第5話
十月十六日水曜日
私は今、学生食堂で啓太と向かい合って座っている。
事件に関する作戦会議……、と言いたいところだが、実は私が弁当を自宅の台所に置き忘れたので、啓太に付き合ってもらってトルコライスを食べに来た。
それが真相だった。
因みにトルコライスとは、ピラフ、サラダ、それにナポリタンを一枚のプレートに盛り付け、ピラフの上にトンカツを載せてカレーを掛けた料理だ。聞いた話では、九州北部を中心とする地域で食べられているご当地ソウルフードらしい。カレーの代わりにデミグラスソースを掛ける場合もあるという。
とてもトルコにありそうな料理ではないし、だいたいにしてトンカツが載っている時点で、イスラム教徒が多いトルコではアウトだろうと思う。それなのに、名前が何故トルコライスなのか。永遠の謎だ。
そもそもどうして、このような謎の料理が我が校の学生食堂にあるのか。何でも、長崎で料理の修行を積んだ先代の食堂長の強い推薦によって、導入されたという話だった。
もちろん、安い早いがモットーの学生食堂の話だ。カツは駄菓子屋のそれのように薄っぺらいし、ナポリタンは茹でて半日ほど経っているのではないかと思われるほどの、グニャグニャゴム紐パスタ。
本場を知らない私が言うのもなんだが、恐らく本場イタリアのパスタのクオリティには、及ぶべくもないに違いない。しかし、物珍しさとボリュームの多さもあってか、生徒の間ではそこそこ高い評価を得ていた。
啓太は、私がそんなトルコライスを奢ってあげると言ったら、従順なイヌのように尻尾を振って付いてきた。
しかし、単なる昼食とはいえ、最近の私たちは、二人でいるといつも龍崎先生の話題になる。
というより、正確には私が一方的に龍崎先生の話をはじめるのだが。
「ねえ、龍崎先生の話なんだけどさあ」
私は、クルクルとフォークに巻き付けたナポリタンを口に運びながら、啓太に話しかける。啓太がパスタの束を勢いよくすすりながら、目だけでこちらを見た。
「また、その話か。お前、最近は龍崎先生の話ばっかりだな」
「だって、やっぱり気になるじゃない。でさ、先生のご家族とかレコード会社の人に話を聞いたのはいいけど、あんまり役に立ちそうな情報はなかったわけでしょ」
「ああ、そうだな。まあ、予想はしていたけどな」
私は、まだ数口しか食べてない。なのに、啓太はもう食べ終わろうかという勢いだ。口の周りが、ナポリタンのケチャップで真っ赤なのが見苦しい。
「だから、ここは目先を変えて、龍崎先生の遺体の状況とか、もっとよく知っておいたほうがいいかなと思ったわけ」
啓太が手を止めた。フォークを持った手をテーブルの上に下ろし、呆れたように私を見詰める。
「一体、今度は何を企んでるんだ」
「企んでるってわけじゃないけどさ。ここは原点に返って、第一発見者の佐井村先輩に話を聞いてみたほうがいいと思うんだ。遺体発見時の状況とか、何か気付いた点はなかったかとか」
啓太の溜め息が聞こえた。
「原点って……。それは無茶だ」
「何で無茶なの?」
「タマ。お前も知ってるだろ。事件のせいで心的外傷、いわゆるPTSDを発症してる人も少なくない。保健室に専門のカウンセラーが常駐して、カウンセリングをおこなってるんだよ」
「うん、知ってるけど……」
「カウンセリングを受けてる人の中に、佐井村先輩もいるって話だ」
初耳だった。
「佐井村先輩は、恐らく相当なショックを受けたんだと思う。そりゃ、そうだよな。俺だって、同じ立場だったら、そうなったかもしれない。そんな人に事件を思い出させるような話をするのは、酷ってもんだと思わないか?」
啓太の言う通りだ。考えてみれば、私だって同じ立場なら、事件の内容など思い出したくもないはずだ。私は、自分の思慮の浅さに、思わず溜め息を吐いた。
私の溜め息に気付いたのか、啓太は慰めに似た言葉を口にした。
「まあ、幸いにしてというか、俺たちの手元には遺体発見直後の写真もある。何もないよりはマシだろ。現場の様子は、取り敢えずこの写真で我慢しろ」
啓太の話はもっともだった。
考えてみれば、私たちは先生が亡くなる直前の現場も直接目にしている。発見直後の写真と合わせれば、むしろ佐井村先輩よりも多くの情報をもっていると言えなくもない。
私は「うん」と小さく頷くしかなかった。
私は、ピラフを一口頬張ると、微妙に話題を変えた。
「じゃあ、佐井村先輩に話を聞くってのは取り敢えず置いといて。龍崎先生が誰かに殺されたと考えた場合、犯人が誰かって話なんだけどさ」
「今度はそっちの話か。正直な話、俺には自殺にしか思えないけどな」
「遺書の文面が、どうしても気になるんだよ。それに、龍崎先生に自殺の原因はなさそうだったでしょ。どうしても腑に落ちないの」
「じゃあ、タマの言うように殺人事件だと仮定しよう。で、犯人は一体誰なんだ?」
啓太は、カツの欠片が刺さったフォークの先をこちらに向けた。
「誰かまではわからないけど、私たちが教員室を出た午前八時前から午前八時三十分の間に殺されたって事は、その時間にアリバイがない人が犯人だって話でもあるよね」
「ま、そうなるかな。でも、そんな人、メチャメチャいっぱいいるぞ。多過ぎて、誰が犯人か、見当も付かない」
今のところアリバイがある人物は、私たちが把握している範疇で言えば、例えばコンクールに出場するためにバスに乗っていたピアノ専攻の生徒や、佐伯先生ぐらいか。
「しかも、前にも言ったように、首吊り自殺に見せかけて殺害するなんて、どう考えても無理な話だ」
「でも、睡眠薬を使ったとか」
私の推理に、啓太はフォークを置いて、私の顔を見た。呆れたような表情だった。
「そんな事したら、すぐに警察にバレるだろ。警察もバカじゃないんだから」
「そうなんだよねえ……」
私がピラフを食べる手を止めて考え込んでいると、「環」と私を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、同じクラスの小金井(こがねい)由紀(ゆき)だった。
由紀は、日本人形のような黒いロングヘアーが印象的な生徒だ。大人しそうな第一印象に違わず、どちらかというと無口で、クラスでも余り目立たない。一年生の時はほとんど言葉を交わす機会がなかったが、二年生の五月におこなわれた体育祭の応援団で一緒になって以来、何となく話をするようになった。
普段は無口なのだが、アニメやマンガの話になると、人が変わったように饒舌になる。一旦スイッチが入ると、この私が何故か聞き役に回らざるを得なくなるという、非常に稀有な存在だ。
私は、そんな由紀の顔を見上げながら「何?」と返事をした。由紀はちょっと気恥ずかしそうに口を開く。
「私の知り合いに、高畑先輩のファンがいるんだけどね。その子に先輩のサインを頼まれちゃって……。環、先輩と親しいでしょ。頼んでくれないかな」
「別にいいけど」
正確には、親しいというよりも、私の片想いに近い。しかし、親しいと見られているかと思うと、正直なところ悪い気はしなかった。
「でも、先輩が何処にいるか、わからないよ」
私の困り顔に気付いた由紀は、私の右斜め後ろを指差した。十mほど離れた席に、同級生の佐々岡(ささおか)先輩や大野(おおの)先輩と談笑する高畑先輩の姿があった。
「ね、お願い」
由紀は両手を合わせて拝むような仕草をすると、私に色紙を差し出した。私は仕方なく色紙を受け取ると、席を立って高畑先輩の席に向かった。
学生食堂で色紙を持って歩く姿は、何となく気恥ずかしいというか、ある意味では間抜けにも思える。早く終わらせてしまおう。
「高畑先輩」
私の声に、高畑先輩は先輩たちとの会話を中断し、振り向いた。
「あら、鷺沢さん」
高畑先輩は、声を掛けたのが私だとわかると、目を細めて微笑んだ。目が合った時、私の胸の鼓動は意味もなく速まった。落ち着け、環。
「あの、私の友達が、先輩のサインが欲しいって言うんです。申し訳ありませんが、サインいただけますか。あ、でも、もしお忙しいようでしたら、後でも……」
私は、目を泳がせながら、後ずさりしようとした。
「別に構いませんよ」
高畑先輩は女神の笑みを浮かべながら、私から色紙を受け取った。そのまま、数秒間静止すると、困ったような笑顔を私に向ける。
――ペンがない!
鷺沢環、一生の不覚だ。私は、どこかにペンが転がっていないかという不毛な望みに賭け、辺りをキョロキョロと見回した。
いつの間にか、啓太が傍らに立っていた。
啓太は、胸ポケットからさりげなくペンを取り出すと、高畑先輩に差し出した。軸に牡丹色の小さな丸が無数に描かれた、およそ啓太には似合わなさそうな、女子力満載のペンだった。
「あら、有り難う」
高畑先輩が完ぺきな笑顔で、啓太のペンを受け取った。
「お礼なんて、いいですよ。俺は先輩の力になれるだけで、光栄なんです」
啓太が、澄ました顔で答えた。
二枚目気取りの啓太がムカついた私は、啓太の太股の横を、ズボンの上からこっそりと抓り上げた。「うっ」という啓太の唸り声が聞こえた。
そんな私たちの不審な動作をよそに、高畑先輩は完璧な笑顔のまま、慣れた手付きで色紙にサラサラとサインをする。
「私があなたのためにサインを書くの、これで二回目ですね」
ペンを走らせながら、高畑先輩が呟いた。
私は、色紙を受け取ると、「はい、いつもお世話になります」と間抜けな返事をしながら、啓太と一緒に席に駆け戻った。
*
高畑先輩に初めてサインをお願いしたのは、去年の四月。私が、まだこの学校に入学したばかりの頃だった。
中学校での幾多のバトルを乗り越え、めでたくも高校生にレベルアップした私は、これからの学園生活への期待に胸を膨らませながら、薄紅色の花びら舞い散る桜並木の下を歩いていた。
胸には『月刊ピアニッシモ五月号』。表紙には、憧れの存在である高畑先輩の写真とともに、「平成最後の天才少女・高畑瑞奈」の文字が躍っていた。
今日は、かねてからの計画を実行に移す日……。
そう思うと、いやが上にも私の胸は高鳴った。
いつもよりやや早く正門に到着した私は、自転車置き場から校舎に向かいながら、キョロキョロと辺りを見回す。
「いた!」
私は校舎に入ろうとする高畑先輩の後ろ姿を見つけると、はやる気持ちを抑えながら駆け寄った。
「高畑先輩!」
高畑先輩は私の声に振り向き、不思議そうな顔をした。
そりゃそうだ。見ず知らずの人物にいきなり駆け寄られ、名前を叫ばれるのだ。私が逆の立場でも、同じような表情になるはずだ。
でも、私は怯まない。何せ、私にとっては一世一代の大勝負なのだ。
高畑先輩を取り巻く女子生徒たちが怪訝な顔をしているのも気にせず、一歩前に進み出る。
大きく深呼吸をすると目を瞑り、これでもかと深くお辞儀をしながら『月刊ピアニッシモ五月号』を持った両手を差し出した。
「この表紙に、サインをお願いしますっ!」
「ごめんなさい」と謝罪されるのか、はたまた「ちょっと待った!」の一言で謎の三角関係による修羅場と化すのか。私はいつにも増して固く瞼を閉じると、身を硬くしながら返事を待った。
「私なんかのサインでいいのかしら?」
高畑先輩は、高校生とは思えないほど色っぽい笑顔を浮かべながら、私が握り締めている雑誌を手に取った。
その時の私は、やはりペンを用意するのを忘れていた。
ハッとする私の表情に気付いたのか、高畑先輩は何も言わずにポケットからペンを取り出すと、表紙写真の右下の余白に、サラサラとサインを書き込んだ。いかにも先輩の持ち物らしい、とても可愛いペンだった。
「あの、可愛いペンですね!」
畏れ多くも、思わず声を掛けてしまった。
「あら、有り難う。このペンは、私の実家の神社で売っているオリジナルのペンなの。ちょっと遠いけど、もしいらした時は、買ってちょうだいね」
嫌味が全く感じられないさりげなさで実家のグッズを宣伝しながら、ペンを走らせ続ける高畑先輩。後でわかった話だが、啓太情報によると、高畑先輩の実家はS市にある高畑神社だという話だった。
「これでいいかしら」
高畑先輩はサインを書き終えると、雑誌を私に手渡しながら、また微笑んだ。
始業五分前のチャイムが鳴った。
「あら、朝のホームルームがはじまるわよ。あなたも急いでね」
高畑先輩は、まだ緊張が解けない私に優しく語りかけると、私に背を向けて歩きはじめた。振り返った時になびいた黒髪から、花のような、フルーツのような甘い香りが漂った気がした。
私は我を忘れて、ただ高畑先輩の後ろ姿を見送った。
私がまだ初々しかった頃の、懐かしい思い出話だ。
*
話は現在に戻る。
由紀のために、食堂で高畑先輩からサインをもらったその日。
放課後のレッスンに向かおうと教室で楽譜をまとめていると、突然、校内放送が鳴った。
「二年F組の鷺沢環さん、鷹水啓太君。至急、会議室に来てください」
また、何かやらかしてしまったのだろうか。
不安になった私は、私の斜め前の席にいた啓太の顔を見た。
啓太も、不思議そうな顔をして、私を見返している。
そうだ。啓太が一緒という事は、きっと怒られるような内容ではないのだろう。
私はちょっと安心したが、それにしても心当たりがない。
「何だろうね?」
啓太は首をかしげていたが、そのままでは埒が明かないと思ったのだろう。意を決したように立ち上がった。
「俺にもわからない。でもまあ、行ってみるか」
啓太と一緒でよかった。きっと私一人だったら、レッスンをさぼって、逃げるようにそそくさと学校を後にしていたかもしれない。
訝しく思いながらも、私と啓太は会議室に向かう。入り口の前に立ち、深呼吸をすると、引き戸をコンコンとノックした。
「はい、どうぞ」
中から声がした。聞き慣れた声だった。
引き戸を開けながら、「失礼します」と頭を下げる。頭を上げると、予想通り、私たちの前には声の主である教頭先生がいた。
教頭先生は、ハンカチで落ち着きなく額を拭きながら、私たちを招き入れた。
会議室は普段使いの部屋ではなく、あくまで会議用の特別な部屋なので、中の設えはシンプルそのものだ。中央に長机が口の字型に並べられていて、向かって左側の壁面に大きなモニターが取り付けられている。その他に、目立った調度品はない。
口の字型の机のちょうど対角線上に、二人の男性が立っていた。
「I署の刑事さんたちだ。君たち二人は、龍崎先生が亡くなられた朝、教員室にプログラムを取りに行ったそうだね。その時の状況を聞きたいとの話だ」
教頭先生が、右の首筋にハンカチを当てながら、事情を説明してくれた。こめかみから顎にかけて、大粒の汗が浮かんでいる。
私と啓太は、教頭先生から二人の刑事さんに視線を移動させる。
手前に立つ男性は小柄で、年齢はおそらく四十歳過ぎぐらいだろう。ちょっとくたびれた感じの濃いグレーのスーツに身を包んでいる。人生の大先輩にこんな言い方は失礼かもしれないが、あまり颯爽とした感じではない。
もう一人、奥に立つ男性は、年齢は二十代後半か三十代前半。身長は一八〇㎝ぐらいだろうか。啓太に負けず劣らず、がっしりとした体格だ。もう一人の男性が小柄なせいで、いっそう大きく、堂々として見えた。
二人の刑事さんは、私たちと視線が合うと、軽く会釈をした。やや形式的なお辞儀のように見えた。
まず、手前の小柄な男性が自己紹介をした。
「初めまして。I署の小山内(おさない)です。そしてこいつは……」
「酒向(さこう)といいます」
小山内さんにバトンを渡されて、奥の酒向さんが慌てたように自己紹介をした。
手短な自己紹介が終わると、小山内さんは何か言いたそうに教頭先生に視線を移した。教頭先生は、小山内さんの視線にハッとした表情になり、そそくさと会議室を出ていった。
教頭先生の退出を確認すると、小山内さんは「ま、座ろうか」と言いながら、自分が真っ先に回転椅子に腰掛けた。私と啓太、それに酒向さんは小山内さんに倣って、それぞれ回転椅子に腰掛けた。
会議室の椅子に座るのなんて、初めてだった。初めての会議室だったことに加えて、刑事さんに話を聞かれるという予想だにしなかった事態に、思わず緊張感が高まった。
「この後、レッスンなんだって? 忙しいところ、本当に申し訳ないね。なに、すぐ終わるから」
小山内さんの口調は、思ったよりも柔らかかった。どうやら、私たちは逮捕されたりするのではないらしい。言葉の柔らかさに、安堵した。
「さっき、教頭先生もおっしゃってたけど、龍崎先生が亡くなられた当日の午前八時頃、君たちは教員室に行ったんだってね。その時の話を聞かせてくれないかな。何か怪しいというか、気付いた点などはなかったかとか」
今度は酒向さんが、身を乗り出しながら私に尋ねた。
「ひょっとして君たち、龍崎先生の教員室に行ったりはしなかった?」
私と啓太は、思わず顔を見合わせた。
言うべきか、言わざるべきか、それが問題だ……。
私がハムレットのように逡巡していると、啓太が先に口を開いた。
「はい、実は僕たち、最初は一般教員室に入ったんですが、プログラムが見当たらなかったので、龍崎先生の教員室にも入りました。でも、特に変わった点はなかったと思います」
「プログラムは、あったの?」と、少々驚いた表情で質問を重ねる小山内さん。
「はい、龍崎先生の教員室にありました」
「その時、防音室に何か変わった点は?」
「いいえ。というより、プログラムを探していたので、防音室は気にも留めていませんでした。鷺沢さんも、同じだと思います」
啓太の言葉に、私も深く頷いた。
小山内さんは、「そうか」と溜め息を漏らすと、酒向さんとそっと視線を交わした。
「やっぱり、単なる自殺じゃないんですね。殺人事件なんですか」
思わず口をついて出た。
私の言葉に、二人の刑事さんの動きが止まった。ちょっと考えて、小山内さんが静かに口を開く。
「正直な話、今の段階では、自殺か事件かはわからないとしか言えないんだ。ただ、殺人事件の可能性も、一応考えておく必要があるって話だよ。予断をもたず、全ての可能性を考えて事件を調べるのが、私たちの仕事だからね。……って言うと聞こえはいいけど、実のところ、そうしないと上司にどやされる」
小山内さんは、私と目を合わせると、愉快そうににこりと笑った。私は、小山内さんの優しそうな目を見詰めながら、さらに尋ねる。
「ひょっとして、遺書が偽物だったとか」
小山内さんが頭を掻いた。一瞬の間。
「こりゃ、参ったな。遺書があった事実まで知っているのか。遺書は、確かに本人の筆跡だったよ。他人の筆跡ではなかった」
「じゃあ、睡眠薬が検出されたとか……?」
矢継ぎ早に繰り出す私の推理に、二人の刑事さんはさらに驚いた様子で、目を見開いた。酒向さんが何か言おうとしたが、小山内さんが右手で押し留めた。
「睡眠薬か……。全く面白いお嬢さんだ。実を言うと、龍崎先生は亡くなられた時に失禁していたから、尿の代わりに血液を採取して、成分を調べたんだ。確かに、血液から僅かな睡眠薬が検出されたよ。まあ、自殺前に睡眠薬を飲んで、心を落ち着けるというのかな。そういうケースもたまにあるからね」
「でも、睡眠薬を使った殺人っていう可能性は?」
小山内さんは、また困惑した表情になったが、すぐに柔らかい表情を取り戻した。
「残念ながら、検出された睡眠薬の濃度は、大人はもちろん、子供でさえも効き目が出そうにないほど微量だった。それに、龍崎先生の机からは、同じ成分の睡眠薬も見つかっている。通販か何かで購入して、時々使っていたのかもしれない。残念ながら、睡眠薬を使って自殺に見せかけたという可能性は、かなり低いね」
当然といえば当然の答えだったが、当然すぎる回答に、私は肩を落とした。
その後、私と啓太は、その日のできごとを時系列で説明させられた。
解放された時には、会議室に入って三十分近い時間がたっていた。
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