第5話 喰い足りぬ亡霊団
しばらく泣き続けていたリサルフィーヌだったが、今は比較的落ち着いたのか遠くをぽーっと見つめながらたまに鼻をすする音だけが響いていた。
声をかけようかどうしようか先ほどからかなり悩んでいたが、中々声をかけるタイミングが来ず、声をかけようと乗り出してはまた伏せると繰り返していた。
虚ろな瞳でぽーっと遠くを眺めている彼女は、まるで精巧な人形のようで生気という物を恐ろしいほど感じられなかった。
そして彼女がぽつりぽつりと話し始める。
「話を……、聞いて頂けますか」
ゆっくりと静かに彼女の口から言葉が紡がれる。注意して聞かないと聞き漏らすのでは、と思うほど小さな声だった。
はっと顔を上げた時広だが、相変わらずリサルフィーヌの顔に生気は灯っておらず、このまま吹けば消えてしまうような儚さを醸し出していた。
「うん、聞くよ」
今にも壊れてしまいそうな人が目の前に居るというのになにもできない自分が歯がゆく、とても短い言葉で了承を返した。
「私が住んでいたのはエルフの隠れ里と俗に言われる森の奥の奥でした」
□◆□◆□◆□
エルフの王族ウィンディーヌ家が治めるエルフの隠れ里は、大陸一の大森林シュミザール森の奥深くにあった。
その容姿や秘術、そして類稀なる魔術の素質の高さなどから人族に蔑まれていたエルフ族は、遥か昔から人里離れた隠れ里に住んでいた。
シュミザール森を直線距離で抜けるとしたら、徒歩では数ヶ月ほどかかると言われているとても広大な森林で、森の中には数多くの魔獣や魔物が
その中心部にエルフの隠れ里は存在する。
ほぼ円形に森林は形成されている。どこから入ってもエルフの里までは距離があるうえに奥に進めば進むほど危険な魔獣などが潜んでいるため、他所から入ってくる者は自殺志願者くらいであった。
とても閉鎖的な空間であるが、年に数回人里まで下り情勢や技術や知識、そして生活必需品などを仕入れてくる為文明レベルは比較的高く保たれていた。
魔術の素質や長寿故の経験などで、エルフ族の魔術師達は到底人族では到達できない高みにおり、その魔術師達が作った結界などで頑丈に守られている隠れ里に住んでいるエルフ族は、いささか危機感という物を感じない生活に長い間身を置いていた。
魔境、シュミザール森の奥深くに生息する魔物や魔獣は独自の進化を遂げており、人里に出没するような魔物とは次元が違う強さを持っている。そして数もこれだけ広大な森林なので、おびただしい数の魔物が里のまわりをうろちょろとしているのだ。
しかし、そのおびただしい数の強力な魔物を退け惑わし里を守る強固な結界はエルフ族の魔術の
そんなとても強力な結界に守られていれば、里から出る事のないエルフ達に危機感など備わるはずもなく、平穏な生活を満喫し天寿を
――そう、あの
始めは山火事かと思っていた。天高くモクモクと森から煙が出ていたのだ。
その時点で気付いてもおかしくはなかった。いつもなら魔獣や魔物の
煙は一直線にエルフの里に向かって来た。なんともおかしな延焼だ、と平和ボケしているエルフ族は、戦闘技術が高い物を物見に行かせ燃え広がるようなら消火してこいと命令を下した。
これで騒ぎは収まるだろうと思っていたが、待てども暮らせども物見に行った連中が帰ってこない。しかしおかしな延焼はかなり里まで近づいてきている。なんだか物々しい雰囲気に里は包まれるが天下無敵の防御結界があるのだ。炎の一つや二つにあわてるような事は無い。そう里にいる全てのエルフが信じて疑わなかった。
――そして、奴らの矛先が里に向いた。
物見を待つ間に夜になり、里には厳重警戒のために辺り一面
そして徐々に地鳴りのような音が響いてくると共に、里のすぐそばに生えている巨木がなぎ倒されると木々の合間からおびただしい数の
シュミザール森が魔境と呼ばれていようと、森というのは厳粛な雰囲気が漂う場所だ。水は澄んでいるし空気は綺麗である。
そんな場所に
そのはずの
そして結界の目前まで来ると結界に向かって持っていた剣を振りおろし攻撃を始める。
結界には防衛機能が存在し、
しかしそれ以前に、結界から発せられる幻惑の魔術に翻弄され回れ右するはずなのだがしっかりと結界を認識しており、しかも驚くべき事にその剣は結界に届いていた。
下級の魔物が消し飛ぶほどの衝撃波だ、いくら上級の魔物が手を加えた所で数メートルは飛ばされる事は間違いない。しかし下級魔物のはずの
その時点で里の中は大パニックになっており、指示しなければいけない立場であるはずのエルフ族の長老たちですらどうすればいいか焦るだけであった。
そして里のパニックを増長するように、いくらでも湧いてきているのではと錯覚するほどおびただしい数の
体中から黒いマントのように見えるオーラを漂わせ、人が何人も住めそうなほどに巨大な頭蓋骨の窪んだ眼の部分は、赤い光を灯し四つんばいの姿勢で下で行軍していた
その姿を目にした里のエルフ達は、皆一様に地面に手を付き胃の中の物を全て吐き出した。
全身が負のエネルギーでできているようなその姿は、見ている物にとてつもないほどの嫌悪感を強制的に植えつける。
胃の中に吐瀉できる物がなくなっても強烈な吐き気は止まらずに、エルフたちは引き付けを起こしたかのように痙攣しだした。
エルフ族の大長老。リサルフィーヌの祖父でありエルフ族一の魔術の使い手でもある彼は冷や汗を垂らし、自前の精神力でその
「
□◆□◆□◆□
古の「
遥か古より生きてきた神々にも引けを取らぬ強さを誇る竜が居た。
かの竜はこの世界に舞い落ちる不幸を一身に受け止め、平穏を望む心優しい竜であった。
しかし、不幸を身に宿し続けた代償か、その身は段々と黒く染まって行きとても禍々しい見た目となってしまった。
かの竜を他の竜は「
心優しい竜が生きている間、天災や疫病などの被害は全くと言っていいほど出ず、生きとし生ける者全てみな順風満帆な天寿を全うした。
栄枯盛衰を長く見続けその身に不幸を宿し続けた心優しき竜は、その身がもう長く持たない事を悟る。
自分はもう長すぎるほど生きた。試練が無ければ成長はできない。十分栄えたこの世界に自分はもう必要無いと漠然と理解していた。
かの竜はこう言った。我が身死せば不幸は舞い戻る。その前に我が身を封印せよ、と。
だが、自分勝手な神々や、光物にしか興味の無い竜は相手にせず一笑に付した。何を勝手な事を、と。
途方もない長い時を生きた「
そして「
大地は割れ、海は干上がり死病が蔓延した。文明と言う文明はことごとく滅び去り、その時「
そして神々はその時の事を後悔、反省し新たなる生命を作り出した。
□◆□◆□◆□
これが神話として語られている創生時代の歴史だ。
空に浮かぶ四つの月が赤く染まる時、眠りし凶悪が鎌首をもたげる。そう言い伝えられている。大長老が空を見上げると四つの月が見事に真っ赤に染まっており禍々しい姿をしていた。
「
ありとあらゆる魔術は効かず、アンデットを浄化させるはずの「
唯一の対抗策は発生元の「邪竜(デス・ドラゴン)」の牙を破壊する事だけだが、何処にあるのかは全知全能の神々ですら知る者は居ない。実質対抗することなど不可能な理不尽なのである。
魔術が効かないはずの化け物相手に、里に踏み入らせる事を許さない事は驚愕するほどの高度な防御結界であったが、理不尽の前に儚く崩れ去る。
「
おびただしい数の「
なすすべも無く無残に殺されていくエルフ達。戦闘経験のある者が矢面に立つが全く歯が立たずに殺される。
「
老若男女問わず殺して軍門に下らせる姿はまさに喰い足りぬ、と言っているかのよう。
全てを無に帰す王に、決して滅ぶ事の無い無限の兵士。
降って湧いた理不尽にカケラも抵抗する事など許されず蹂躙され、エルフの里はこの世から消滅した。
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