第184話喰魔
「ヒハハ、久しぶりだとカラダが硬ぇな」
ゴキゴキと、首の骨や指を鳴らす暴食の魔王ベルゼブブ。
三メートル超の巨体が屈伸したり伸脚したりと準備体操している光景は、かなり不気味に見えた。
「ベルゼブブ様、お久しぶりですわ」
「元気にしていたかい?」
そばにいた西園寺麗華と佐倉詩織が旧友と会ったかのように挨拶を交わす。ベルゼブブは彼女達を見下げると、
「オウ、サイオンジレイカとサクラシオリか。オレ様はこの通り絶好調だ。テメェ等がダラしねぇから、仕方なくオレ様が暴れてやるヨ」
「それは申し訳ございませんわ、後でなんなりと私にお仕置きを……」
「麗華……君って彼のこと何だと思っているんだい?」
ハァハァしながら悶えている友にドン引きする詩織。その横で、ユラハは目をまん丸に見開いて愕然としていた。
「あ、あ、アキラさんが気持ち悪い化物になったっす!?なんすか、これなんなんですか!?」
「ヒハハ、お前ウマソウダナ、喰ってやろうか」
「ひょえーーーーーーーー!?」
ベルゼブブが顔を伸ばしてユラハの鼻先に持っていき、涎を垂らしながらそう言うとユラハは奇声を上げながらバンザイする。その際に抱きかかえていたアラベドが地面に落ちて「ぐぇ!」と呻いた。
「あっ!ごめんなさいアラベド様!ついうっかり!!」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ……」
あ痛たたと腰に手を当てるアラベドを支えるユラハ。
戦いの真っ只中というのに茶番を繰り広げている彼等を眺めながら、魔王軍四天王のザラザードは訝しげな表情を浮かべていた。
(あの化物からは魔力が感じられん。が、その身から溢れる圧倒的な存在感。王気とは違うが、それに近い雰囲気を纏っているな。それにあの顔……どこかで見覚えがあったような気がするが……)
今や魔界の中で最も長く生きているであろうザラザード。
多くの存在に触れてきた吸血種は、ベルゼブブの顔に覚えがあった。いつどこで見たのかは既に忘れてしまったが、なんとなく嫌な記憶であった気がした。
(気持ち悪い化物ですね……そして不気味でもある)
帝国軍蛇黒騎士団団長スレインは、新たに現れたベルゼブブを警戒する。
魔物ではない。あんな魔物は見たことがないし、喋る魔物もそうはいない。それこそ竜種の最上位か、伝説の怪物ぐらいだろう。
それに人間であった影山晃から変身したことが不可解だ。強化した姿が化物になっても自我は本人のパターンが普通だ。だが話を聞いていると、あの化物は少年とは完全に別人格のように見える。一体どういった存在なのだろうか。
「ベルゼブブ君……だったかな。もしかして君は、“七つの大罪”スキルというやつなのかい?」
「ほう、オレ様のことを知っているのか」
「えっ、アラベド様はお知り合いなんですか!?」
ユラハに支えて貰っているアラベドが問いかけると、ベルゼブブはニヤリと不気味に笑った。その話し方から肯定であると判断したアラベドは、「まぁね」と言って、
「僕等の王、アルスレイア君も君みたいな化物を宿しているんだよ。以前、一度だけ会わせてもらったことがあるんだ。それに、
「ハッ!あの無口の引っ込み思案な野郎が顔を出すとはな!まぁそういうことだ、オレ様はあの野郎と同じ存在だ」
「成程ね……アキラ君があれだけの王気を持っているのが、少しだけ理解できたよ」
納得しているアラベドに、ベルゼブブは「それは違うぜ」と否定して、
「勘違いするな。あいつの器はあいつのものだ。オレ様とはなに一つ関係ねぇ」
「それは……本当なのかい?だって、十年と少ししか生きていない少年があれだけの器を持っているなんて……ありえない」
「アア、それに関してはオレ様も同意してやる。あのクソ野郎は、オレ様の宿主の中でも一番規格外で狂ってるからな」
心底可笑しそうに言うベルゼブブに、アラベドも釣られて笑ってしまう。しかし、心の中では酷く動揺していた。
それほどまでに、晃の存在が信じられなかった。
「何を呑気に話している!!」
「「――!?」」
今まで静観していたドラホンがアラベド達に強襲。
大地を蹴って一瞬で接近すると、重傷を負っているアラベドにトドメを刺そうと剛腕を振るった。
しかし――、
「オイ、オレ様を無視するたァ何様だ?」
「――!?」
ドラホンが放った拳を、ベルゼブブが腕を伸ばして受け止める。いや、握り締めていた。
「ぐぅ……ッ」
「小っちぇな」
拳を握り潰されそうになり、呻き声を上げる。
この尋常ではない握力もそうだが、パワーに優れているドラホンの一撃をなんなく受け止めたのも驚きだ。
ドラホンは口腔から炎のブレスを吐き、拳の捕縛から逃れる。
至近距離で広範囲攻撃を受けたベルゼブブだったが、佐倉達に被害が出ないように膜を展開して受け流した。
その膜は、普段晃が使っている魔王の力。
その力の元であるベルゼブブが使えない道理はない。
(オレのブレスをあの距離で無傷だと?)
竜種の
それもドラホンは高位の竜人族で、遊王軍の幹部になる実力を兼ね備えている。そんな彼のドラゴンブレスが、糸も容易く防がれるとは……。
ドラホンが訝し気にベルゼブブの様子を窺っていると、ザラザードが口を開いた。
「おい蜥蜴、誰を差し置いて勝手に動いている。奴等は我輩が始末すると言っておろう。貴様は黙って見ておけ」
「……」
ザラザードに睨まれながら言われたドラホンは、釈然としないまま後退する。分をわきまえているではないかと、ザラザードはご機嫌気味に視線をベルゼブブに送った。
「さぁ、蹂躙してくれようぞ」
ザラザードの全身から凄まじい魔力が溢れ出す。
アルベドの血液を吸収して復活した妖王は、アルベドと戦っていた時よりも調子が上がっている。
今の自分には、誰であろうと勝てはしない。そんな全能感を抱いていた。
「一瞬で串刺しにして――」
「ウッセェクソジジイ」
「うごッ!!」
一瞬だった。
瞬く間に肉薄したベルゼブブが左の巨拳を放つと、パァンとザラザードの肉体が弾け飛んだ。
血液を集約させて空中で復活したザラザードは、憤怒の表情を浮かべながらベルゼブブを見下ろす。
「畜生如きが図に乗るなよ!」
「ジジイはすぐ頭に血が上るからダメなンだよ」
「死ね」
空中に大量の血液を集めた妖王は、
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆哮を撃ちだした。
まるで暴風のような咆哮は血雨を吹き飛ばし、ザラザードに襲いかかる。妖王は咆哮の軌道から間一髪逃れるが、背後には巨躯の影。
「オラよ」
「うご■■■■■■ッ!!」
両手を組んだ拳を、ザラザードの背中に叩きつける。ザラザードは身体をくの字に折り曲げながら地面に激突した。
砂煙が舞い上がる中、煙から螺旋回転した巨槍が落下中のベルゼブブに襲いかかる。ベルゼブブは両手でガシっと受け止めると、そのまま身体を回転させて巨槍を煙の中に投げ返した。
ズドンッと衝撃音と共に、さらに砂煙が舞い上がる。
地面に着地したベルゼブブに、数百と分身したザラザードが、血剣を持って四方八方から強襲。煙で視界が塞がれる中、ベルゼブブは全身から触手を放出してザラザードを薙ぎ払う。
そして、大きくジャンプした。
「――!?」
「テメェみてェな貧弱は、自分だけ逃げて戦うしか脳がねぇンだよな」
「ガッ!?」
ベルゼブブの巨手がザラザードの細身を鷲掴む。
ザラザードが逃れようと踏ん張るが、びくともしない。ならば能力で反撃しようとするが、その瞬間に握り締める力が増し、痛みでコントロールできない。
その苦痛に喘いでいるザラザードを、ベルゼブブは大きな口を開けて可笑しそうに笑っている。
遊ばれている。
妖王である己が、化物風情に弄ばれている。
そんなことはあってはならない。許してはならない。
魔族の誇りにかけて、この化物は絶対に殺してやる。
「ヒハハハハハハ!」
「ガア■■■■■■■■■■■■■■■■アアアッ!!!」
絶叫を上げる。
ベルゼブブはザラザードの肉体を握り潰し、残った頭部を口の中に放ると、くちゃくちゃと咀嚼した。
ゴクンと飲み下すと、口の周りに付いた血を長い舌で舐め取りながら、
「腐った肉はマズイな。食い損しちまった」
「「…………えぇ」」
妖王を圧殺し、頭部を喰らって咀嚼する。
そんな凄惨な光景を前に、アラベドとユラハはドン引きしていた。
「いつもながら凄い食べっぷりだな」
「はぁ~素敵ですわぁ」
「「…………えぇ」」
詩織と麗華はベルゼブブの戦い方は見慣れているので、反応は軽い。軽いどころか、麗華に至っては恍惚とした表情を浮かべうっとりしている。そんな二人の反応を見て、アラベドとユラハは「なんだこいつら……」とさらに引いていた。
「■■■■カハッ……ハァ……」
魔術によって肉体を復活させたザラザード。
彼の呼吸は荒く、真っ白な顔をが青ざめていた。
それはそうだろう。
不死身の吸血鬼。幾百年も生きてきた彼は、強者と戦い何度も殺されてきた。
その死殺方法は色々とあるが、生きたまま生首を喰われたことなど一度もなかった。
今まで殺されてきた方法の中で、一番恐怖を抱いたかもしれない。
(魔力が減っているのか……?)
自分の身体に起きた異変を察知する。
アラベドの血を取り込んだ莫大な魔力が、ごっそりと抜け落ちている。これは、ベルゼブブに奪われてしまったのか。いや、喰われてしまったのだろうか。
(今……思い出した……アレは、
忘れていた記憶が甦る。
数百年前、ザラザードがまだ若かりし頃。突如魔界に大災害が起きた。
魔族、建造物、植物、海生物、ありとあらゆるモノが喰われてしまう。
それは、一匹の怪物によって起こされた。
十メートルほどの大きさをもつ巨躯。体色は漆黒で、背中に大きな羽が生えていた。顔は悍ましく、虫と竜が合わさったような形をしている。
怪物は、怒声を上げながら目につくモノを全て喰らっていた。
魔族達はその怪物を討伐しようとしたが、誰一人として帰らず怪物の腹の中に納まってしまう。
止まる事のない怪物はやがて人間の国へ向かったが、魔界は未曾有の大飢饉に陥ってしまったのだ。
手を出さず生き延びた魔族達は怪物のことを、こう呼んだ。
全てを喰らう神魔――“喰魔”と。
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