第183話好きなだけ暴れてこい
突如横っ面に拳を叩き込まれ、ドラホンはアラベドの首を絞めていた手を離し、殴られた衝撃でぶっ飛んだ。
宙に放り投げられたアラベドを抱きかかえ、ドラホンを殴り飛ばした者はシュタ……と着地する。
アラベドは、窮地を救ってくれた者の名前を呼ぶ。
「あはは、助けてくれてありがとう、ユラハ」
お礼を告げる主に、遊王軍幹部が一人、ユラハは屈託ない笑顔を浮かべた。
「いえいえ、アラベド様を助けるのは当たり前ですから。それよりアラベド様、ちょっと聞いていいですか?」
「どうぞ」
「ボク、バカだから分からないんですけど、なんでドラホンがアラベド様を殺そうとしていたんですか?慌ててたからついドラホンぶん殴っちゃいましたけど、もし敵を欺く演技とかだったらドラホンに謝らないといけませんよね?あーどうしよ、そうだったら絶対ドラホン怒ってるだろうなぁ」
「ああそれはね――」
「ユラハーー!俺を殴ったのはお前かーー!!?」
立ち上がったドラホンが、邪魔したユラハに激怒する。
尋常ではない彼の怒りっぷりに、ユラハは「あわわ……やっぱり怒ってるよぉぉぉ」と額から冷や汗が沢山出てしまう。
不意に現れたユラハを、スレインは顎に手を添えて怪訝そうに疑問を抱いていた。
(あの小娘は恐らく『破壊王』……情報によると彼女は今さっきまでビスタと戦っていたはず。まさか、ビスタが負けてしまったのか……?)
スレインは自らの能力によって、戦場の情報を入手することができる。
その情報によれば、ユラハは部下である一番隊隊長ビスタと戦っていた。それも、戦況的に見ればビスタが優勢だったはずだ。
邪魔をする者がいないからザラザードに加勢をしたのに、まさかあの不利な状況を覆してこの短時間でビスタに勝利してしまうとは。
(少し誤算でしたが、まぁいいでしょう。力を使い果たした小娘一人来たところで、この状況は覆らない。遊王の死は確実だ)
そんなスレインの考えをぶち壊すかのように、新たに三人の者が空から降ってきた。
「ユラハ、無事か?」
「アキラさん!はい、無事です!この通りアラベド様も無事でした……ってアラベド様、全然無事じゃないじゃないですか??お腹に穴が開いてますよ!!」
空から降りてきたのは影山晃だった。
いや、晃だけではない。佐倉詩織と、彼女の箒に跨っている西園寺麗華もふわりと降りてきた。
「影山、一人で突っ走るなと何度言えば分かるんだ!」
「そうですわ!追いかける方の身にもなって下さいまし!」
「悪い、ついうっかり」
ユラハの元へ新たに現れた三人を、ザラザードとスレインは怪訝そうな眼差しで観察していた。
(なんだあの人間共は……)
(見たことがない……情報にない存在ですねぇ。私達がいるというのに助け来るとは、力に自信があるか……それとも単なるバカか……)
妖王と裏蛇は晃達の事は知らなかったが、アラベドは違った。彼は、晃たちに心当たりがある。
(多分新獣王君かな?二人の女の子は助っ人に来てくれた部下だろう。それにしても獣王君、流石に若すぎじゃないか?あんな少年がキング君に代わって『神狼』を退かせたのだろうか?)
詩織と麗華に怒られている晃を見て、疑問を抱く。
アラベドとしては、もっと青年のような感じをイメージしていた。銀狼騎士団を退かせ、キングとその配下である獣人達が認めた人間。
王となる風格を持ち合わせ、獣人達を導く存在となれば、多少は歳をくっていると思っていた。
だが会ってみれば、まだまだ子供のように思える。この世界の人間として見れば晃は立派な青年なのだが、エルフのアラベドから見たら子供と一緒だった。
信じられない、といった表情を浮かべている主に、ユラハは申し訳なさそうに伝える。
「ごめんなさいアラベド様、すぐにお腹の傷を治療したいんですけど、この状況じゃ難しいかもしれないです……」
瞳を動かして周囲の状況を確認するユラハ。
蛇黒騎士団団長スレインに、姿は若返っているが、保有する魔力量からするとあの魔族は妖王ザラザードで間違いない。それに何故かアラベドを殺そうとしたブチ切れ中のドラホン。
こんなメンツに囲まれては、呑気に回復している間なんてなかった。というか、考え無しに突っ込んでしまったが四天王クラス二人を相手にして、生き残れるかすら怪しい。
今さら恐怖を覚えるユラハに、晃がこう提案する。
「ユラハ、あいつ等は俺に任せてこいつの回復に専念してやれ。サポートは佐倉と麗華に任せるから」
「えっいいんですか!?」
やったーと乗り気なユラハに、詩織と麗華がすぐに「バカ!」と罵って、
「たった今無茶をするなと言ったばかりだろう!?何で君はそう毎度毎度自分だけで解決しようとするんだ!?」
「そうですわ!少しはわたくし達を頼ったらどうなのですの!?」
「だから今回はユラハのサポートを頼んだじゃねーか。それに、お前等の実力じゃ奴等とまともに戦えねーよ」
「「……」」
ぐうの音も出ない彼女達に、晃は安心させるように微笑んで、
「まぁ任せろ。あいつ等なんか俺だけでもどうにかなるさ」
「聞き捨てならんな」
晃の言葉に反応したザラザードは、不愉快そうに口を開いた。
「さっきから聞いておれば、貴様如きが我々三人と渡り合えると思っているのか?たかが人間の小僧が、図に乗るなよ。貴様など、一瞬で殺してくれるわ」
そう告げるザラザードは、地面に付着している血を操り、一本の針を晃の側面から飛ばす。晃はその攻撃に目をやることなく、足下から触手を出して血針を払い除けた。
「……」
「はっ、こんな不意打ちしか出来ねーのかよ。アンタそれでも四天王なのか?」
「貴様……」
「遊王もいることだし、丁度いい。挨拶をしておくか」
そう言うや否や、晃は身体の奥底から王気を放った。
「「――!?」」
重く、深く、濃密な王気。
それを間近で感じた強者達は、顔を驚愕に染める。
(馬鹿な、なんだこの濃密な王気は!?人間の小僧がこれほどの王気を持っている訳などあり得ん!!人間の国王や帝王に匹敵するぞ!!)
(成程……思い出しましたよ。確か『神狼』が全騎士団に注意喚起していました。獣王軍団に加勢する、所属不明の強い人間の少年がいると……彼がそうでしたか。確か名前は――)
(はは、驚いたよ。まさかこんなに凄い王気を持っている少年がいるなんてね。希望が見えてきたぞ、彼なら本当になんとかしてしまうかもしれない)
敵には畏れと絶望を与え、仲間には勇気と希望を与える。
そんな王気を纏う晃は、堂々と自分の名を名乗った。
「新しく獣王になった晃だ。よろしく頼むぜ、先輩方」
「獣王だと?まさか死んだキングの座を着いたのが貴様だというのか」
「ああ」
「ク……クハハハハハハ!!」
突然大きく笑うザラザード。彼は心底可笑しそうに口を開いた。
「まさか獣人の王が人間だとは、笑わずにはおれんだろう。キングが死んで自暴自棄になったのか?まさか人間の小僧を獣王に立てるとは、獣共は身体だけではなく心の牙も抜かれたらしいな」
「……」
「裏蛇、貴様は手を出すなよ。己の身分を弁えず勘違いをしている愚かな人間は、我輩が自ら殺してやろう」
「ええ、ご自由に」
戦意を漲らせるザラザードに、スレインは興味なさそうに告げる。
『おいアキラ、あいつらに勝てる見込みはあンのか?』
不意に、頭の中でベルゼブブが問いかけてくる。
晃は心の中で返答した。
(なきゃ言わーだろ。かなりキツいけど、少し無理すればなんとかいける)
『またアレになンのか』
(まぁな。“解放”だと厳しいだろ)
『そうか。おいアキラ、一つ頼みがある』
(なんだよ……お前が飯以外で頼み事言うなんて珍しいな)
『オレ様に戦わせろ』
(えっ!?)
そう提案してくるベルゼブブに、晃はひどく驚いた。
まさかベルゼブブが戦いたいなんて言ってくるとは思わないだろう。彼は腹が減った時は自分で喰いたいが為に晃の身体を借りることはあるが、こういった重要な戦いは全て静観している。よくて助言をしてくれるまでだろう。
自分から身体を借りて戦いたいなんて言ってきたのは、初めてかもしれない。
動揺が隠しきれない宿主に、ベルゼブブは『ヒハハ!』と嗤って、
『テメェの戦いを見ていたら、オレ様も久しぶりに暴れたくなった』
(はっ、そうかよ。お前もそういう気分になる時もあんのか)
『マぁな』
(分かった、好きなだけ暴れてこい)
ベルゼブブの提案を聞いた晃は、後ろにいる詩織と麗華に伝えておく。
「ベルゼブブと代わるわ。まぁ大人しくしておけば大丈夫だから、あまり気にするな」
「ええ!?ベルゼブブ様と!?」
「そうか。それなら安心だね」
「おいお前等……」
自分よりも信じられているベルゼブブに解せない感情を抱きながら、晃は身体の主従関係をベルゼブブに明け渡す。
その瞬間、彼の姿が変貌した。
肉体からブクブクと黒く濁った粘液が溢れて、全身を覆っていく。
泡立ちながら膨張し、徐々に巨大化していった。
やがて黒い粘液は形を成していき、人型のシルエットに変化する。
「何だ……アレは……」
(変身か……?)
(この禍々しい魔力……まさかっ!?)
突然黒い塊に成り代わっていく晃を、ザラザード達は怪訝そうに眺めていた。
そして、変身を遂げる。
形は人間だが、ソレは決して人間と呼べるものではなかった。
全長が三メートルを越え、筋骨隆々な体躯。
顔は酷く悍ましい。大きく裂けた口から、長い舌が垂れている。目は白色で大きく、昆虫のような形をしていた。ただ目尻が釣り上がっていて一層不気味さが増している。
鼻や耳は無い。それどころか、髪や生殖器や衣服も存在していない。全身が黒く染まっておりシンプルな形だった。
暴食の魔王、ベルゼブブ。
【七つの大罪】スキルの内の一つ。
『暴食』を司る魔王。
「ヒハハハハハハハハハハハ!!」
全てを喰らい尽くす魔王が、高らかに嗤い声を上げたのだった。
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