第6話 唯一の生存者




「リサルフィーヌよ、ワシに付いてくるのだ」


 里の結界が破られるほんの少し前、大長老であるリサルフィーヌの祖父は、少し体が弱く横になっていたリサルフィーヌを連れて屋敷の地下まで連れて行く。


 祖父の切迫した表情を見たリサルフィーヌは静かにうなずくと、無言で祖父の後に続いた。


 ウィンディーヌ家の屋敷の地下にはエルフの里で罪を犯した者を収容するための牢獄しか無いはずだが、何か訳があるのだろうと追及する事はせずにゆっくりと薄暗い階段を降りて行った。


 薄暗い洞窟の中のような階段を下り終わり、錆びついた重い鉄製のドアを開ければ薄暗くじっとりとした雰囲気の牢屋が並んでいた。


 祖父は手に持った鍵束をジャラジャラと鳴らし、その中から目的の鍵を見つけると牢屋のドアに差し込み開ける。そしてスッと半身をズラし道を開けると――。


「リサルフィーヌ。この牢屋の中に入るのじゃ」


 有無を言わせぬ厳しい眼光と共にリサルフィーヌに言葉を投げかけた。


 訳が分からないリサルフィーヌだが、やはりこれにも訳があるのだろうと無理やり自分を納得させて牢屋に入る。すると祖父は牢屋のドアを閉めると施錠をした。


「お、おじい様……。これには一体何の意味があるのでしょう」


 まるで罪人のような扱いに身に覚えの無い彼女は戸惑うばかりだ。


 しばらく考えるような様子を浮かべ静かに目を閉じていた祖父だが、一気に顔をしかめると今にも泣きだしてしまいそうな顔のまま述べる。


「今や……、この里は未曽有の危機に瀕しておる。もしかすれば今夜中にこの里は跡形も無く綺麗さっぱり消えるであろう」


「そんな……」


 いきなり宣告された重大な事に一気にパニックになるリサルフィーヌ。彼女は里が慌ただしい事は感じていたがまさかそれほどまでに緊迫した状態だとは知らなかった。


 しかし、なぜ自分を牢屋に入れるのかは今だ見当もつかない。彼女がその疑問を口にしようとするまえに祖父は続けた。


「今からリサルフィーヌ、お前に転移の術をかける」


 瞳に灯った決意の炎をゆらめかせながら力強く宣言する祖父。しかし、孫娘としてそれを許すことは出来ない。牢屋のドアにすがり付くと悲痛な声で叫んだ。


「お、おじいさま……っ。そんな事をしたら……っ!」


 転移の術とはエルフ族に伝わる秘術の1つであり対象者を遠くの土地まで飛ばす事ができる魔術だ。命と引き換えに、なんてそんな代償は必要無いが、莫大な魔力を使う。大長老の祖父でさえ魔力がしっかりと溜まった状態でないと使えず、使ったらその後に魔術を使えるほどの魔力は残らない。


 魔力は寝れば回復すると言われているが、魔力が底を付いた状態からしっかりと溜まるまでに2~3日かかると言われている。たとえ魔術のずば抜けたセンスを有するエルフ族でさえ一晩寝るだけでは回復しないだろう。


 今夜中にも里は消滅してしまうかもしれないような緊急事態なのだ。魔力が無く魔術が使えないとなればとてもじゃないが危険すぎるだろう。


 そしてそんな大魔術にはとても長い詠唱がつきものだ。


 基本的に無詠唱で済ませられる低級魔術と違い、秘術や大魔術になるととても長い詠唱が必要になる。


 魔術は集中力も必要で、詠唱を唱えている間は完全に無防備になってしまう。そんな中敵が来たらどうぞ殺してくださいと言っているような物である。


 リサルフィーヌはここでようやく何故祖父が自分を牢屋に閉じ込めたのか気付いた。術を阻止させない為だ。


 祖父は魔術が使えなくなり長い間無防備な姿を晒す。という絶対的不利な状況に陥っても尚リサルフィーヌの安全を、と考えているのだ。しかしリサルフィーヌにしてみれば、自分が助かる代わりに祖父が絶体絶命の窮地に陥る。そんな事をこの心優しい孫娘がゆるすはずが無いと祖父はわかっていた。そうすれば必然的に術を使おうとしても阻止、あるいは妨害をしてくることは明白だ。故に手が出せない状況を作り出す為にリサルフィーヌを牢屋に閉じ込めた。


 そして祖父が詠唱に入る。冷たい石敷きの床に座り両手を組み目を閉じ祈りをささげるような恰好を取る。


「おじい様……っ、おねがいです。どうかお止めになってください」


 とめどなくあふれる涙がホホを伝い、激しく扉を叩く手は傷だらけになって行く。しかしそれでも願いが聞き入られる事は無く、リサルフィーヌの嘆きは牢獄の中に響いただけだった。


 それから少し経つと、里の中に「喰い足りぬ亡霊団イートゥ・スパルトイン」が押し寄せて来てとても騒がしくなった。悲鳴や子供を探す母の叫び声などがこの地下まで聞こえてくるのだ。あまりにもな状態に、リサルフィーヌも泣き叫び半狂乱になりながらドアを叩くが祖父は詠唱の恰好になったままぴくりとも動きはしない。


 そしてもうすぐ魔術が完成しそうになった頃、「喰い足りぬ骸骨イートゥ・スパルタン」が階段から姿を現す。


 獲物を見つけた喜びからか、骨をカラカラと鳴らし剣を揺らし愉快そうにしながら歩いて来る。


 恐怖に足がすくんで声すらも出ないリサルフィーヌはただ見ている事しかできなかった。


 牢屋の床が淡く光り始めるとリサルフィーヌを囲うように円形になった魔法陣が現れる。そして魔術が完成しようとした瞬間、「喰い足りぬ骸骨イートゥ・スパルタン」が持っていた剣が祖父に吸い込まれるように差し込まれた。


「リサルフィーヌや、お前はエルフ族の希望じゃ。せめて、せめてお前だけでも……。幸せになってくれ」


 ごぼっ、と口から血を漏らしながらも笑顔で孫娘に語りかけると、そのまま祖父は自分の血で出来た海にバシャっと倒れこんだ。


 そして、リサルフィーヌの周りをぐるぐるとまわっていた魔法陣が一際強く光だしリサルフィーヌはそのまま意識を失った。


 そして目が覚めたら時広の布団に寝ていたのであった。

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