第179話共に強くなりましょう

 




「……ふぅ、疲れたっすねぇ」


 戦いが終わり、原獣隔世を解いたユラハは、安堵のため息を吐いた。

 そんな彼女の元に、戦いを見守っていた詩織と麗華がやって来る。


「お疲れ様ですわ。見事な戦いでしたわね」

「進化した途端はあっとい間だったね。あんな凄いとっておきがあるのに、何でギリギリまでとっておいてたのさ」


 もっと早くパワーアップしていれば楽に勝てたのではないか。そんな詩織の疑問に、ユラハは「いやぁ……」とこめかみをポリポリと掻きながら、


「ボクの原獣隔世あれの場合、記憶が強すぎて発動している最中は意識がほとんど無いんすよね。折角強い人と戦っているのに意識が無いのは勿体ないですし、勝ったとしても自分の力じゃないみたいなんで、あんまり使いたくはないんすよねぇ」

「贅沢な悩みだね。それほどの力を持っているのに使うのを渋るなんて」

「まあまあ、それがユラハさんの強みでなんでしょう」


 原獣隔世を躊躇った理由を述べると、詩織は腕を納得がいかないようにボヤき、麗華がフォローする。

 そんな彼女達の元に、空から近寄ってくる者がいた。


「おーい皆、無事だったかー」

「影山!?」

「晃!?」


 声をかけてきたのは影山晃だった。

 彼の背中からは蝿のような羽が生えており、それで空を飛んでいるようだった。トンッと地面に着地した晃に、三人が駆け寄る。



「良かった、無事そうだな」

「なんだい影山、助けに来るならもう少し早く来て欲しかったよ」

「詩織の言う通りですわ。貴方がボサットとしている間に、ユラハさんが幹部の一人を倒してしまいましたわ」

「悪い悪い、俺も二人の幹部クラスと戦ってたんだわ。それが結構強くてさ、こっちも大変だったんだぜ」


 軽い感じで晃が言うと、女子三人の表情が驚愕に染まった。

 晃は今なんと言った?

 同時に二人の幹部と戦い、勝ったというのか。ビスタ一人だけでも詩織達じゃ手に負えないほどの強さだったのに、そのレベルを相手を同時に相手をして勝ったというのか。

 晃は今、一体どれほど強くなってしまったのか……。

 詩織と麗華が慄いていると、ユラハは武道家の顔つきで彼に物申す。


「アキラさん、今度ボクと手合わせして頂けませんか」

「おう、いいぜ」

「そういえば影山、君の髪はどうなってしまったんだい?真っ白になっているじゃないか」


 詩織が晃の頭を指して尋ねる。

 彼女の言う通り、茶色がかった晃の黒髪は今、白く染まっていた。いや、白というよりも灰色に近いかもしれない。

 晃は自分の髪を弄り「うお、マジか!?」と驚いて、


「つい最近、スキル解放とはまた別の強化方法を覚えたんだけどよ、それを使ったかもしれないな。まあ時間が経てば元に戻んだろ」


 気楽に言う晃とは違って、詩織と麗華は彼が話した中で気になったことがあった。


「スキル解放とは違う強化方法だって……なんだいそれは、初めて聞いたぞ。早く教えるんだ」

「そうですわ、晃ばかり強くなり過ぎですわよ」

「まあそう慌てんな、後で見せてやるからよ。それよりこれからどうする?」


 この後の行動方針を聞く晃に、麗華が意見を伝える。


「わたくしはクロとセバスチャンの所に向かいたいですわ。セバスチャンから強い敵と戦っていると連絡はありましたが、その後連絡が来なくて……」


 心配そうな表情を浮かべながら言う麗華に、晃は「あーそれなら」と続けて、


「なんかヤバそうだったから助太刀しておいたぜ。もう連絡も繋がるんじゃないか?」

「そう……だったんですの?それは感謝致しますわ」


 晃に礼を言う麗華は、【支配者】スキルの力である配下との念話を使い、セバスチャンに呼びかける。すると、ようやくセバスチャンが応答した。


『申し訳ございません麗華様。少々手強い敵と戦っていたので、返事をする余裕がありませんでした』

『それはもういいですわ。貴方とクロは無事なのね?』

『ええ、晃様に窮地を助けて頂いたので、クロ殿も私も無事でございます』

『なら、早く戻ってきなさい』


 麗華がそう催促すると、セバスチャンは少し間を開けて、


『……申し訳ございません、もう少しお時間を頂けないでしょうか。本来主様を放っておくのは配下としてあってはならない事なのですが、戦士としての彼の気持ちも痛いほどわかるのです』

『……分かりましたわ。でも、出来るだけ早く来なさい』


 セバスチャンの言い方から何かを察した麗華がそう告げると、セバスチャンは『感謝致します』と念話を切った。連絡が終わったようなので、晃「どうだった?」と聞くと、


「二人とも、もう少ししたら来ますわ」

「そっか、じゃあ先に行っちまうか」

「行くって、どこへ?」


 詩織が首を傾げながら問うと、晃は遠くで閃光と爆音が轟く空を指し、


「大将の助太刀に行くんだよ」



 ◇



「ハァ……ハァ……」

「中々手強いですな」

「フン、畜生共にしてはやる方だな」


 原獣隔世したユラハがビスタを圧倒した少し前。

 ブラックウルフキングのクロと吸血執事のセバスチャンは、妖王軍団幹部が一人であるシキシと戦っていた。が、かけ離れた実力差に成す術もなく、倒せるビジョンが浮かばないでいた。。


 クロの持ち味であるスピードも対応されてしまい、かといって影を使って不意を突いても瞬時に反応されてしまう。

 セバスチャンも戦場に流された大量の血を操って様々な攻撃を仕掛けるも、シキシの研鑽された剣技の前では全く通用しない。

 単純に、地力の差が違い過ぎた。


「クロ様、ここは一時撤退すべきでしょう。お気持ちは察しますが、勝ち目の無い戦いに無策で挑むのは愚行の極み。それに我等配下の本懐は麗華様の役に立つことではありませんか」

「……ガルル」


 セバスチャンに説得され、迷いが生じるクロ。

 彼の言うことは至極当然だ。配下であるクロ達の役目は主人である麗華の為に戦うこと。ましてや麗華の魔力が揺らいでいる今、彼女が危機に陥っているかもしれない状況ならば、選択肢は一つしかないだろう。

 クロとてそれくらい分かっている。

 分かってはいるが……っ。


「何やら逃げる算段を企てているようだが、私から逃げられると思っているのか?」

「はっはっは、これはお手厳しい」


 セバスチャンは苦笑いを浮かべるが、逃げるだけならば容易だ。

 クロと麗華は【支配者】スキルによって繋がっており、クロの影の力を使えば一瞬で麗華の影に移動することが出来るのだ。

 出来るのだが、クロがその力を依然として使おうとしていない。そのことにセバスチャンは疑問を抱いた。


(従魔は基本、主人を一番に考える。ましてや麗華様の【支配者】スキルはそこらの隷属魔術とは比べものにならないほど強力であり、その上クロ様と麗華様は強い信頼関係を築いている。なのに何故、クロ様は退かないのでしょうか。それほどまでに、彼の心の中にいる憧憬そんざいが大きいのでしょうか……)


 クロが迷っている原因が、心の中にいる誰かであるとセバスチャンは睨んでいた。そしてその存在は、恐らく影山晃だろう。


『うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 クロは今でも覚えている。

 初めて自分と対峙した時、晃は真っ青な顔で足を震わせていた。

 戦うのが怖くて、死ぬのが怖くて、それでも心を奮い立たせて強者クロに立ち向かってきたのだ。

 それだけではない。晃はいついかなる時も己より強い敵を相手に逃げなかった。いつも死を隣に侍らせながら、文字通り死に物狂いで戦ってきたのだ。


 そして、クロが尊敬する存在は晃だけではなかった。


『クロ殿、共に麗華様の配下として粉骨砕身して参りましょうぞ』


 麗華の配下だった、黒騎士デュラン。

 アウローラ王国ダンジョン25階層の中ボスであり、凄まじい剣技の持ち主であるモンスター。

 彼と過ごした時間は決して多くはないが、それでも配下同士で強い絆はあった。暇があれば、デュランはクロにちょっかいをかけてきた。戦いの最中を助言してきたり、もしかしたらクロにとっても初めての師だったかもしれない。


 そんな彼も、ダンジョン最終階層の階層主、ベヒモスに立ち向かって敗れてしまった。

 麗華から聞いた話では、彼は命を削りながら戦い、活路を開いた。それを聞いた時、クロも決意したのだ。もし己より強敵と戦ったとしても、絶対に逃げずに戦うと。


 そして今、クロは迷っていた。

 危機的状況に陥っているかもしれない麗華を助けに行くか、ここに残って戦うか。頭では前者であると分かっている。だがクロの心の中にいる二人の戦士が訴えかけてくるのだ。


 ――お前はここで逃げるのか?と。


「ガルッ」


 ――否である。


「ほう、どうやら犬っころの方はやる気みたいだぞ」

「クロ様……」


 セバスチャンにもクロの覚悟が伝わってきた。

 麗華を思いながら、それでも戦うことを選んだ。

 執事は心の中で深いため息を吐くと、


「私、意外とそういう熱い展開は嫌いではありません。ならば一刻も早くこの骨屑を倒して麗華様の元に参りましょうぞ」

「ガル!!」


 納得してくれたセバスチャンに礼を告げるクロ。

 彼らのやり取りを、シキシはせせら笑いながら見ていた。


「弱い存在が吠えるほど滑稽なことはない。来い、その身体を二つに切り裂いてやろう」


 シキシが剣を構える。

 一瞬の静寂が訪れ、その静寂を先に打ち破ったのはクロとセバスチャンだった。


「ガルァ!!」

「フン、またそれか。やはり獣は学ばんな」


 クロは身体から四本の触手を生やし、不規則な軌道を描きながらシキシに攻撃する。シキシはまたそれか……と飽いたように触手を斬り払った。その間もクロは跳躍していて、口腔に魔力を溜めていた。


「グルアアアア!!」


 咆哮ブラックハウル

 漆黒の衝撃派がシキシに襲いかかる。いや、僅かに手前の地面に着弾し、砂煙が舞い上がった。


「目くらましか、小細工ばかりだな」

「ブラッドレイン」

「ムッ」


 溜めていた魔力を解放。

 上空に大量の血を浮かばせていたセバスチャンは、血を針のような形にして一斉に降らせた。

 シキシは剣を掲げ回転させ、血雨ちさめを弾く。

 これで片手は封じた。ここが好機。


「ガルァ!」

「ハン、貴様等の考えなど見え透いているわ!」


 血雨と砂煙に紛れて、側面からクロが飛びかかる。

 しかしその動きを読んでいたシキシは、片手で手刀を放ちクロの顔面を貫いた。

 が、クロの身体はドロドロと崩れ落ちてしまう。シキシが貫いたのはクロが作った影の分身だ。


「ナニ!?」


 分身そのわざが初見だったシキシは目を見開く。

 まんまと騙されてしまった。ならば本体はどこへ――、


「ガルァ!!」

「グッ!!」


 クロはシキシの影から飛び出し、彼奴の腹に噛みついた。

 セバスチャンの血で広範囲に影が出来たことで、クロはシキシの影に潜むことが出来たのだ。

 そしてシキシの両手が塞がり、防御不可能の状態で仕掛ける。


「クソ、離れる犬っころ!!」

「ガルル!!」


 クロを引き剥がそうと藻掻くが、クロは身体を殴られようが斬られようが決して離そうとはしなかった。

 が、クロも喰い千切ろうと顎に全力をかけるが牙は僅かに鎧に喰い込んだだけ。シキシが生身の人間だったならば喰い千切れかもしれない。

 しかし魔物に堕ちた彼に痛覚はなく、また耐久力も上がっているので決めきれなかった。


 血の雨が降り注ぐ中、二人の我慢比べが続く。


「ガ……ルァァァァァァァァアアアア!!」

「離れろと言っているだろう!!」

「ガッ……!!」

「クロ様!!」


 例え死んでも離さない。

 心ではそう思っていても、耐え切れず先に離してしまったのはクロの方だった。シキシに斬り飛ばされ、地面に這いつくばるクロ。その肉体は最早死に体と言っても過言ではないほど、深く傷ついていた。

 それでもクロの瞳は死んでおらず、ぐらつきながらも立ち上がる。


「ふぅ……たまりませんな」


 大技を発動し続けたセバスチャンも魔力が尽きかけ、発動を中止する。

 最早打つ手も体力も残っていない。万事休すだった。


「畜生共にしてはてこずらせてくれたな。だが、これが力の差だ」


 剣を構えながら、シキシは満身創痍のクロへ向かう。


「トドメを刺してやろう」

「させませんぞ!」


 セバスチャンが駆けつけ、血の槍を振るう。彼の槍さばきも卓越したものだったが、シキシの剣技には劣ってしまう。五合ほど斬り合ったところで、セバスチャンの右腕が斬り飛ばされてしまう。


「グラァ!!」

「ふん、かかったか」

「いけませぬ、クロ様!!」


 最後の一滴を振り絞り、クロが地を蹴ってシキシに突進した。

 しかし、待ってましたと言わんばかりにシキシは剣を振り上げた。


「死ネ」

「――!?」


 凶刃がクロの眉間に襲いかかる――その時だった。


「俺の仲間に手え出してんじゃねえよ」

「――オゴエ!?」


 横から放たれた黒拳によって、シキシは殴り飛ばされたのだ。


「……」

「……晃殿……でしょうか」

「ああ、そうだよ」


 突然現れ、クロの窮地を横から救った人物。

 セバスチャンが訝し気に問いかけると、晃は軽く頷いた。

 彼が戸惑うのも無理はない。今の晃は普段の姿ではなく、またスキル解放している獣の姿でもなかったからだ。


 顔の半分が蝿になっていて、背には四枚の羽根。膝まで届く漆黒のマントを靡かせ、マントの下から竜の形をした尻尾がはみ出ていた。

 その姿は余りにも禍々しく、魔物よりも凶悪で。

 この世に長く生きてきたセバスチャンでさえ、これほどまでに歪で不気味な存在を目にしたのは初めてだった。


 だが、これだけは分かる。

 今の晃は、最早人間の境地を超えたナニかであると。その身から溢れる王気オーラは、今まで感じたことがないほど絶大であった。


 クロは変わり果てた晃を見て、気を落としてしまう。

 ああ、またかと。自分がライバルだと認めた存在は、また壁を越えてしまったのだと。


「ナンダ、貴様は。どこの者だ」

「言う必要があるか?これから殺すのによ」

「――!?」


 さも当たり前のことのように言いのける晃に、シキシは一瞬驚くが、カカカと嗤って、


「少しはやるようだが粋がるなよ小僧。貴様程度の奴は、数え切れぬほど斬ってきたわ」

「御託はいいわ、時間ねーしな。最初に聞いておくけど、お前は原獣隔世ってやつは出来るのか?出来るならやっておくことをお勧めするぜ」

「ふん、あんなものなくても私は強い」

「ああ、出来ないんだな。じゃあいいや」

「――ッ」


 図星を突かれ呻く。

 シキシは幹部でありながら、原獣隔世を扱えなかった。

 何故なら彼の生前は人間であり、この世を呪いながら死に魔に堕ちたことで魔物と化したのだから。

 が、剣技は英雄時代の時よりも洗練され、肉体は魔物と化したことで魔力も増え耐久力も格段に上昇した。原獣隔世などなくても、十二分に幹部と渡り合えると自負している。


「あんなものなくても、貴様等容易く殺してくれるわ」

「ならやってみろよ」

「――コノッ!!」


 晃の煽りに激怒するシキシは、凄まじい勢いで晃のもとへ疾駆する。

 無防備な彼に、洗練された斬撃を浴びせた。


 しかし――。


「ば、バカなッ!?」

「遅いな、爺さんの方が遥かに速かったぜ」


 シキシが繰り出した渾身の斬撃を、晃は五指で挟み受け止めていた。


 晃は五指に力を入れ、剣の刀身を握り潰す。

 目の前で行われたことに、シキシは信じられないと言葉を失った。

 そんな隙だらけの彼に肉薄し、晃は左アッパーを腹部にぶち込む。


「――ッ!!」

「脆いな」


 つまらそうに呟くと、晃はシキシの顔面を鷲掴む。

 徐々に力を入れ、そして――、


「や、ヤメ――」

「死ね」


 パアンッとシキシの頭が弾け飛んだ。

 絶命したことで呪いが解かれたシキシの肉体は、灰燼となって空に舞い散る。


「「……」」


 自分達が決死の覚悟で挑んだ敵を、一瞬で屠ってしまった晃の背中を眺め、クロとセバスチャンは何とも言いがたい表情を浮かべる。特にクロは衝撃が大きかったのか、耳と尻尾がしおらしく垂れていた。

 そんな彼等のもとに近寄った晃はこう提案する。


「これから麗華達のところに行くが、お前達も一緒に行くか?」

「……」

「申し訳ございません晃様。先に行って貰ってもよろしいでしょうか。少々やることがございますので」

「わかった。あんま無理すんなよ」


 そう言って飛び去っていく晃を眺めながら、セバスチャンは隣で落ち込んでいるクロを励ますように口を開く。


「共に強くなりましょう。せめてあの方の後ろを守れるくらいには……」

「クゥン……」


 従魔達は、共に大きな目標を立てたのであった。

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