そのエルフ、お姫様につき

第2話 エルフ、襲来・・・・・・?



 とりあえず落ち着こう。冷静に冷静に、がんばれ俺やればできる子。


 とにかくパニックになっていた頭を2~3度振ると、とりあえず何事も見なかった事にし換気扇の下へタバコを吸いに行く。震える手でタバコを取り出し火を付ける。深く深く吸い込んで吐き出す。そのままボケッとすること30秒ほど。


「意味わかんねぇよ!!」


 火を付けたばかりのタバコを強引に灰皿でひねりつぶすと叫ぶ。そのまま頭を抱えてしまう。どうしてこうなった。実はこれは夢なんじゃないか。ラーメンをすすってる最中にそのまま寝てしまったのでは、といかにもな現実逃避を始める。


 夢なら痛くないはず! と、おもむろにホホに全力でビンタを見舞うとバチンと良い音が響く。


「痛い痛い!! 滅茶苦茶痛い!」


 もう本人ですら制御不可能なほどの混乱状態に陥っていたが、これは夢ではないとようやく認識した。


 逃げ回りたかった現実に目を向けるしかないと悟り、恐る恐るではあるが布団で眠っている女性に近づく。


□◆□◆□◆□


 忍び足でいつも寝ている布団まで近づいて行く。かなり近くまで行ってから改めて女性の顔を見ると、まるでこの世の物とは思えないほど美しく、息をするのも忘れるほど魅入ってしまう。


 胸は規則正しく上下していて良く眠っているようである。手を見ると、少しケガをしているのか所々に切り傷があった。服の汚れといい手の傷といいまるで誘拐でもされていたかのような雰囲気を醸しだしている。


 今警察が飛び込んで来たらどんな言い訳も通用しないだろうな、と一人ごちた。


 一人暮らしの汚い部屋に絶世の美人。住んでいるのはぱっとしない青年。これだけで3流ゴシップ記事でも書けそうだ。


 とにかく事情を聴きたい気持ちではあったが、寝ている所を起こすのもなんだか忍びなく、起きた時の為に救急箱などをいそいそと準備した。


 それから2~3分たった頃であろうか、ぐちゃぐちゃに散らかった部屋を片しつつポスターを壁に戻す作業をしている時広の目に、彼女が身じろぎをしている姿が映った。とりあえず寒いからと、友人が泊まる時用の綺麗な毛布を汚れるのも構わず押し入れからひっぱりだしてきてかけておいたのだが、それを彼女自身の手がどかすとムクリと上半身だけ起き上った。


 あの驚愕的な登場をした絶世の美女相手に、あまり人と分け隔てなく接する事ができる自信のあるタイプであったが、どう声をかけて良いか分からずしばらく傍観ぼうかんしていると、朝は弱いのであろうか、寝ている時はとても凛々しいイメージを抱いていたが、眠そうに目をこすりながら目じりをトロンと下げボーっとしている姿は少し幼く見えた。


 とにかく事情を聴かなくてはと、しばらくどうすることもできなかったが意を決して声をかける。


「あ、あの。目は覚めました?」


 声をかけてから気付いたが、日本語はわかるのだろうか? と不安になる。生憎英語は少しだけ読む事しかできないし、ヨーロッパ圏ならば完全にお手上げなので相手の反応を見るしかない。


 彼女は急に話しかけられてビックリしたのか、飛ぶように体がビク付くと時広の方を向いた。


 ボーっとしている時は目じりが下がっていたが、今は完全に覚醒したのか眠っていた時同様かなり凛々しい雰囲気の顔つきになっていた。


 全く反応のない彼女にもう一度声をかけようとしたが、彼女の様子が急変する。


 声をかけられてから自分の置かれた状況を冷静に判断するためだろう、あたりをキョロキョロと見回してから自分に毛布がかけられていることに気が付いたみたいだ。そして泥が付いたワンピースを見て、少し傷付いた手を見ると瞬く間に顔が蒼くなっていく。


 血の気が引いていく、という表現がぴったり当てはまるその表情に訳も無く焦った。なぜ自分がこんなところに寝ているのかと聞かれたらその現象を見た本人ですら説明する事は出来ないし、なにより信じるなんてまずあり得ないだろう。そのまま警察に駆け込まれて俺は犯罪者だ。嗚呼我が人生、万事休す。と辞世の句が頭をよぎるが次の瞬間そんなのは消し飛んだ。


 勢い良く布団から飛び出た彼女はまるで体当たりするように時広のパーカーを掴んだ。いきなり飛びつかれたような体制になりバランスを崩すがなんとか持ちこたえる。その拍子に近くで彼女の顔を見ると、さきほどまではカケラも見られなかった涙を目いっぱいに貯めていた。


 そしていきなり大声で喋りだす。


「――――――――――? ――――――――!!!!」


 全く何を言っているのかわからない。とにかく全く聞いたことのない言語でいきなり話しかけられた時広はどうすることもできない。


「そ、そーりー! あいきゃんすぴーくじゃぱにーずおんりー!!」


 英会話を習った事も無ければ四流大卒の時広にはこれが精いっぱいだった。せめて簡単な英語ならある程度の教養があればどこの国でも通用するのではと淡い希望とともに投げかけてみるが。


「――――!!」


 いとも簡単にへし折られた。通じない、どうしよう、手詰まりだ……。と激しくゆさぶられる頭の中で諦めかけていたが、とにかく日本語しかしゃべれないのだ、日本語か簡単な英語で返してもらうかしないとどうしようもない。


「そーりーそーりーあいきゃんすぴーくじゃぱにーずおんりー……」


「――――!!」


 激しくゆさぶられながらカタコトの英語で話し、ホホが赤く腫れている青年に、激しく青年を揺さぶりながら異国の言葉でまくしたてる絶世の美女。


はたから見たらとんでもなくシュールだったそうな。

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