ペンギンが空を飛んだ話

 昔、ペンギンは氷の山をおなかをつかって滑り降りながら思いました。


「わたし、飛べるんじゃない?」


 と。


 お前は何を言ってるんだと仲間内からはがあがあ言われましたが、うるさい知らんとそのペンギンは氷の山を登りました。


 だって飛べると思ったのです。

 ならば飛ぶしかありません!


 かくして山の上に立ったペンギンが一羽。

 青空の下で輝く翼は、青とも見まごう美しい黒でした。


 ペンギンは加速魔法を十枚配置して構えます。

 ジャンプ大会でも三枚重ねがけが限度です。歴史的挑戦と言えましょう。

 いやまあ重ね崖制限はジャンプ競技のレギュレーションのせいなのですがそれはともかく。


 さて、ペンギンは滑り始めました。

 空気を押しのける力強さ加速、加速、加速。

 尾で白い雲を引きながらジャンプ台から発射しました。

 氷の上で見ていたペンギンたちが騒ぎます。


「うわやりやがった!」


 そう、見事ペンギンは空を飛んだのです。


 かくして青空を飛んだペンギンは気の向くままに翼を傾けて飛んでいきました。


「あのもこもこした雪山に行ってみようか」


 そして雲の大地に下りました。雪山と違って冷たくないのが不思議ですが、雲を翼でかいても持って帰れそうにありませんでした。

 仕方が無いので、他にここに来た証拠になるようなものはないかとペタペタ歩き回ったところ、真っ白い蜘蛛の暮らす集落にたどり着きました。

 蜘蛛の子が一斉に逃げ出しました。雲の影から口をわしゃわしゃさせてささやきあっています。


「うわぁヘンテコな鳥が来た」

「いや鳥かこれ」

「でも鳥でもなければここにはこれないのでは」


 とりあえずペンギンは名乗りを上げました。


「わたしはペンギン。氷浮かぶ海から飛んできました」


 すると雪蜘蛛の長老が現れて言いました。


「ペンギンが空を飛ぶなど聞いたことがない」


 ペンギンは頷きました。


「わたしもです」


 雪蜘蛛は魔法にかかったように困惑しました。

 まあでも、敵意は無かったので歓迎することにしました。


 そこでお互いの話をしたところ、どうやら本当に、雲の底の青い世界から来たと知られ騒然となりました。


「蛇が翼を失って二百年、それからは翼を奪われぬようにと多くの翼あるものが新たな仲間は拒んできたというのに。まさか自力で空を飛ぶようになるとは」

「蛇は空を飛びませんよ。何を言ってるんですか」

「ええい、古い話なのだ。それよりお前は空にきた証が欲しいとのことだったな」

「そうなのです。何かあるのですか?」

「ああ。我々は黒天龍宮の主に捧げる織物を作っているのだが、これの余り布なら構わないだろう。これをまとうことが出来るのは本来天上におわす方々だけだが、翼持つものの新たな仲間となれば、龍王も否やとは申すまい」

「なるほど。つまり龍王に許しをもらってくればよいのですね」

「え?」

「行ってきましょう」

「え?」


 微妙に話を聞いていないペンギンは垂直にリフトオフ。加速魔法で空気の壁を突き破り雷鳴を轟かせながら夜空へ飛んでいきました。

 ぽかんとする蜘蛛の長老は、残された白い雲の尾を見やることしか出来ませんでした。


 そして方角を示す星が、来るべきではない土地として唯一穴を開けた星の無い夜空、黒天にたどりついたペンギンは、その中心の龍宮へと向かいました。


「たのもー」

「な、なんだこいつは。見たこともない鳥……鳥?」


 迎え入れた当代の龍王はぽかんとしてそのひどく痩せた鳥を見ました。

 どうにも貧相な身なりのその鳥は言いました。


「わたしはペンギンです! あなた様に捧げる織物の切れ端をいただきたいのです!」

「いや絶対ペンギンじゃないだろお前。ペンギンってのはもっとずんぐりむっくりしてるもんだ」


 しかしその自称ペンギンは違いました。今や腕に止まっても重さを感じないような小鳥サイズです。その名残は青とも見まごう美しい黒翼と首もとの黄色い羽だけです。

 そう、度重なる飛翔により、ペンギンは燃料というかカロリーを使い果たしてしまったのです。

 龍王に鏡を見せてもらい、もはや骨格まで違うほどに痩せ細ってしまった自分を見てペンギンは翼を広げました。


「ああっ。ほんとだ! どうしよう、これでは地上に降りたら飢え死んでしまいます……」

「なんて残念やつ……仕方ない。ならばこの俺がお前に新たな土地と名を与えよう。そこで鳥として生きるがいい」

「やったー! ありがとうございます」


 かくしてペンギンは雪蜘蛛の糸から作られた織物を着込んで神格を得て、黒と白の二色を持つ新たな鳥となりました。喉元はかつての名残でわずかに黄色い小鳥です。

 この鳥の名前をツバメといい、古くからの龍の友と言われてれるようになるのでした。


 まあ龍の方は「友?」と首をかしげているのですが。

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