第178話ニャア
――ユラハの身体が強く光輝いた。
記憶の扉を開け、その姿を真なる獣へと変貌させていく。
しかし、彼女は獣にならなかった。頭部に猫耳、また尻尾が生え、髪は長く伸び白雪のように染まる。
原獣隔世したが、人の形を残している。
何故か?
それは彼女の祖先が、猫神だからだ。
「ふん、原獣隔世したか。今さらそんな事をした所で僕の敵ではない。そうだろう?エリー」
「ええそうよ、ビスタ。早く終わらせましょう」
ビスタとエリーが魔力を高める。
攻撃態勢を整えている彼等に対し、姿を変えたユラハはボーッと視線を彷徨わせていた。戦おうという気配すら皆無だ。
「ふざけているのか?まぁいい、殺れ」
騎士がユラハへ疾駆し、鋭い斬撃を見舞わせる。
ユラハは回避する素振りもなく斬撃を受け、斬り飛ばされてさまった。間髪入れずに三番が追撃。魔力を練り、最大火力の魔術を放出した。
「
地獄の業火がユラハを焼き尽くす。
これも彼女は避ける事なく、黒い業炎の中に容易く包まれてしまった。
魔導士の魔術が直撃した事で、勝敗は決したと確信したビスタは、エリーに声をかける。
「終わったよエリー、来てくれてありがとう。次に会うのは当分先だろうけど、それまで我慢してくれ」
「……まだよビスタ、まだ終わっていない」
険しい表情でそう言うエリーに、ビスタは馬鹿なと困惑し、業炎に視線を向ける。
そんな馬鹿な、あの炎の中でまだ生きているのか?
ビスタが三番に魔術の発動を解除を言い渡すと、パッと炎が消え去った。その中には、プシューと焼け焦げたユラハの姿があった。
ほら、もう死んでいるじゃないか。エリーは心配しょうなんだよ。
胸中でそう吐くビスタだったが、反応が無かったユラハの指先がピクリと動く。
そして――
「ニャア」
金色の瞳が大きく開かれ、にィと口角が限界まで吊り上がった。
その表情はまるで猫が
その瞬間――ユラハの姿が消え去り、凄まじい衝撃が側面から襲いかかる。
「おごッ!!」
横から殴り飛ばされた。
内臓が損傷し吐血する。
魔導士の魔力障壁を張っていてこのダメージだ。もし障壁を張っていなかったら……と最悪な展開を想像したビスタは、その想像を振り払って直ぐに状況を確認する。
エリーを守るように騎士がユラハに攻撃を仕掛けているが、猫の
「おいビスタ、ボヤっとしてんじゃねえぞ!早く魔力糸を繋げやがれ、このままじゃ持たねえぞ!」
「分かってる!人形如きが僕に指図するんじゃない!!」
ユラハの不意打ちによって糸が切断されてしまい、魔力供給が出来なくなってしまった。気まぐれな彼女が“まだ遊んでいる”間に魔力糸を繋げなければと騎士が慌てて催促すると、
「三番!!」
「分かっとるわいっ」
険しい顔のエリーが命令すると、魔導士が両手を掲げる。
騎士が時間を稼いだお蔭で魔力は十全に練ることが出来た。次の攻撃で絶対なる死を与えよう。
ユラハを中心に、地面から十字架が出現する。四方に現れた十字架から鎖が伸び、ユラハの身体を雁字搦めに捕らえた。
「ニャ?」
身動きを封じられ首を掲げるユラハは、鎖から抜け出そうと身を捩る。
鎖を解かれ逃げられる前に、魔導士は必殺の魔術を発動した。
「
ユラハの頭上に、巨大な鎌を携える死神が現れた。
禁呪魔術、死神の処刑。
疑似的な死神を召喚し、対象となる生物の魂を刈り取る最凶の魔術。
生前、魔導士は愛する妻を蘇生させるべくあらゆる知識を蓄えていた。その過程で、死に関する魔術を調べ上げていた時に偶然辿り着いたのがこの魔術だった。
しかしこの魔術は余りにも危険であり、当時の王によって魔導士は処刑されてしまい、死神の処刑は禁呪扱いとなってしまった。
対象の生物がどれだけ頑丈だろうが関係ない。
この魔術は生物の魂に直接干渉するので、防ぐことは絶対に不可能。
故に必殺。
「※※※※※」
死神の口から言葉ではない濁音が漏れると同時に、その鎌がユラハの首に目掛けて振り下ろされた。
「ニャ?」
「……ば、馬鹿な!?」
魔導士の顔が驚愕に染まる。
鎌の切っ先は首を切り落とすことなく、その寸前で止まっていた。必殺の一撃が防がれたことで、ビスタ陣営の全員が狼狽する。それほど、死神の処刑の威力は絶対の自信があったのだ。
では何故、肉体を介さず直接精神に干渉する魔術が防がれてしまったのか。
その理由は、ユラハが纏っている“闘気”によるもだった。
闘気とは、魔力とは全くの別物であり、精神力や生命力を媒体とする力である。どちらかといえば、帝国戦士が扱う『闘神招来』に近い技法だろう。
人間ですら、この闘気を扱える者の数は少ない。人より遥かに魔力量が長けた魔族は使う必要がなく存在自体知らないだろう。
ならどうして魔族のユラハが闘気を扱えるのか。
それはとある人間の武人が武者修行のため魔界にやって来たからだった。偶然ユラハは武人と手合わせすることになり、手も足も出ず敗北を喫した。その時彼女は武人を師匠とし、闘気の扱い方を伝授して貰ったのだ。
死神の処刑が止められた理由を、闘気によるものだと判断した魔導士は、それでも解せないとこの事実を否定する。
(いくら闘気であっても、エネルギー量で勝れば貫き通せるはずだ。儂本来の魔力ではなく、ビスタの魔力を借りてはいると言えども、発動したこの魔術の威力よりも上を取っているとは思えんぞ)
確かに、素のユラハだったならば闘気が耐えられず魂を断ち切られてしまっていただろう。だが原獣隔世し、猫の化神と化したユラハの生命力は、禁呪の魔力を遥かに超えていたのだ。
「ニャ……ニャァァァァアアアアアアア!!」
いい加減拘束されるのを嫌がったユラハは、力ずくで鎖を打ち破る。
そして自分を捕まえた三番を標的にし、大地を蹴り上げた。
「させるかよ!」
攻撃を阻止するべく、騎士が横から斬りかかる。しかしユラハはそこから更に加速し、騎士が放った斬撃を置き去りにして、風を切るように突き進んだ。
そして――、
「ニャア!」
渾身の拳撃を魔導士に打ち込む。
魔導士は咄嗟に障壁を張るも、紙切れの如く容易に破壊されてしまい、胸に拳打を受けてしまった。着弾した刹那、衝撃波に飲み込まれ、魔導士の肉体は粉々に消滅する。
「……これ……までか」
「爺さん!?……くっそが!!」
消えていく魔導士を横目に、騎士は神速の斬撃、“空斬り”をユラハに放つ。
だがユラハに片手で受け止められ、剣先は頭の上で止まってしまう。
「ぐっ!!」
「ニャニャ!」
ユラハは五指に力を入れ剣を握り潰すと、回し蹴りを騎士の側頭部に喰らわせる。騎士の頭は蹴り球のように吹っ飛び、
「馬鹿な……二番と三番が一瞬で破壊されただと……」
切り札が木端微塵に粉砕され、驚愕の表情でユラハを見つめるビスタ。
強敵を幾度も屠ってきた自慢の二体が、ただのパンチとキックで破壊されてしまう。そんな信じられないことが目の前で起こってしまった。
「ニャー」
「ひっ!」
ユラハの獣の眼光がビスタを捉える。
味わったことのない恐怖を覚え、蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまう。
【破壊王】の名は、伊達ではなかった。
「逃げてビスタ、今の貴方じゃアレには勝てないわ。私が時間を稼ぐから、貴方だけでも逃げて」
「何を言っているんだ……エリーを置いていける訳ないじゃないのか」
「いいのよ、私は所詮人形だもの。貴方が生きている限り、また会えるわ」
優しく微笑んだエリーは、ビスタを守るように前に出た。
「さあ、行って!」
「ニャア」
今度の遊び相手はお前か。
そう言わんばかりに楽しそうな顔を浮かべるユラハは、大地を蹴ってエリーに接近。拳を弓引き、打ち込んだ。
「――がはっ」
「ビスタ……貴方、何で……」
ビスタの口から大量の血が吐き出された。
背中から胸にかけて拳が貫通しており、助からない致命傷を負う。
彼は、エリーを庇ったのだ。
「ニャ?」
突然現れたビスタを不思議に思い、ユラハは勢いよく拳を引き抜いた。
鮮血が舞い、ビスタの足がふらつく。だが彼は倒れることなく、焦点が定まっていない瞳でエリーを見つめた。
「ああ……無事でよかった……」
「どうして……人形の私なんかをっ……」
ビスタは掠れた声で、
「例え人形でも……君を傷つけさせたく、なかったんだ」
「ビスタ……!!」
エリーがぎゅっとビスタを抱きしめる。
彼女のぬくもりを感じたビスタは、心地良さそうに表情を緩ませ、静かに逝く。彼の魔力が途切れたことで、エリーの身体も灰となって空に舞うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます