翼を盗まれた蛇が星空を作った話
かつて蛇には透明な翼があり、自由に空を泳いでいました。
さて、ある日のことです。
真夏のあまりの熱さにへこたれて、蛇は木の枝に絡みついて涼んでいました。
それを見たりすは、しめしめと、うとうとしていたへびに近寄って、翼を盗んでいきました。
このりすを後にモモンガと呼ばれることになるそうです。
それはさておき。目が覚めたへびはびっくりです。
「翼がない! ……わぁー?」
わぁーではありません。
へびはしばらく悩んだものの、しゅるしゅると木の幹を伝って地面に下りていきました。
飛べないなら這えばいいのです。
「簡単なことだよね!」
普通、天を行くものがこれからは地を這って生きろと言われれば憤るか絶望するものなのですが……。
まあこの蛇は違いました。
後の世にも語られる物語でもそうであるように、蛇は力があるくせに妙に暢気な生き物なのでした。
このときも持ち前の暢気さで「まあいっか」と前向きでした。
そうして蛇は木を下り、山を下り、川を下っていった先で、海に出ました。
その旅路は驚きの連続です。
空から見た景色と違って、地に這いながら見上げる風景はそれはもう目を回しそうな大きさです。
小さく見えた木々は、山は、こんなにも広くて大きくて。
細く山間を這う川はどおどおと音を立てる激流です。
「すっごい!」
蛇は前向きでした。
そして蛇は海にたどり着きました。
「うみだー! くらーい!」
それは雲一つない真っ暗闇の夜のこと。
海にたどり着いた蛇はそう叫んでから、はて、と体をひねりました。
鍋をひっくり返したような真っ暗闇の底に、キラキラと輝く白いものが海辺をきらきらと輝かせていたのです。
なんだろうと思って近づいたへびは、ぱくりとそれを口にしました。
「かたい」
一度は口に含んだそれを吐いたところ、何か小さな声が聞こえました。悲鳴のようでもありました。
蛇が頭を持ち上げると、そこでは少女は声もなく固まってしまいました。
ついでにぼろぼろ泣いていたのも止まったようです。
「はろー? どうしたの。そんなに泣いてもなくなった翼は返ってこないよ? それに地上も楽しいよ?」
「え、あの、あなたこそなんですか?」
「僕は蛇だよ」
「嘘です。だって翼もないではありませんか」
「うん、とられちゃった」
「ああそういえば先ほど……いえ、そういうことではなく」
「だよね。なんで泣いてたの? あとこの白いの何? 堅くて食べられないよ。甘くもないし。まずい」
少女はなんとも言えずに困惑していましたが、とつとつと話はじめした。
彼女は真珠姫。
彼女が泣くと白い真珠がぽろぽろとこぼれてくるそうです。
「ふうん。なんで泣いてたの?」
「それは……」
「わぁなんかこぼれてきた! 痛い!」
真珠姫はまたぽろぽろと泣き始めました。
彼女のその変わった体質を狙って、賊に襲われ、家が焼け落ちてしまったのです。家族も炎の中で焼け死んでしまいました。
家族に、家臣に守られて必死に逃げてきた真珠姫は、ついにこんなところで一人になってしまい、ぽろぽろと泣いていたそうです。
「そっか。悲しいのはしょうがないね」
「はい……でも、いつまでも泣いては……うう」
駄目そうです。
「なんとか知己の城にかくまって貰えればと言われていたのですが、もうわたしは、ここがどこかもわかりません」
「僕に翼があれば道案内くらいならしてあげられたんだけどね。うーん。あっ、そうだ!」
真珠姫はびくっとしました。
蛇はするすると砂浜を滑って真珠をくわえます。
「どっちに行けばいいのか教えて貰うね。鳥さん、鳥さん、おいでよおいで」
「え、え?」
僕はもう翼がないけれど、頼んでみることはできるよと、蛇はあっけらかんと言いました。
そして現れた雀に鳶に鷹に鴉にと、様々な鳥が蛇の話を聞きました。
すると鳥は砂浜にこぼれた無数の真珠をくわえてい飛び上がりました。
鍋をひっくり返したような真っ暗闇は、みるみるうちにたくさんの星明かりに満たされました。
「さ、あの星を見れば、どっちにいけばいいかわかるよ。がんばって歩いてごらん」
「はい……はいっ」
真珠姫はもう泣いていませんでした。そして砂浜に足跡を残して歩いて行くのでした。
以後、星は方角を表し、また迷子を導くものと語られるようになったのです。
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