竜騎士と恋がしたい!

城崎

「本当に、お1人で大丈夫ですか?」


 クエストを回してくれたギルドのスタッフさんが、念を押すように聞いてきます。その表情は、不安一色。そうさせているのは自分なので、なんだか申し訳ない気分になってきました。


「はい、大丈夫です」


 しかし、決めたことを曲げられるほど私は大人ではありません。そもそも、そんなことでは師匠に破門されてしまいます。せめて、不安を和らげられるように、彼の目を見つめて、力強く頷きました。そんな私に、いよいよ根負けしたのでしょうか。仕方ないというように頭を掻いた彼は、再び移動魔法を用いて帰る際、何かを私に投げ渡してくれました。


「健闘を祈ります」


 それは、登録されてある場所に1度だけ戻ることの出来る魔法道具でした。登録場所は、ギルド前にある治療所となっています。これが支給品なのか、はたまた彼の好意なのかは分かりませんが、ありがたく受け取っておきます。当然、使わないに越したことはありませんが、自然の中では何が起きるか分かりません。死んでしまっては元も子もないので、必要な時には使いましょう。

 道具を鞄にしまい、私は改めて周りを見渡しました。

 辺り一面、何もない平野です。静寂という表現が、とてもよく似合っています。魔物の気配も、人の気配も感じられません。一見すると人類が滅んでしまった後なのではないかと思ってしまうくらい、何もないことが特徴らしい平野です。クエストの際に名前を見かけたかもしれませんが、報酬金額ばかり見ていたようで、全く思い出せません。


「それにしても、本当に静かですね」


 私の声が、虚しく響き渡りました。

 確かに、出来るだけ巣から離れた地点に飛ばしてもらうようには頼みましたが、巨大な蟻という特殊生命体がいるにしては、いくらなんでも静か過ぎる気がします。巨大な蟻がそうそう他の土地にいるとは思えませんし、似たような素材が他の生物から取れるとは考えられません。そもそも高難易度クエストのターゲットなのですから、その素材はレアでなければなりません。同じように、素材採取の依頼を受けたヒトはいないのでしょうか。

 そこまでを考えて、その思考を振り払うためにも首を大きく横に振りました。いつも師匠と一緒にいたから、人に頼ることが当たり前になっています。人に頼れば、楽に終わらせることが可能でしょうが、それでは、クエストの分け前が減ってしまいます。師匠を助けることが出来ません。

 大体、手早く解決するために高難易度のクエストを選んでしまったのは、自分の責任です。腹は括らねばなりません。


 私なら、1人でも大丈夫。


 そう意気込み、大きく息を吸い込みました。空気の感じが、舞っている土埃の匂いが、普段と違います。いつもより、湿気が少ない土地のようです。日も、多く当たっているのでしょう。それだけで、本当に自分は違う世界へやって来たのだと、胸が高鳴ってきます。たまには、あの谷から出るのも悪くないだなんて思ってしまうのは、不謹慎というのでしょうか。

 そこでようやく、前方から音が聞こえ始めました。目を凝らして見えたのは、こちらへとやってくる虫の魔物。形状からして、バッタが異形へと成長したものでしょうか。ちょうどいい腕慣らしになりそうです。レイピアを取り出して、高らかに声を上げます。


「かかって来なさい!」


 一斉にバッタがこちらに向かって鳴きました。戦闘が、始まります。


 *


 余裕だと思ってかかったのも束の間、あっという間に取り囲まれ、とんでもなく窮地に陥ってしまいました。防御するので手一杯になり、攻撃に手が回せません。さすが高難易度クエスト定番の土地の敵です。まだまだ序盤だというのに、ピンチです。私の人生が始まって2度目くらいのピンチです。このままでは、体力を削られ、削られ切ったところで、数の多いバッタに倒されてしまいます。周りにはヒトもいないので、まさに野垂れ死です。それは嫌です。かと言って、先ほどもらった道具を取り出していては、その間に深手を負って動けなくなってしまう可能性の方が高いです。どうして鞄にしまったのでしょう。すぐ取り出せる場所にないと、意味がないではないですか。

 お金より効率より時間より、自分の命の方が大事だということに気付くのが遅すぎました。そもそも師匠は、時間はかかってもいいからとにかく行ってこいと背中を押してくれたのです。生きてさえいれば、いつでもお金を手に入れることが出来ます。師匠に会うことが出来ます。身勝手でもいいからとにかく生きるというのも、師匠の教えの1つです。まだ、死にたくはありません。


「こんなところで、死ぬわけにはいかないのです!」


 今出せる限りの声で叫びました。障害物のない平野。ヒトがいれば、きっと届くはず。


「誰でもいいです、助けて下さい!!」


 その時、キラリと空の一点が光りました。武器の形はランス。その鋭い矛先は、バッタたちをまとめて貫きます。それだけでは飽き足らず、炎魔法で黒焦げにさえしました。

 いえ、よく見るとあれは、炎魔法ではないようです。ドラゴンです。ドラゴンのブレスで、バッタが焼きバッタになっています。着地したかと思うとそのまま、騎乗者のランスを奪い取り、くし刺の焼きバッタを美味しそうに食べ始めました。バッタは確かに、甲殻類のような味がして美味しいのですが、あの姿になったバッタは如何なものなのでしょうか。そもそも、魔物は食べることが出来るのでしょうか。どこかの資料でそんな話を見たような気もしますが、他人の体験と私の体験は別物。試してみたいような、みたくないような。


「怪我は?」


 その声で、私はドラゴンの騎乗者の方が、目の前に来ているのことに気が付きました。どれだけバッタに夢中だったのでしょう。


「あ、ありません。大丈夫です、ありがとうございました」

「なら、良かった」


 慌てて頭を下げた私の態度が、癇に障ってしまったのでしょうか。良かったと言っているわりに、顔が渋いです。


「ドラゴンがもの珍しいのは分かる。しかし、そうも好奇心たっぷりの目線で見つめるものでもない」

「そう見えていたら申し訳ありません。しかし、気になったのは、バッタの方です。あれは、食べることが出来るものなのでしょうか?」


 彼の眉が、嫌そうに曲がります。


「……ウチのドラゴンは、よく食べてるけど」

「すみません、言葉が足りませんでした。ヒトが食用にすることは可能ですか?」


 私が話せば話すはど、彼の顔は渋く、そして曇っていきました。やはり、不可能だったのでしょうか。けれども、彼はしばらく唸った後、口を開きました。


「可能だが、美味しくはない」


 実践の言葉が続かないということは、よほどの味だったのでしょう。


 *


 会話が微妙に広がらなかったので、思わず閉口してしまいました。それでも、彼のマリアライトのごとく紫の色に輝く目は、どうしてお前みたいな人間がこんなところに赴くクエストを受けたんだ、というように私を睨んできます。許して下さい、まさかこんなことになるとは思わなかったんです、と私の目は語っているのでしょう。段々彼の表情には、呆れが見えてきました。

 時は過ぎますが、どちらも口を開きません。そんなわけで、ずっと見つめ合っているのですが、本当に彼は綺麗な顔をしています。私のせいで顔が渋くなっていてもなお、美しいことを隠せないほどに整った顔。アッシュブロンドの髪は、丁寧に後ろで束ねられています。隠されていない耳の長さは、私より長いです。本で見たエルフさんたちと同じような長さの耳をしています。何より目立つのは、褐色の肌。


「そんなに、ダークエルフが珍しいか」


 ついにこの空間に堪えきれなくなったのか、彼は吐きすてるように言いました。投げやりであり、どこか自虐的でもあります。それもそのはず。


「ダークエルフといえば、あまり良い印象がないという風潮の時代があったという事実は、記憶しています」

「お前、それを本人の前で言うのかよ」


ふざけるなと言いたげです。気持ちは分かります。ですが、私はふざけてなどいません。大真面目です。


「ですが、その時代は終わったこともまた事実です。そもそも、ダークエルフなんて呼び方が悪いんですよ。私、ずっと考えてたんです。もし言うならば、ブラックエルフなのかなって。でもそうなると、白い肌の彼らはホワイトエルフと呼ばれるべきですよね?」


 彼は一転、パチパチと瞬きをした後、神妙な顔で頷きました。


「……そうかもしれないな」

「そんなの、面倒じゃないですか。だから、ダークだとか何だとかは気にしないで、ただのエルフでいいと思うんです」


 まさか、こんなことを言われるとは思っていなかったのでしょう。その目には、戸惑いの色が濃く見られます。私の目がどんな目をしていたかは、自分では分かりませんが、私も同じ目をしていたのではないかと思いました。どうして、初対面のエルフさんに、こんな持論を熱っぽく語っているのだろうという戸惑い。もしくは、私がそう思っているからこそ、彼が戸惑っているように見えているのかもしれなくて、実は嫌悪を示されているということも、十分考えられます。しかし、もう目一杯彼に醜態は晒しました。これ以上恥じることはありません。だからこそ、続けました。


「ですからエルフさん、お名前を教えてください」

「アレクセイ・アレクサンドロヴィチ・トルストイ。アレクセイでいい。お前は?」

「オネットです、よろしくお願いします!」


 なにをお願いするのかも分からないまま差し出した手を、彼は握り返してくれました。

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