第4話
十月十五日火曜日
授業が終わった放課後、私と啓太は会話もそこそこに自転車に乗ると、それぞれ家路についた。
今日は、二人とも放課後のレッスンがない日だった。昼休みに相談して、龍崎先生の自宅とレコード会社へ行く算段を付けた。
自宅で着替えを済ませた後に駅で待ち合わせ、まずは電車で龍崎先生の自宅に向かう予定だ。
龍崎先生のマンションの最寄り駅であるT駅は、私たちの最寄り駅であるI駅から三駅目だ。龍崎先生は、そのT駅にほど近いマンションで、一人暮らしをしていたらしい。
啓太の情報によると、今は龍崎先生の母親が泊まり込んで、遺品の整理や引っ越しの準備などをはじめているとの話だった。
それにしても、ここまで詳しい情報を電話一本で仕入れてしまうとは、私の見込み通り、啓太の情報収集能力は大したものだ。
どんな会話をすれば、そこまでの情報が引き出せるのだろう。この特技を上手く利用すれば、将来、諜報機関のスパイとして世界を股に暗躍するのも夢ではないかもしれない。人には、意外な才能があるものだ。
そんな妄想をしながら制服を脱ぎ、私服に着替える。
今日は、会う相手が相手だけに、派手になり過ぎてはいけない。考えた挙句、襟の付いた薄いクリーム色のブラウスに濃紺のジーンズと、いたって無難なコーディネートを選択した。靴はグレーのプーマにしよう。
着替えながら、ふと考えた。
――私服の啓太を見るのは、何年ぶりだろう。
最後に私服の啓太を見たのは、確か中学校の卒業式後、クラスメートで集まった時だったと思う。ただ、その時はお互いに、大勢のうちの一人という立場だった。
私服を着て二人だけで会うのは、小学校の時以来かも知れない。
ちょっと迷った末、私は机の引き出しから、久しく使っていなかったリップスティックを取り出した。
鏡を見ながら、リップスティックの先端で唇をそっと撫でてみる。
鏡の中の私の唇が、淡いベージュピンクに染まった。
*
駅に着いた時、啓太はすでに改札口の前に立っていた。
真っ白なTシャツに、細めのシルエットが印象的なベージュのチノパン。Tシャツの上にはグレーのジャケットを羽織り、足元は茶色いレザーシューズでキメている。
不本意にも、いつもの超大型巨人が、今日ばかりは爽やか系の好青年に見えた。
「タマでも、女の子らしい格好すると、女の子らしくなるもんだな」
私を見た啓太は、ハハハと失礼な笑顔を見せた。私は、悔し紛れに皮肉で返す。
「アンタこそ、無理して爽やかな格好して。どっかにナンパにでも行くつもりなの?」
啓太は、急に真面目な顔になった。
「そんな訳ないだろ。せっかくタマと二人で一緒に出かけるんだから、恥ずかしくない格好をしていかなきゃと思っただけだ」
瞬間、耳が熱くなった。
啓太はわかってない。私は、思春期の真っ只中を生きる現在進行形の女子高生だ。啓太に限らず、恥ずかしくない格好をした一八〇㎝の爽やか風男子と歩く行為自体が、この上なく恥ずかしいに決まってる。
私は、啓太から視線を逸らすように歩き出すと、一人足早に改札を通り抜けた。
「おい、ちょっと待てよ。なんだよ、急に」
私の後を、啓太が慌てた様子で追い掛けてきた。
電車は、すぐにやって来た。私は、啓太と目を合わせないようにしながら、無言で電車に乗り込んだ。
十分ほど電車に揺られ、三駅目のT駅で電車を降りた。改札を出て、駅前の通りを真っ直ぐ西に向かえば、龍崎先生のマンションまではそう遠くない。
と言っても、私にはどっちが西かはわからない。どうしていいかわからずに立ち竦んでいると、啓太が黙って左の方角を指差した。私は啓太の指示通り、駅前の道を左に進む。
途中、啓太が今度は右を指差したので、右折した。
T駅周辺は、最近になって再開発された。数年前までののどかな風景とは打って変わって、今では高層マンションが立ち並び、一躍人気エリアとなっている。
龍崎先生のマンションは、そんなマンション群の中でも一際高く聳える、二十階建ての建物だった。周囲は緑に囲まれ、駅前のショッピングモールの喧騒も、ここまでは届かない。
午後四時十五分に伺うという話は、昨日の夜の間に、啓太が電話で伝えていた。電話口で、龍崎先生の仏前に線香を上げたいと告げると、「是非いらしてください」という返事だったそうだ。
入り口の自動ドアから中に入る。
入ってすぐ右手には、オートロックシステムの端末があり、その奥に宅配ボックスと郵便受けが並んでいる。
大理石でできた壁面のマーブル模様と、さまざまな金属製パーツの光沢が醸し出す近未来的な豪華さに怯んでいる私を横目に、啓太は躊躇することなく端末に歩み寄った。
右手の人差し指で「1505」とテンキーを押して、モニターを覗き込む。
ほどなくして、スピーカーから「はい、龍崎です」と女性の声が聞こえた。
「昨日、お電話させていただきました、鷹水と鷺沢と申します」
啓太が澱みなく答えると、「どうぞお入りください」という声とともに、オートロックのドアがゆっくりと開いた。
ドアの内側にある、やけに広いエントランスを抜けると、エレベーターに乗り込む。私が「15」と書かれたボタンを押すと、エレベーターのドアが閉まり、音もなく上昇をはじめた。
「くれぐれも、失礼な内容は言うなよ」
諭すような口調だった。
「わかってるよ」
啓太の忠告に強気に答えるが、正直言って自信はなかった。
エレベーターのドアの上に、15という数字が表示された。私たちは、開いたドアから外に出て、廊下を進んだ。
緊張の中、1505号室のベルを押す。ドア越しにピンポーンという音が聞こえ、間もなくガチャリとドアが開いた。
顔を出したのは、小柄な女性だった。六十歳代ぐらいだろうか、緩くパーマが掛かった栗色のロングヘアに淡いピンク色のネイル、金色のネックレス。
普段からお洒落に気を遣っている女性のようだった。しかし、その髪もやや乱れ、表情も疲れているように見える。きっと、ここ数日のできごとで、身だしなみに気を使う余裕などなかったのだろう。
「いらっしゃい。どうぞお入りになって」
女性に招かれて、私たちは部屋の中に足を踏み入れた。女性に続いて廊下を進むと、広い空間に出た。いわゆる、リビングダイニングキッチンだ。
それにしても広い。二十畳はあるだろうか。
高級そうな黒いソファが、くの字型に置かれている。窓に近い場所に置かれたローボードの上には、百インチを優に超えるだろうと思われる巨大なテレビが鎮座していた。
手前にあるキッチンも、すっきりと整頓されている。よく言えば奇麗だが、生活感が妙に少ない。
大きな窓の外には、高層階ならではの雄大な景色がベランダ越しに広がっている。視野の隅に、富士山の雄姿が見えた。
こんなに景色のいい部屋に住んでいたら、今一つ才能のない私にでも、名曲がつくれるに違いない。そんな錯覚をもちそうになった。
女性に案内されるまま、私たちはリビングダイニングキッチンを通り抜け、左奥にある部屋に入った。
和室だった。家具らしいものは何もなく、ただ右側の壁際に、即席の仏壇が設えられているだけだった。
「先生は結婚もしていなくて一人暮らしだったから、この部屋ももうすぐ引き払う予定なの。こんな簡単な仏壇でお恥ずかしいんだけど。どうぞ、お線香を上げてやってください」
女性は、そう言いながら、部屋を後にした。
私たちは、仏壇の前に敷かれた座布団の上に座る。線香を上げると鈴(りん)を鳴らし、手を合わせた。
*
焼香を終えた私と啓太は、リビングに案内され、ソファに腰掛けた。
キッチンでお茶を淹れている女性を見ながら、妙な気持ちになった。この女性とは、どこかで会った経験がある気がする。
――そうだ。告別式で、挨拶をした人だ。
今、私の目の前にいる女性は、告別式の時に親族代表として挨拶を読み上げた女性、その人だった。
今の今まで気が付かなかった事実に、何だか少し申し訳ない気持ちになった。
「失礼ですが、お母様ですか」
私は、女性が淹れてくれたお茶を口に近付けながら尋ねた。
「いいえ。私は先生の伯母なの。妹、あ、先生のお母さんは、ちょっと体調が優れなくて、奥の部屋で休んでいるの。ごめんなさいね」
女性は申し訳なさそうに答えた。
私は「いいえ、とんでもない」と曖昧な返事をすると、思い切って尋ねてみた。
「先生は、何でご自分から亡くなられたんでしょうか。何か、悩んでらっしゃることでもあったんですか」
女性は、私の質問に俯き、黙り込んだ。私の質問に対する答えを、一生懸命見つけ出そうとしているようだった。
「それについては、私も妹も考えてみたんだけど、よくわからないの。もちろん、先生の生活を全て知ってるわけじゃないから、私たちが知らない悩みがあったのかもしれないけれど……」
女性は言葉に詰まると、私たちの顔を見つめた。
「逆にあなた方、学校の生徒さんたちは、何か心当たりがないかしら」
「すみません。私たちにも、本当に心当たりがなくて……」
ここで私は、さらに突っ込んだ質問を投げ掛けてみた。
「先生、誰かに恨まれたりしていなかったでしょうか」
女性は、ちょっとびっくりした表情になった。啓太が、私の二の腕を肘で小突きながら「おい、やめとけ」と囁いた。
「そうねえ。あれだけ有名になっちゃうと、いろいろな人たちから妬みとか嫉みを受ける時もあったかも知れないわね。それに、ちょっと性格がきつくて、ものをはっきり言い過ぎちゃうところもあったから……。ただ、根はいい子だったのよ。でも、どうして?」
「実は私たち……」
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ失礼します。環、この後、確か用事があっただろ」
啓太が、わざとらしく腕時計を見ながら、私の話を遮るように言った。妙に芝居がかった声だった。そのまま、立ち上がって深々とお辞儀をする。
私も、啓太に合わせて条件反射的に立ち上がり、仕方なくお辞儀をした。
女性は困ったような表情で「ごめんなさいね。お役に立てなくて」と恐縮した。
玄関まで行った私たちは、靴を履く前に再び振り返る。
「大変な時に、有り難うございました」
再び深くお辞儀をして、部屋を後にした。
エレベーターに乗り込みながら、啓太が呆れた表情で言った。
「お前、もうちょっと口の利き方に気をつけろよ。あれじゃ『龍崎先生が殺されんじゃないかって疑っているんです』って言ってるようなもんじゃないか。ただでさえ、身内の人が亡くなって大変な時なのに」
「だって、いろいろ知りたいのよ……」
私は言い訳をしたが、啓太の話はもっともだった。私は俯きながら、小さく「ごめん」と呟いた。
*
私たちは駅に戻り、市街地に向かう急行電車に乗った。龍崎先生が契約していたレコード会社を訪ねるためだ。
大きな川を渡ると、住宅の数が少しずつ減っていく。代わりに増えていくビルの数々。その景色に、私たちは市街地が近付いていると実感した。
間もなく、電車は地下に入る。
その後は、一度も地上に出なかった。途中で一回乗り換えて、三駅目にあたるY駅で降りる。所要時間は、啓太の下調べ通り、龍崎先生のマンションがあるT駅からちょうど三十分だった。
レコード会社は、駅から歩いてすぐのオフィス街にあった。六階建ての、立派な自社ビルだ。
自動ドアを通り抜け、向かって右側にある受付に歩み寄る。
受付には、揃いの制服を着た女性が三人、並んでいた。
「いらっしゃいませ」
真ん中の女性が、私たちににこやかに声を掛けてきた。
「第二制作部の籾山(もみやま)様と午後五時三十分にお約束をしておりました、鷹水と申します」
啓太が学生証を見せながら、女性に負けない笑顔で返す。
それにしても、相変わらず高校生らしからぬ落ち着きぶりだ。私が言うのも何だが、本当に隙がない。遣り手のビジネスマンか、あるいは天才詐欺師なのか。
学生証を見た女性は、受話器を取ると、電話で何やら話をはじめた。
やがて受話器を置くと、「あちらの席でお待ちください」と、左奥のベンチを右手で指し示した。
私たちは、女性に言われた通り、ベンチに腰掛けた。
広々としたエントランスを忙しそうに行き来する人々を前にすると、いやが上にも緊張感が高まってくる。
そのまま、五分ほど待っただろうか。
「やあ、お待たせ」
声に顔を上げると、一人の男性が歩み寄ってきた。
年齢は、恐らく四十歳代ぐらいだろう。軽くウェーブが掛かった黒髪と、見ようによっては無精髭にも見える口髭が、いかにも業界人といった雰囲気だ。服装は、黄色いシャツにライトブルーのジャケット、ダメージ加工のほどこされたジーンズと、想像していたよりもラフなスタイルだった。
私が男性を観察していると、啓太が頭を下げた。
「お忙しいところ、すみません」
「いや、構わないよ。それより、立ち話もなんだから、こちらへどうぞ」
男性は、左手の掌を見せて、私たちを傍らのドアへと導いた。
男性に案内されるままにドアから入ると、中は数十畳ほどの大きなスペースとなっていた。いくつかの丸テーブルがあり、それぞれのテーブルを囲むように椅子が三~四脚ずつ置かれている。
ちょっとした打ち合わせ用のスペースのようだった。奥では、スーツ姿の男性が数人、談笑している。
男性は、一番窓際のテーブルの前に立つと振り返り、「第二制作部の籾山と言います」と微笑みながら、啓太に名刺を差し出した。啓太はお辞儀をしながら、名刺を両手で恭しく受け取る。
「すみません。僕たちは高校生なので名刺はないんですが、藤桜学園高校二年の鷹水と申します」
「そうか。高校生だったね。そりゃ、名刺がなくてもしょうがないか」
籾山さんは笑いながら、私にも名刺を差し出した。私も啓太の真似をしてお辞儀をしながら名刺を受け取ると、「鷺沢と申します」と蚊の鳴くような声で自己紹介をした。
名刺には「第二制作部ディレクター 籾山俊彦」と書かれていた。
籾山さんは、私たちに着席するよう促すと、自分も椅子に腰を下ろした。
「今回は本当にすみません」
啓太が今一度謝ると、籾山さんは髪をかき上げる仕草をしながら笑った。
「いやあ、今崎(いまさき)さんから頼まれると、断れないからね」
――今崎さん?
「今崎さんって、誰?」
私は、囁き声で啓太の耳元に疑問をぶつけた。啓太は質問に答える代わりに、「しっ」と自分の唇に人差し指を当てた。
「それで、今回は龍崎先生の話だっけ」
「はい。実は僕たち、新聞部なんですが、次回の校内新聞で龍崎先生の追悼特集をしようと考えているんです。そこで、生前から龍崎先生と親しく、作曲家としての先生の活動にお詳しい方にお話を窺いたいと思って、お邪魔させていただきました。お忙しいところ、申し訳ありません」
――私たちが新聞部?
それは初耳だ。というか、嘘だ。口から出まかせだ。
啓太の口から次々と飛び出す未知の人物名と虚言にすっかり混乱した私は、思わず目を剥いて啓太の横顔を見詰める。
続いて、恐る恐る籾山さんの顔を見た。
籾山さんは、淀みのない挨拶に感心した表情で、啓太を見詰めている。やがて、咳払いをすると、気を取り直したように口を開いた。
「龍崎先生の話だったら、君たちのほうが詳しいんじゃないのかな?」
「でも、龍崎先生は学校では特別な存在で近寄り難かったですし、何より僕らが先生と一緒に過ごしたのは、この一年半足らずですから。先生がいったいどんな方だったのか、昔からご存知の方にお話を伺ってみよう思ったんです」
啓太の言葉に納得したのか、籾山さんは机の上で両手を組むと、一つ一つ思い出すように語りはじめた。
「そうだなあ。先生がメジャーデビューしたのは、確か今から六年ほど前かな。ただ、僕が言うのもなんだけど、最初は余り人気が出なかったんだよね」
「どうしてですか?」
「うーん、理由はいくつかあるんだけど……。曲に華がないっていうのが、大きな理由の一つだったかな。音のつくり込み方は凄いんだけど、マニアック過ぎるというかね。だから、一部の人には受けたけど、万人受けはしなかったんだよ」
「そうなんですか」
啓太は、大袈裟に頷いて見せた。私はと言うと、新聞部というワードが気になって、話が今一つ頭に入ってこない。
「ところが、三年前に出した『新生』ってアルバムの時から、ガラッと作風が変わったんだよ。抒情性豊かで、凄く耽美的っていうのかな。重厚でありつつ、同時に華がある曲をつくるようになってね。どうやって目覚めたのか知らないけど、本人は『新しい光が自分の心に降り注いだ』とか言ってたかな」
籾山さんは、ジャケットのポケットから煙草とライターを取り出す。テーブルの隅にあった灰皿を引き寄せると、煙草に火を点けた。
小さく息を吸い込んだ啓太が、決意したように尋ねた。
「龍崎先生、誰かに恨まれたりはしていなかったでしょうか」
よく言えばわかりやすい、悪く言えば単刀直入に過ぎる質問だった。
――私が龍崎先生の伯母さんに同じ質問をした時には、慌てて止めたくせに。
私は、啓太の横顔に非難の目を向ける。
籾山さんは鼻の穴から煙を吐きながら、一瞬怪訝そうな顔をした。
「恨み?」
「はい、恨みです」
ちょっと考える籾山さん。やがて「うーん」と唸ると、静かに口を開いた。
「まあ、龍崎先生は才能こそ間違いなく一級品だったけど、あの通り自己主張の強い人だったからねえ。アンチも多かったよ。去年、先生が音楽を担当した『煉獄学園』が公開された時なんて、なんであの人に音楽を担当させたんだって、ネットでちょっとした炎上騒ぎもあったし、その他にも謂れのない誹謗中傷なんてしょっちゅうだったよ。ま、先生も別に気にしてる風ではなかったけどね。もう慣れっこというか。いやあ、なかなかハートの強い人だったよ」
籾山さんは、煙草を持った右手の親指で、自分の左胸を指して見せた。
「ところで君たち、龍崎先生の学校の生徒さんなら、あの人を知ってるよね。二年前に彗星のごとく現れて、最近ピアノ界で何かと有名になってる。名前は、何て言ったっけ。確か、高……」
「高畑瑞奈先輩、ですか?」
「そうそう、高畑瑞奈。彼女、美人だし、ピアノも上手いし、なかなかいいコだよねえ」
籾山さんは、煙草を咥えたまま、にやりと笑った。先程までとは違い、何だか嫌らしい笑顔だった。
決して嫌らしい意味で言ったのではなかったのかも知れない。でも、私にはその笑顔がとても嫌らしく思えた。
その後、さらに十分ほど話をした。しかし、会話の半分以上は、高畑先輩に関する籾山さんの質問に、私たちが答えるというパターンだった。
*
駅に向かう道すがら、私は啓太に不満をぶつけた。
「私たちが新聞部って……。いきなり打ち合わせもなしに言うから、びっくりしたじゃない。そういう話なら、あらかじめ言っといてよね」
「話を聞くからには、もうちょっと説得力がある理由があったほうがいいかなって、とっさに思ってさ。それにしても、タマがあんなにびっくりするとは思わなかったよ」
啓太は悪びれもせず、夕暮れの空に向かってハハハと笑った。
私はムカついて、啓太の背中を右手の拳で小突いた。小突きながら、ふともう一つの疑問を思い出した。
頭の隅に、ずっと引っ掛かっていた疑問だ。
「ところで、今崎さんって誰? 啓太の知り合い?」
「今崎さん?」
啓太は歩みを止めない。進行方向を向いたままで、当たり前のように答えた。
「ああ、さっき会った籾山さんの上司だよ。俺の親父の知り合いなんだ」
なるほど。
冷静に考えれば、いくら龍崎先生の学校の生徒とはいえ、レコード会社の人に気軽に話を聞けるなんて有り得ない。
「啓太のお父さんが、その今崎さんって人に話をしてくれたんだね」
啓太は、質問には答えなかったが、代わりにこう言った。
「三風堂のラーメン、チャーシュー追加な」
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