第180話王の戦い





 魔王軍四天王が一人、『遊王』アラベドと、もう一人の四天王『妖王』ザラザードの直接対決は、天地を揺るがすほどの大激闘を繰り広げていた。


「ブラッドウエーブ」

「風神の舞」


 地上から大量の血液が大波となって押し寄せてくるが、アラベドは眼前に風の障壁を展開して左右に受け流す。

しかし妖王の攻撃は、この程度では終わらない。


「ブラッドレイン」


 受け流された血液に再度魔力を付加し、アラベドの真上から豪雨を降り注ぐ。

その技は吸血執事のセバスチャンの技と似通っていたが、規模はまるで違った。セバスチャンが文字通り雨粒なのに対して、ザラザードのブラッドレインは一滴一滴が槍の大きさに作られている。

勿論、威力も桁違いだ。


「その薄い膜で受けきれるか?」

「……ふっ、流石にこれじゃあ穴が空いちゃいそうだ」


 試すような言葉を口にする妖王に対し、アラベドは魔術を解いて右腕を掲げる。すると、地面から業風が渦巻いた。


「風神の悪戯」


 その刹那――ゴォオオオオオオオオオッ!!と巨大な竜巻が吹き上がる。

竜巻はアラベドを飲み込み、更に上昇。降り注ぐ槍の血雨を激突し、全てを跳ね除けながら天に突き進んだ。


「やるな」

「なに相殺したつもりになってるんですか、僕の魔術はまだ発動中ですよ」

「ふむ」


 アラベドの言葉通り、空に上がっていった竜巻は弧を描きながら進路を変え、ザラザードを狙って落ちてくる。

あの竜巻に飲み込まれてしまったら、いくら妖王とて無事では済まないだろう。

だがザラザードは、特に顔色を変えることなく魔術を行使した。


「ブラッドエクスプージョン」


 竜巻の進路上に浮いていた少量の血液が、一斉に大爆発を起こす。

その爆発の数は百を超え、爆風によって竜巻を強引に掻き消した。


「やりますね」

「貴様もな」


 大地と空、天地を揺るがす規模の壮絶な戦いに、両軍の兵士達は戦うのを止めて見惚れていた。

というか、避難しなければ巻き添えを喰らって死んでしまう。


「何なんだあの戦いは……」

「四天王の二人が戦うと、こんなすげーことになんのかよっ!?」

「神々の戦いと言っても過言じゃない」

「そうだな……あんなの神様ぐらいにしか出来ねーよ」


 地上で戦士達が信じられない顔で戦いを見つめている中、二人の王も手を止めて会話を始めていた。


「小手調べをいつまで繰り返しても時間の無駄だ。さっさと本気を出せ」

「あれ、いいんですかそんな事言っちゃって?僕が本気出したら、貴方なんて瞬殺ですよ瞬殺」

「ほざけ」

「はぁ~~、これだから年寄りは嫌なんですよ。口を開けば若いもんが先にやるべきだーと煩いことばっかり」


 眉間に皺を寄せるザラザードに、アラベドは「はぁ~~」と長いため息を吐くと、


「しょうがないですね、じゃあ見せてあげますよ。ここ百年誰にも見せていなかった、僕の本気を」


 その刹那だった。

突如天から後光が差し、アラベドの身体を優しく包み込む。

世界から音が消え、誰もが自然と光の方へ顔を向けた。

巨大な魔力が、今解き放たれた。


「原獣隔世――【真妖精オベロン】」


 世界が光輝いた。

その強き光に目を開けていられず、皆が腕で顔を隠す。

やがて光は徐々に収まり、目を開く。

するとそこには、神がいた。


「…………」


 ザラザードは真の姿に変貌したアラベドを見て、押し黙る。

法衣を着ていたアラベドの身体は、真白のころも一枚に包まれていた。

頭の上には草の王冠が乗っていて、黄金の髪は足まで伸びている。

瞳は空を宿し、背中からは虹色に輝く蝶の羽が四枚生えていた。


 美しく、神々しい。


 その姿は、誰がどう見ても神そのものだった。

いや、姿だけではなく纏う雰囲気も神聖で、つい祈りを捧げてしまいたくなってしまう。現に、敵味方問わずこうべを垂れている者も少なくなかった。


 真の姿を解き放ったアラベドが、静かに口を開く。


「エルフの真祖は神だったと言われています。そして神と妖精が交じり合い、僕等ぼくらが生まれた。どうですザラザードさん、今の僕を見てもまだ強がりを言えますか?」

「いや……まさかここまで記憶の奥に辿り着いているとは思わなかった。率直に言おう、今の我では勝つ可能性は皆無だ。ならば、こちらも真の力を解放するしかあるまい」

「やけに素直じゃないですか。どうぞ、僕も待っていて上げますよ」


 アラベドが手の平を見せて促すと、ザラザードの魔力が膨れ上がる。

すると、今まで快晴だったはずが突然暗雲が垂れ込んできた。

周囲の気温もぐんぐん下がり、身体が震えてくる。

完全に空が闇に覆われた時、ザラザードは記憶の扉を開けた。


「原獣隔世――【吸血真祖ザ・ファースト】」


 その瞬間、彼の外見が全て若返った。

煌めく銀髪、鋭い犬歯、瞳は鮮血、肌は青白く皺が消えている。

背に生えた蝙蝠の翼はさらに巨大化し、頭からは二本の角が生え。

体格は縮小されスマートになっているが、内包する魔力量は桁違いに増幅されていた。

青年の姿に変貌したザラザードは、その見た目に相応しくない厳かな声音で話し出す。


「吸血鬼は他者と交じ合わない。首筋に歯を突き立て、己の血を分け与え、適合したものだけが吸血鬼の眷属となる。従って、下に行けば行くほどその血は薄まってしまう」


 ザラザードは「だが」と続けて、


「だが、稀に血が濃くなる場合もある。それは、始祖の血との適合率が高い者だ。それが我である。邪神の血を啜り、始まりの吸血鬼となった始祖の力、貴様に見せてやろう」

「へえ、若返ったら気も強くなるんですね」

「そうだな。貴様の戯言も、今は気にも留めん」


「「…………」」



 刹那――、両者が動いた。



 拳が重なり、雷鳴が轟く。

そのまま瞬速の殴り合いを数回した後、アラベドが目の前にいるザラザードへ「ふっ」と吐息を吹きかけた。

ただの吐息が、暴風となって妖王に襲い掛かる。

この距離で避けるのは不可能。アラベドの予想通り暴風はザラザードに直撃し、身体は跡形もなくなったが、全くと言っていいほど手応えはなかった。


「――そっちですね」

「よく気付いた」


 背後から感じた魔力の気配にアラベドが咄嗟に振り返ると、ザラザードが血で形成された剣を振るってきた。

アラベドは右手に風を纏って真正面から剣を受け止める。

が、背後にも微弱な魔力反応があるのを感じて視線をやれば、もう一人のザラザードが剣を振りかぶっていた。


「――ッ!!」


 血剣が突き刺さる寸前、アラベドは羽をはばたかせ暴風を生み出し、もう一人のザラザードを吹っ飛ばす。目の前のザラザードも風で薙ぎ払った後、周囲を見渡した。


(分身……?いや、そんな生易しいものじゃないか)


 いつの間にか、アラベドの視界はザラザードで埋め尽くされていた。

恐らく数は百を超え、千近くはいるだろう。

その分身は、ザラザードの血を媒介にして作られていると遊王は判断していた。


(この分身一体だけでも、上級の魔物を簡単に殺れそうだ。怖い恐い)

「「「死ね」」」


 全てのザラザードがそう告げた後、血剣を携えた分身が一斉に突撃してくる。

アラベドは馬鹿にするように鼻で笑うと、膨大な魔力を解放した。


「分身如きで僕をどうにか出来ると考えているなら、少し調子に乗ってませんか?“風神の怒号”」


 刹那、アラベドを中心として全方位に風の衝撃波が放たれる。

突っ込んでいたザラザードの分身は次々と消滅し、一瞬で全滅してしまった。


「“風神の鉄槌”」


 間髪入れず、アラベドは強力な技を繰り出す。

右手を掲げ、風を集約し、二メートルの風玉を作り出して後、上を見上げた。

視線の先には、遥か上空でこちらを見下しているザラザードの姿があった。


「本当に人を見下すのが好きな人ですね、貴方は」


 アラベドは羽を動かし上昇する。

凄まじい速さでこちらに向かってくるアラベドに対し、ザラザードは大量の血液を集め巨大な槍を作った。

巨大な槍に螺旋回転を加え、上がってくるアラベドへ突き出す。

対しアラベド、右手にある風玉を血槍にぶつけた。


 ――ズッッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!


 風玉と血槍が衝突し、鼓膜が破けそうな暴音が響き渡る。

渦巻く風玉と回転する血槍は、削り合いながら前に突き進もうとする。

両者一歩も引かず暫く拮抗していたが、徐々に風玉が血槍を喰い始めた。先端が削れていき、少しずつアラベドが上に進んでいく。


「舐めるなァ!!」


 血管が浮き出るほど力を加え、さらに魔力を増幅させるザラザード。

だがそれでもアラベドの風玉に押されてしまい、勢いに負けた血槍は瞬く間に薙ぎ払われた。

遮る物がなくなり、ザラザードは風玉に触れてしまう。その瞬間、彼は風玉に吸い込まれてしまった。膨大な風を凝縮した風玉の中に閉じ込められ、身体を強引に捩じ曲げられる。


「――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 風の檻に閉じ込められてその身を砕かれる激痛に、妖王が初めて悲鳴を上げた。

しかし遊王は容赦なく攻め立てる。

右手をギュッと握り閉めると、パンッと風玉がザラザードの肉体ごと弾け飛んだ。

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