第176話 人形が喋ったっす

 




「あれ、こんなもんですか?」

「図に乗るなよ」


 ユラハが親指で鼻頭を擦りながら小馬鹿にするように煽ると、ビスタの額に青筋が浮かび上がった。


「傀儡掌」

「オヨ?」


 魔力糸を直接ユラハの四肢に絡み付かせ自由を奪う。今度の糸は上級ドラゴンでさえピクリとも動けない強度だ。更に絡めた対象から魔力を吸収してしまう。

 後はじっくりと料理してやろう。

 というビスタの作戦は、ユラハの力技によって瞬時に塗り潰された。


「へぇ、結構硬いんですね。でも捕まえたという考えは、こちらにも当てはまるんですよ」

「ふん、見苦しい強がりはやめたまえ」

「ハイヤァァァアアアアアアアアアア!!」


 咆哮、脚震。

 ズンッとユラハを中心に地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、大きく揺れ出す。彼女は魔力糸に身体を縛られながらも、地を踏み抜きその場から強引に動き出す。


「――っぉおおおおおお!?」


 グルグルと円を書くように走り出し、徐々に加速。尋常じゃない速度で疾駆するユラハに引っ張られ、遠心力によってビスタの身体が宙を舞う。止めようとしても止められない。


 ならばと魔力糸を解こうとするのだが何故か解けない。恐らくユラハが魔力糸に干渉し、解けないようにしているのだろう。吸収能力を付加したのが仇になってしまった。

 振り回される身体は兵士達を巻き込み、岩壁に衝突し、ビスタの肉体が悲鳴を上げた。


「ヨイショーーー!!」

「ぉぐっ!?」


 走っていたユラハが突然真上に跳躍。

 それに引っ張られ、ビスタの身体が^の字に折れ曲がりながら追い掛ける。

 制動したユラハはクルリと反転し、拳を弓引いた。


「エ、エリー!!」


 アレを直接喰らったらマズい。

 ビスタは咄嗟に女子人形エリーを己の前に出し、防御を図る。

 そんなものは関係ないと言わんばかりに、ユラハは小さな拳を突き出した。



「覇王拳」



 放たれる正拳はエリーの両腕を後も容易く粉砕し、腹部を打ち抜く。

 ビスタはエリーに押し潰されながら勢い良く地面に落下。轟音と共に地面と衝突すると奥深くまで身体が埋まり、周囲の地面はバラバラに割れゴムボールのように飛び散った。


「ふぅ、手応え有りっす」


 近くに降り立ったユラハが手の甲で額の汗を拭い取る。その姿だけ見ればか弱いスポーツ少女であり、とても周囲の地形を破壊し尽くした存在とは思えない。


 そんな化物ユラハを遠くで見守っていた詩織と麗華の表情も驚いに満ちていた。


「ユラハさんって、あんなに強かったんですのね……驚きですわ」

「クソ野郎が喋ってのたを聴いていたんだが、どうやらユラハ君は遊王軍の幹部らしいね。どうりで強いわけだ。それに今考えてみれば、彼女は応援要請の為にたった一人で獣王軍団の基地まで来たんだよな。この魔界の荒野の中を」


 初対面では馬鹿丸出しで、アラベドの巫山戯た手紙も合わさり碌でも無さそうな奴と思っていた。

 だがそんな考えは良い今の一幕で一変する。

 ユラハは単なる馬鹿ではなく、超強い馬鹿だった。


「これなら勝てそうですわね」

「いや……そう上手くはいかないだろう。影山の話では、隊長や幹部クラスは僕等のスキル解放のように特有の強化方法があるらしいからね。クソ野郎も舐めプしてまだそれらしい強化は見せていないだろうし、本当の勝負はここからだろう」


 詩織の推測通り、ビスタはまだ倒れていなかった。肌が荒れ、髪は乱れ、外見はボロクズ。幽鬼のようにクレーターの中から這い出てきたビスタの瞳には、深い憤怒の色が渦巻いている。


 立ち上がり、ユラハを捉えたビスタの口から骨が響き渡るような怒号が放たれた。


「よくもやりやがったなクソガキャー!!俺の美しい顔を傷つけやがって、絶対に許さねぇぞ。テメェの身体を隅々まで分解してゴブリンの腹の中にぶち込んでやるからな!!」


 優雅とはかけ離れた荒い口調で捲し立てるビスタの魔力が、突然大きく膨れ上がった。



「闘神招来――【歴流ヘル】」



 刹那、ビスタの姿が一変する。

 黒光に包まれた彼は骨の鎧を身に纏い、漆黒のマントを羽織っている。

 そして隣にはエリーが控えているのだが、彼女の姿もより変わっていた。巨大な上半身ではなく、ビスタよりも頭二つ小さい少女。

 所謂ゴスロリ服を着ているエリーは人形には見えず、まるで本当に生きている少女のような不気味さが醸し出されている。


「あらビスタ、またワタシを呼んだノ?最近多いわね、そんなに厳しい戦いが多いノかしら?」

「起こしてごめんよエリー。君の力を借りたいんだ、あの女を殺す為にね」


 エリーがビスタの肩に優しく触れながら問いかける。そのやり取りにビスタが介入している様子はなく、エリーが自分で動いて話しているように見えた。

 それはまるで、人形に魂が宿ったような異質な光景。


「人形が喋ったっす。いよいよ気持ち悪いっすねぇ」


 一人でに喋る人形エリーにユラハが強い嫌悪感を抱いていると、エリーの無機質な瞳がユラハに向けられた。


「ビスタの言う通りね。あのおバカ丸出しの女、視界に入るだけで苛立つわ。そうね、二番と三番は持ってきてる?」

「ああ、勿論だとも」


 首肯するビスタがパチンと指を鳴らす。

 すると、突然空から二つの棺桶が降り落ちてきた。ギギギギ……と耳障りな音を鳴らしながら蓋が開かれると、中には人間が入っていた。

 死体なのか人形なのか定かではないが、兎に角二人の人間は安らかに眠っている。だがそれらは突如瞼を開けると、棺桶の中からゆらりと這い出てきた。


「まーた呼び出されたのか。おいビスタよ、お前良い加減俺を解放してくれよ」

「むぅ、儂も同意見じゃ。こんな老ぼれを酷使するなんて罰があたるわい」


 喋った。

 白銀の鎧を纏った金髪の青年と、魔導師の衣服を纏った老人が、気怠そうに口を開いた。

 彼等の正体は不明だが、死んでいる事は確かだ。

 では何故肉体は朽ちず意識があるのか。

 その謎は、【闘神招来】したビスタの能力によるもの。


 体が朽ちていない理由は、二人の身体が既に人形へと代えられているからだ。スペックは生前とまではいかないが、最高級の素材を使っているので全盛期に近い状態まで仕上がっている。


 では何故、人形に意識が宿っているのか。

 それは【闘神招来】したビスタが、反魂の魔術を用いて彼等の魂を常世から無理矢理引っ張りだし、人形に魂を宿したからである。


「ムッ……この二人、只ならぬ気配を漂わせてますね」


 青年と老人から無造作に溢れ出る圧力に、ユラハが警戒し構える。ここで初めて人形達がユラハの存在に注視し、「ほう……」と勝気な笑みを溢した。


「こやつ、ちんまいなりな癖に相当な手練れじゃの。成る程成る程、小僧が儂らを呼ぶ理由が納得したわい」

「だな。この時代にも優秀な戦士はいるって事か。良いことだ」

「二番三番、お喋りはそこまででいいかな?僕は早くあの女を殺したいんだ」


 ビスタは青年を二番、老人を三番と呼んだ。

 二番と三番は顔を見合わせ、かなりご立腹な主人マスターの態度にやらやれとため息を吐く。


「エリー、僕は二番に付く。君はいつも通り三番を頼むよ」

「分かった、任せて」


 ビスタがお願いすると、二人は十指から魔力糸を二番と三番の身体に繋げる。

 これで準備は整った。後はユラハに苦痛と死を与えよう。


「行け」

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