第7話 呆然




「私だけ……。私だけ生き残ってしまって……。何か私に出来ることがあったかもしれないのに……ッ!!」


 リサルフィーヌは話終わると、毛布を強く握りしめまた泣き崩れてしまう。


 あまりに壮絶な話だった。無意識の内に呼吸を止めていたようで、思い出したように深く息を吸い込む。嗚咽をかみ殺してすすり泣くリサルフィーヌに、なんて言葉をかければ良いのか。


 今もし俺がここで何か言葉をかけた所で、とても薄っぺらく聞こえるような気がして……。俺はうつむく事しかできず、すすり泣く音だけが部屋の中に響いていた。


□◆□◆□◆□◆□◆


 ひとしきり泣いた後、リサルフィーヌはまた気を失うように眠ってしまった。


 毛布をかけ直すと、いつもならもう寝ている時間だがあまりの出来事の連続で目が冴えてしまい全く眠くない。リサルフィーヌが起きるまで部屋の掃除をしようと思い立ち、要らないものをゴミ袋に集めていく。


 それから2時間ほどもくもくとゴミ掃除をしていると、不意にうめき声が聞こえてきた。布団に目をやると、顔を赤くし辛そうに呼吸しているリサルフィーヌが目に入る。おそらく手か膝から雑菌が入ったせいで化膿しているのか、ショック性の物か、熱が出ているようだ。とりあえず手ぬぐいを濡らしておでこに乗せる。効果があるとは思えないが、しないよりはマシであろう。


 もくもくとゴミを掃除しながら、手ぬぐいがぬるくなってきたら交換をして看病を続ける。元々物は多くない為、ゴミさえ片付けてしまえばある程度見れるようにはなった。


 諸々もろもろがひと段落し、ようやく腰を落ち着けて一息入れていると腹が鳴る。そういえば、食事も途中だったなと思い出し、心は置いておいて体は正直なもんだと一人苦笑する。


 残念ながらカップラーメンの在庫は尽きてしまったが、米だけは切らさないように常備している。食べれるかわからないが、体調を崩している人も居るので雑炊にでもしよう。


 和風に味付けした出汁に冷凍してあったご飯を解凍して放り込み、しばらく煮込んだ後に、溶き玉子を回しかけてねぎを散らしたら完成だ。これぞ一人暮らしの病人食。簡単だし美味しいし、なにより温まる。余しても、また出汁を追加して煮込めばすぐ食べれるのもポイントが高い。


 熱々の雑炊を、火傷しないよう注意しながら小皿に取って食べる。はふはふと口から熱気を逃しつつ、かきこむように食べてしまった。色々あってかなり腹が減っていたのだろう。分量はかなり多めに作ったので、それでもまだ半分ほど残っている。


 匂いにつられたのか、リサルフィーヌも起きた。顔の赤みも引いて、先ほどに比べれば顔色も大分マシだ。


「もし良かったらご飯食べるかい? 穀物を煮込んだ物だよ。ありあわせで作ったからもしかしたら口に合わないかもしれないけど……」


「この匂いは……。大豆を使った料理ですか? 私たちも麦のお粥などを食べるので問題無いと思いますが……。よろしいのでしょうか」


 少し困ったような表情で、鍋を見つめるリサルフィーヌ。君の為に作ったから好きなだけ食べて! とは恥ずかしくて言えず、小皿に取って布団の脇に置いてあるちゃぶ台に水と一緒に置く。


「俺の住んでるこの国にはね、腹が減っては戦ができぬ。ってことわざがあるんだ。もしかしたら何か出来ることがあるかもしれない。まずは一旦落ち着いてお腹を満たそう」


 毒にも薬にもならない言葉だが、リサルフィーヌはちいさく頷くと雑炊に手を付けてもくもくと食べ進めた。


 色々な事が重なりカロリーを消費したのか、線の細い女の子には少し多かったかなと思う量をペロリと平らげると、水を飲んで息を吐いた。


「先ほどは、いきなりつかみかかってしまって申し訳ありませんでした」


 食事中に様々な事を考えていたのか、唐突にリサルフィーヌが話し始めた。あんなパニック状態であればもっと暴れだしてもおかしくない様な状態だっただけに、とても真面目で素直な性格なんだな、と素直に関心する。


「いや、こんな事になれば誰でも冷静ではいられないよ、きっと。俺ならもっと酷い事になってたと思うから気にしないで」


 努めて気にしない事を伝えると、安心したようにリサルフィーヌが胸を下ろす。俺なら間違いなく不安や恐怖で叫びだしていたかもしれないし、見知らぬ他人に対して八つ当たり気味に怒鳴り散らしていたかもしれない。


 それだけリサルフィーヌが自分を律するという事に長けている証拠だ。エルフの王族と言っていたし、きっと自分を強く律しなければいけない立場や環境だったのだと思う。想像でしかないが。


「ひとまず落ち着いたみたいだから、互いの疑問を解消していこう。なにかリサルフィーヌの方から聞きたい事はあるかな」


「そうですね……。私の事はリサ、と呼んで下さい。なんだか呼び辛そうにされていたので」


「たしかに、ちょっと長くて呼び辛かったからありがたいよ。よろしくね、リサ。今更になっちゃうけど、俺の名前は宮中みやなか 時広ときひろ。時広が名前ね」


「トキヒロさんですね、よろしくお願いします」


 めまぐるしく様々な事が起こっていた為、自分の名前を紹介していなかったことにようやく気付いた。ほんとにパニックってのは視野を狭める。何事も落ち着いて冷静に対応していかないと、と今一度気合を入れなおした。

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