご丁寧に軍刀まで突いた若い男性が椅子に座ってこちらを向いていた。


『彼の名前は桐原一心・・・・歳は二十九歳。国家革新同盟の総帥。つまり、

 私の教え子の中でも文武両道に秀でた、一番有能な人間だ。その男を・・・・』


『そこまで』


『似たようなことを何度も言わせんでください。俺は殺し屋じゃあない。ゴルゴ13の真似なんざ真っ平御免だ。』



『早合点するな。何も殺してくれとはうておらん。』


 彼は二本目の葉巻に火を点けた。


『桐原の部下たちは全員彼を神の如く崇拝し尊敬しておる。部下たちの視ている前で、奴の面目を失わせるようにしてくれればよいのだ。後はこっちで何とかする』


『どうして警察おまわりに声をかけないんです?貴方ほどの人物なら、警察や政治家をアゴで使うぐらい、造作もないことでしょうに』


『これは私個人の問題なのだ。自分で蒔いた種は、自分で刈り取る。それが私の主義だ。公権力の手を借りるほどに落ちぶれてはおらん』


『・・・・なるほどね。警察の介入を許せば、耳ざといマスコミに流れる。そうなればこのことが表ざたになってしまう。それだけは避けたいというわけですな』


 彼は『イエス』とも『ノー』とも言わず、黙って葉巻をふかし続ける。


 沈黙が流れた。


『・・・・右側に位置する日本人がすべて狂信的な軍国主義者ではない。私が言えるのはそれだけだ』


 二本目の葉巻が半分以上灰になった頃、彼はやっとそれだけ口にした。


『分かりました』俺はそう答え、座布団から立ち上がった。


『お引き受けしましょう。但し、ギャラは通常通り一日六万円と必要経費。それからプラス四万円の危険手当。それだけで結構です・・・・もしそれ

では気持ちが収まらないとおっしゃるのならば、成功報酬を足して下さっても構いませんが』

 老人は、 

『有難う』と、かすれた声でいい、後ろに控えていた男に合図を送る。


 二人は再び黒塗りの盆を持って現れ、うやうやしく俺の前に置いた。


 盆の上にはホルスターに入ったままの俺の拳銃あいぼうと、特殊警棒が


 置かれてあった。


 シリンダーを振り出し、弾丸を確認すると、俺はホルスターを肩に装着し、警棒を腰に付けた。


『準備が出来次第、仕事にかかります。やり方は全て俺に任せて貰います。仕事が終わったら連絡します。』


『結構』


 老人はそう答え、


『おい、客人を送って差し上げろ』と、後ろの男にまた声を掛けた。


 俺は足を引きずりながら座敷を出た。


 痛ぇなぁ。


 胡坐とはいえ、流石に足が痺れた。


 








 


 

 


  

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