第177話 流石わたくしの晃ですわ
号令と共に二番と三番が行動を開始する。
騎士は地を跳ね、腰に下げている鞘から長剣を抜刀。魔導士は魔力を練り上げ、自分の周りに火球を出現させる。
「オラァ!」
「フンッ」
二番の袈裟斬りに、ユラハは真正面から左腕で受け止める。さっきまでの状態ならば腕を簡単に斬り落とされていただろう。しかし魔力による強化膜を施すことで、ユラハの両腕は格段に防御力が上がっていた。
斬り落とすつもりで放った会心の一撃が容易に受け止められ、二番の表情が驚きに染まる。
「冗談キツいぜ、軽々と防ぐんじゃねえよ」
「巻き添え喰いたくなかったら退くんじゃな」
「あいよ」
ニ番が後退した刹那、三番が放った六つの火球が襲いかかる。
ユラハはフッと短い息を吐くと、飛来する火球を全て殴り飛ばした。
「なんと」
ドンドンドンッと、弾かれた火球が次々と大爆発を起こす。三番が放った火球は、一つ一つが上級の魔物を屠れる威力を誇っている。それを糸も容易く受け流すとは……と三番も目を見開いていると、ユラハの総身が忽然と消失した。
(――速い)
「ハイィィ!!」
ビスタの背中側に一瞬で周り込んだユラハが、渾身の回し蹴りを放つ。が、踵がビスタのこめかみに当たる直前、三番が張った障壁に阻まれてしまった。
眼前にあるユラハの足を睥睨しながら、ビスタが怒りを乗せた言葉を放つ。
「何をやっている二番、こいつを僕に近付けるな」
「あいよ!」
返事と同時に剣が振り下ろされる。ユラハは上げていた足を下げ回避するが、間髪入れずに斬撃の嵐が襲いかかってきた。
「オラオラオラオラァア!!」
「フゥーーー」
集中力を限界まで引き上げ、神速の剣戟を一つ残らず受け流す。これだけの攻撃を去なす事も神業ではあるが、このままでは防戦一方で反撃に転じられない。
斬撃の威力、速さ、狙い所。
この騎士、ユラハが戦った中でも一番の剣士だ。その上一人だけでも厄介なのに、まだ化物が一人。
「ほれ、足下がおるすじゃぞ」
「――ッ!?」
魔導士が発動した魔術によって、ユラハが立っている地面が突然泥に変わり、体制が崩れてしまう。その状態で騎士の連撃を去なす事は不可能になり、肩と脇腹と太腿を斬られてしまった。
「クッ……」
傷は浅い。が、このままでは殺られる。
強引にこの場から退いたユラハだったが、二番は息つく間を潰すように仕掛けてくる。
「天剣――“空斬り”!!」
「覇王拳!!」
煌めく斬撃、迸る拳撃。
互いの最大技を放つも、力は拮抗している。いや、僅かにユラハの拳が押しているか。
「マッジかよ!?」
「ハァァァァァァァアアアアア!!」
「全く、世話が焼けるの」
もう少しで押し切れるという場面で、三番が介入する。重力魔術によってユラハを地面に押し潰し、隙を作った。
「クッソ!?」
「サンキュー爺さん!!」
「――ガハッ!!」
邪魔が入ったことでユラハの拳は強引に下げられ、その隙を突かれて斬撃を浴びてしまう。
斬撃波に呑み込まれ、地面に跡を残しながら吹っ飛ばされ、岩壁に激突しようやく止まった。
「ご苦労、流石だね」
「少しは溜飲も下がったかしら」
「まぁね」
ビスタが二番を労うと、エリーが機嫌を窺うように尋ねる。彼の表情が少し柔らかくなっていたので、多少気は晴れたのだろう。
マスター達の会話を横耳に、魔導士が騎士に問いかけた。
「やったのか?」
「いいや、仕留めきれてねぇ。避けられないと判断して、咄嗟に魔力を防御に回しやがった。かなりダメージを与えたが、立ってくると思うぜ」
騎士が告げた通り、地に伏していたユラハが少しずつ立ち上った。頭から血を流し、左肩から右腹にかけて大きな斬傷が出来ている。命に別状は無いが、戦うには満身創痍。
「まだ立つか、いい加減ウザいよ。二番、トドメを刺してこい」
「へーい」
「三番もサポートをお願いね。死にそうな鼠は何をしてくるか分からないから」
「わかっとる」
次で確実に殺す気でいるビスタ達に、ユラハは胸中で苦笑いをする。
(しくじったっす……一体なら何とか出来たけど、流石にあのレベルが二体だと厳しいっす。さてどうすっすかね、原獣覚醒するにしても、“タメ”が必要ですし……勿論奴等は待ってくれないだろうし……そもそも原獣覚醒したくないんすよねぇ)
頭の中で必死に活路を探すユラハ。
しかしどこにも見つからず、焦りばかりが募る。
騎士と魔導士がトドメを刺そうとした刹那、その場にいる全員の動作が止まる。
(何だこのッ……心臓を鷲掴みされているようなプレッシャーは!!?)
「どうしたのビスタ、しっかりして!?」
マスターの異変にエリーが慌てて声をかける。しかし、ビスタの顔は真っ青になっており、彼女の声は届いていない。
このままではマズい、隙を突かれて反撃されてしまう。そう懸念してユラハを確認するも、どうやら彼女も“何か”に怯えているようだ。
いや、ビスタやユラハだけではない。
騎士と魔導士さえも酷く動揺している。訳が分からず狼狽えていると、突然背後から閃光が瞬いた。
――ォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
世界が悲鳴を上げるかのような激しい音が鳴り響くと共に、後方で黒い極光の柱が空へと登る。
バッと全員が一斉に振り向いた。なんという巨大なエネルギーだろうか。これ程のエネルギーの拡散、今まで体感した事がない。それになんだ、この畏れは?
これだけ離れているのにも関わらず、背中を這う悍ましい気配。絶対的な格上の存在と相対し、身体と心が折れ、自ら平伏してしまう力。
ビスタはこの現象を生み出す存在を一人だけ知っている。
帝国、帝王ガリウス三世。
其の人から放たれる『王気』は、全ての種族を絶望させる。
(馬鹿な!?ガリウス様は今魔王と戦っていると聞いたぞ。この場には居ない筈だ!!……じゃあ、この王気は誰が放っていると言うんだ!?)
ビスタが狼狽える中、ユラハの戦いを見守っていた詩織と麗華も、この王気を感じ取っていた。
「詩織……」
「ああ、分かっている。これは影山の王気だ」
「やっぱりそうですわよね。晃ったら、また一段と強くなりましたわね。流石わたくしの晃ですわ」
「おい」
詩織と麗華は、この王気の発生源は晃のものと判断したようだ。恐らくこの場にいる彼女達だけは、王気による畏れを感じていないだろう。逆に、やる気が漲ってくるようだ。
やがて極光は消え、王気の波動も収まる。
冷や汗をかいたビスタは、気を取り直してユラハに向き直った。マスターが正気を取り戻し、エリーは安堵する。
「もう大丈夫そう?」
「ああ、ごめんよエリー。大丈夫だ、さっさと終わらせてしまおう」
改めてビスタがユラハに意識を向ける。
が、ふと違和感を抱く。ユラハの身体から、シューと湯気が噴き出ていた。
最後の悪足掻きか?と警戒していると、湯気の中からユラハの声が聞こえてくる。
「どこのどなたか知らないっすけど、時間をくれて本当助かったっす。これで間に合いました」
湯気が晴れていく。
ユラハの身体が、紅く染まっていた。
「いくっすよ。原獣覚醒――【真猫神】」
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