第175話うっす!

 



 力尽きた獲物を前に舌舐めずるビスタは、魔力糸によって麗華の身体に付着させ制御を乗っ取る。

 自分の身体が言う事が効かずモガく麗華だがビクともしない。


「くっ、この!離しなさい!!」

「さぁさぁさぁ、僕を楽しませておくれ!」

「や……めなさい、わたくしに何をさせようと言うのですの!?」


 麗華の身体が勝手に動いた。

 戦場に落ちている長剣を拾い、ぎこちない動きで詩織の元へ向かっていく。

 そして詩織もまた、ビスタの魔力糸に操られ両手を広げた無防備な状態になってしまった。


 これからされる被虐な行為を想像してしまった麗華は、絶叫を叫びながら抗おうとする。


「ぁ……が、ぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!」

「無駄無駄、いくら頑張った所で僕の操術からは逃れられないよ」


 必死の抵抗も虚しく、麗華は剣を持ったまま詩織の眼前にたどり着いてしまった。


 ――そして、


「ぅぐ!!」

「詩織!!」


 麗華が握っている剣が突き出され、詩織の脇腹を突き刺す。鋭い斬痛に頭がおかしくなりそうだが、詩織は悲鳴は上げまいと唇を噛んで我慢した。

 悲鳴が聞こえてこない事に、ビスタは不満気にう〜んと首を捻る。


「それじゃあ面白くないじゃないか。よし、それならどこまで耐えれるか我慢比べといこうじゃないか」


 下卑た笑みを浮かべるビスタがパチンも指を鳴らす。

 すると麗華の身体が詩織の太腿に剣を突き刺すと、グリリと捩った。


「ぁ、が、ぁぁ、ぐ!……ぁぁ!!」

「詩織!詩織ぃぃいい!!」


 目の前で苦悶の表情を浮かべる詩織へ、麗華が必死に声をかける。だが詩織は今にも意識が飛びそうになっていて、麗華の声は半ば聴こえていない。意識を絶たないよう強く噛んでいる唇からは、目を逸らしたくなるほどの血が流れている。


 苦痛を味わっている彼女達の反応に満足したのか、ビスタの口尻が弧を描く。

 そんな外道な行いに、遊王軍団の兵士が雄叫びを上げながら飛びかかった。


「テメェクソヤロウ!女をイタぶって笑うとは男の風上にもおけねーなぁ!!」

「その腐った性根を叩き折ってやらぁ!!」

「ほう……僕の魔力糸を力ずくで破いたのか。やるじゃないかと褒めてあげたい所だけど、今イイ所なんだ、邪魔をしないでくれ。エリー」


 ビスタが腕を交差すると、巨大人形エリーの腕が伸びて向かってくる遊王軍団の兵士達を捕まえる。

 更に手の平から棘を出し、兵士の身体を串刺しにした。


「「グゥァァアアアアアアアアアアッ!!」」

「君達の汚い濁声だみごえなんて耳にしたくないんだ。消えておくれ」


 エリーが兵士達を後ろに放り投げる。

 邪魔者を排除したビスタは、再び詩織と麗華に注意を向けた。


「やぁ、待たせてごめんね。今度こそ美しい最後を飾ろうか」


 そう言って、ビスタは麗華の身体を操る。

 今度は腹や足などではなく、剣先は心臓を狙っていた。


「くっ……ぐっ……ぁあ!!」


 必死に抵抗する麗華。

 彼女の腕の血管が弾け、鮮血が飛び散る。

 絶対に、絶対にやらせるものか。

 自分の手で友を殺すなどあってはならない。

 あっていい筈がないのだ。


 しかし、麗華の思いを踏み躙るかのように、剣先は少しずつ詩織の胸へ誘われ、


「麗華、もういい。君の腕がもたない」

「わたくしの腕なんてどうでもいいですわ。絶対に……やらせませんわ!!」

「さぁ、激しく美しい最後を魅せてくれ!!」


 ついに剣先が詩織の心臓を貫く。


「アラベド様が言ってました、クズは問答無用でぶっ殺して良いって!!」

「あっ?お前どこから」

「うっす!!」

「ォゴッッッッっ!!!」



 ことは無かった。



 唸る鉄拳。

 強く重い一撃が土手っ腹に決まり、ビスタの身体がくの字に折れ曲がりながらぶっ飛んだ。

 ビスタの傀儡術が解かれた事により、身体を縛っていた魔力糸から解放され地面に這い蹲る詩織と麗華。

 特に刺し傷の重傷を負っている詩織は辛そうに荒い呼吸を繰り返す。


「はぁ……はぁ……」

「詩織っ!(唯一回復が出来るルイはまだ目を覚さない……このままじゃ詩織が!!)」


 ドクドクと腹と足から血が流れている詩織を前に焦りを抱く。このままでは詩織が死んでしまうと危惧した麗華が何かないかと考えているその時、詩織の背中に小さな手がそっと添えられた。すると、詩織の身体全体が優しい緑色に発光する。


「うわぁ、結構やられちゃってますね。でももう大丈夫ですよ。今傷を塞いじゃいますから」

「貴女は……ユラハさんですわよね」

「はい、ユラハです。遅くなっちゃって申し訳ないっす」


 突然現れ二人の窮地を救ったのは、遊王軍団幹部のユラハであった。

 治療を終えたユラハはポンッと詩織の背中を軽く叩くと、


「はい、これで傷は傷は塞がりました。でもかなり血が流れてみたいなんで、無理して動かないほうがいいっすよ」

「ああ、ありがとうユラハ君。お陰で楽になった」

「どういたしましてです。さて、ボクは出遅れちゃった分を取り戻さないといけませんね。まずはあのクズ野郎をぶっ飛ばしますか!!」

「そのクズ野郎ってのは、まさか僕の事を言っているのかい?……ペっ」


 口に溜まった血を吐き出し、顔を怒りに染めたビスタが歩いてくる。感情が感応しているのか、彼の背後にいる女子人形エリーの表情も一段と険しくなっていた。


「まだ手合わせした事は無いが、君の事は知っているよ、『破壊王』ユラハ。遊王軍団の幹部の一人、一番槍でありながら負けなしの無敗。相当強いらしいね」

「いやー、名前を覚えて貰えてるのは素直に嬉しいっすね。でも、申し訳ないですけど自分、アナタの名前は知らないっす」

「僕を知らないだって?では是非覚えて貰おうか。僕は帝国軍蛇黒騎士団一番隊隊長ビスタ、君の無敗記録を終わらせる者さ」


 雄気堂々と名乗るビスタだが、ユラハは全く気にせず詩織と麗華に避難するよう指示する。


「なるべく遠くに離れて下さい。巻き込んじゃうかもしれないんで」

「わかりましたわ。不甲斐ないですが、後は頼みました」

「はい!!」


 麗華は傷ついているキロに頼み、詩織を乗せてその場から離れる。去っていく彼女達を見送ったユラハは、改めてビスタに意識を向けた。


「すいません、今か何言ってましたか?」

「……」

「因みにゲス野郎には名乗らなくていいってアラベド様が言ってたので、ボクは名乗りません!!」

「…………」


 無視された上に立て続けに煽ってくるユラハに、ビスタの顔が徐々に無になっていく。しかし彼の眉間には皺が寄せられており、怒りは隠しきれないでいた。


「君は少し優雅さに欠けるな。少しは先程のレディ達を見習ったらどうだい」

「……えっ?今何か言いました?」

「…………コロス」


 十指が唸る。

 刹那、百もの兵士が四方八方からユラハに襲いかかった。

 ユラハは両腕を軽く上げ、腰を低く落とし、ふーーーと長めに息を吐き出す。

 そして――拳を突き出した。


「セイッッッ!!」


 彼女を中心に暴風が吹き荒れ、同時に衝撃波が真っ直ぐとビスタに向かう。エリーの両手が囲うようにして彼を守るが、衝撃が重くミシリとボディが軋んだ。


「……」


 一撃。

 たった一撃で詩織と麗華を苦しめた戦法を蹴散らした。

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