第四夜 さらばえし黄昏

 いつもより寒い冬の出来事でした。

 寒いのは苦手なのです。春がとても待ち遠しい。毎日礼拝堂に行って、オーディン様やフリッグ様に、「早く春が来ますように」とお祈りをしていました。

 ある日、礼拝堂から家に帰る途中で、とてもきれいな女の人に会いました。

「こんにちは」

 わたしが挨拶すると、女の人は微笑みました。

「こんにちは。あなたがリーヴスラシルね」

 不思議です。初めて会うのに、どうしてわたしの名前を知っているのでしょうか。

「私はスクルド。人間の運命を司る女神の末妹」

 びっくりしました。神様がこの村にいらっしゃるなんて!

 同時に、わたしの名前を知っていたことに納得しました。なんせ神様ですもの。

 わたしは雪の上にひざまずき、スクルド様にお祈りを捧げました。

「よくお聞きなさい、リーヴスラシル」

 スクルド様は仰いました。

「これから三度冬が続いた後、世界に黄昏が訪れます。空が赤く燃えるのを見たら、ホッドミーミルの森に行きなさい」

 それだけを仰るとスクルド様は、白鳥に姿を変えて飛んで行かれました。

 わたしはそのお姿が見えなくなるまで、空を眺めていました。

 でも、ホッドミーミルの森とはどこにあるのでしょう?

 村の人たちに聞いて回りましたが、誰も知りません。

 スクルド様のことも、お父さんにも、お母さんにも、信じてもらえませんでした。「きっと夢を見たんだよ」司祭様までそう仰います。

 ただ一人、幼なじみのリーヴだけが、「ぼくは信じるよ」と言ってくれました。


 それから三年、ずっと冬が続きました。

 冬は食べるものがありません。とてもおなかが空くのです。

 お父さんとお母さんは、毎日けんかをするようになりました。

 そしてある日、お日様とお月様が空からいなくなりました。

 暗いのはなにかと不便です。明かりがないとなんにも見えません。

 スクルド様も、お日様がいなくなってしまうことは教えてくださいませんでした。夜がずっと続くので、とても寒いです。

 これまで、お日様にどれだけ助けられていたのでしょう。

 お日様がいなくなって、神様も困っているだろうな、と思いました。だから、毎日「お日様が帰ってきますように」とお祈りをしていました。

 それから少し経ったある日のことです。空がほんのり明るくなって、まるで夕焼けのような、重くてさびしい赤と黒に彩られました。

 わたしはスクルド様の言葉を思い出しましたが、ホッドミーミルの森がどこにあるのか分かりません。

 そのうちリーヴがやって来て、「行こう」とわたしの手を取りました。

「でも、どこに行けばいいの? ホッドミーミルの森がどこにあるか、誰も知らないんだよ?」

「大丈夫だよ。神様がリーヴスラシルに行きなさいって言ったんだろ? だったら、辿り着けるさ」

 そう言って、わたしの手を引っ張って歩き出します。

 リーヴは優しい男の子でしたが、こういう強引なところを見せたことがなかったので、わたしはどきどきしてしまいました。

 村を出ると、わたしたちの頭の上に、とてもきれいなオーロラが下りてきました。オーロラはずっと向こうまで続いています。

「きっと、神様が導いてくれているんだ」

「うん。きっとそうね」

 リーヴが笑いました。わたしも釣られて笑いました。

 しばらく歩くと、空からオレンジ色の火の玉がいっぱい降ってきて、あちこち燃え広がりました。リーヴが自分の外套をわたしにかぶせてくれます。

 煙がもくもくと立ちこめて、わたしたちが住んでいた村が見えなくなりました。

「急ごう」

 リーヴが手を握ったまま走り出します。不安はありましたが、胸のどきどきに身を任せて、わたしも走りました。

 やがて、霧深い森に辿り着きました。ここがホッドミーミルの森でしょうか。

「この霧が、ぼくたちを炎から守ってくれるよ」

 リーヴの言葉を、わたしは素直に受け止めました。こうして、森の中でふたりきりの暮らしが始まったのです。

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