第172話それはどういう意味だ?

 




「ォォオオオ!!」

蝿王ベルゼ怪腕アーム


 ジャキが放った拳撃を黒く変色した片腕で受け止める。

 更に強化されたジャキに対抗するには生身の肉体では耐え切れないと判断した俺は、黒スライムを両腕に纏い攻撃力と耐久力を向上させた。

 蝿王ベルゼ拳撃フィストと違うのは、腕の大きさはそのままという所だ。瞬発的な攻撃力は拳撃に劣るが、怪腕は持続力があって防御力も上がっている。


波蛇なみへび

触手フィーラー


 まるで生きた蛇の如く不規則に波打ちながら迫る鞭を背中から生やした触手で弾く。何度弾かれても迫り続ける鞭に、俺も負けじと触手を操って応戦。


「十連掌」

群蛇ぐんじゃ

「ふぅーー」


 眼前から繰り出される、一瞬の間に放たれた十の拳撃を殴打で対応しながら、分散して襲いかかってくる鞭を触手の数を増やして防ぐ。


(コイツッッ!?)

(頭に脳味噌何個付いてんのよぉ!?)

「ベルゼフィスト、フィーラーナイフ」


 怪腕を解き、エネルギーを右腕だけに集中させ巨腕を作り出すとジャキを殴り飛ばし、触手刃で増えた鞭を斬り刻みながらフロラインの肌に裂傷を与える。


「グォォォッ」

「痛ったいわねぇ」

「蜘蛛糸」


 大岩に叩きつけられたジャキと裂傷に顔を顰めるフロライン。俺は身体中から極細の黒糸を張り巡らせ、伸縮移動でフロラインに接近。


「何よこの動き、気持ち悪いから離れなさぁい」

「ナイフ」


 再び増えた鞭が押し寄せてくるが、俺は両腕にナイフを纏って斬り払いながら前進を続ける。

 そして刃が届く間合いに入ると、渾身の斬撃を放った。


「悪鬼羅刹――“急”!!」

「おっと」


 黒刀がフロラインの首を刎ねる寸前、再び強化したジャキの横槍に邪魔をされてしまう。

 おいおい、ちょっと強化のペース速すぎないか?そんなにポンポン強化したら肉体の負荷が半端ないんじゃないのか。


 俺は蜘蛛糸の伸縮移動で大きく後退し、仕切り直しを図る。そのついでにジャキの様子を窺うと、見た目は更にゴツくなってパワーが上がっているが、案の定息切れを起こしていた。


「フゥ……フゥ……」

「……私もこのままじゃいられないわねぇ。はぁあ、使った後は凄く疲れるからなるべくやりたくないんだけど、仕方ないわねぇ」


 短い呼吸を繰り返しているジャキを横目に、フロラインがため息をつきながらポツリと呟く。だが彼女の瞳には、静かに燃える覚悟の炎が宿っていた。

 そろそろ奥の手を出してくるか。



「闘神招来――【夜夢癌怒ヨルムガンド】」



 ――刹那、フロラインから凄まじいエネルギーが迸った。

 力の解放の余波で大地を揺るがし、大気が震える。フロラインの髪型がツインテールになり、露出が多かった服装も動き易い鎧に変わっている。何より一番の変化は、一つしかなかった鞭が二匹の大蛇になっている事か。

 両手に持つ鞭の先が大蛇になっており、牙を向けて威嚇してくる。


 あの二匹の蛇は武器なのか?

 動きを見てると生きてるっぽいんだけどな。


「ヨルム、ガンド。今日のご飯はアレよ」

『オイオイ、久しぶりの登場かと思えばあんな雑魚一匹でオレを呼び出したってのかぁ?あんまり調子に乗ってっとテメェから喰っちまうぞ』

『馬鹿だなぁ、兄さんよく見てみなよ。あの子相当強いよ、ボク等を呼び出す訳も分かるよ』

『ウ、ウルセェ!んな事は知ってて話したんだよ!!』


 マジかよ喋りやがった……しかも兄弟設定だし。随分不思議な強化だな。


 まぁウチにも喋る変なのがいるし、他に居てもおかしくねぇか。


『おいアキラ、それはどういう意味だ?まさかオレ様の事を言ってンじゃあねぇよな』

「……よし、気合い入れ直すか」

『今無視したな?テメェいつからオレ様を無視出来る程偉くなっ』


 頭の中でぐちぐち文句を垂れてくるベルゼブブを無視しつつ、大幅に強化されたフロラインを警戒する。

 初めは様子見でいくが、ヤバいと思ったらすぐに俺もスキルを解放するか。


「さあいきなさぁい」

『チッ、しょうがねぇなあ!』

『後で美味しいもの頂戴』


 フロラインの命令と同時に、二匹の大蛇が唸りながら迫ってくる。

 ――疾い。

 デカい図体の割には機敏に動く。それに読み辛い。


『死にな』

『いただきまーす』

「蜘蛛糸、ナイフ」

『チッ、避けんじゃねえよ』

『痛いなぁ』


 口を大きく開けて左右から襲いかかる大蛇を黒糸の伸縮移動でギリギリ躱しながら、両腕に纏ったナイフで斬り付ける。

 ガンドの頭部を斬り裂いたのだが、鱗を裂いただけで肉には届いていない。めちゃくちゃ硬ぇわ。


『兄さん、こいつすばしっこくて喰べられないよ』

『ッシャア!ガンド、あれやるぞ!』

『分かったよ兄さん、あれだね!』


 あれって何だろう。


 どんな攻撃を仕掛けてくるのか警戒していると、ヨルムの腹が膨れ、口から大量の白煙はくえんを吐き出した。

 視界が真っ白に染まり、何も見えなくなってしまう。


 ダメだこれ、マジで何も見えん。

 気配を探って戦うしかねぇわ。

 悪くなった状況に心の中で舌打ちしていると、左側から殺気を感じたので咄嗟に甲羅を発現させ防御する。


『残念、こっちはハズレだよ』

「なっ……!?」

『死ねやァアア!!』


 背後から迫るヨルムに気付かず噛み付かれてしまう。だったら噛み付かれた右腕からハリセンボンを放出して串刺しにしよう試みたが、内側も堅く貫けない。だが攻撃されるのは嫌だったみたいで、ヨルムは腕を解放すると白煙の中に再び紛れた。


「……クソったれ」


 つい毒づいてしまう。

 今の連携プレーは中々に上手かった。最初に弟が気配を晒しながら攻撃を仕掛け俺に注意を引きつけ、その間に兄が追撃してくる。

 兄の方も十分警戒していたが、全く気配を感じ取れなかった。恐らくなんらかの特殊能力だろう。


 それに兄弟は俺の姿がちゃんと見えるようだ。確か蛇は視覚に頼らずとも温度で獲物を探れる能力があるんだったか。自分達だけ狡いな。


 幸いだったのは、ベルゼアームを纏っていたお陰で右腕を喰い千切られなかった事か。素手のままだったら完全にやられていた。


『と、思うだろ?』

『と、思ってるよね?』

「――腕がッ!」


 白煙の中から二匹のシタリ声が聞こえた時、俺の右腕が紫に変色し激痛が襲いかかってくる。

 これはまさか……毒か!?


『オレの口内には有毒な酸が作られてんだ。例え傷付けられなくても、触れただけで溶かし体内に毒を回す。ハハ、ザマーみやがれ』

『兄さんの毒に触れた時点でボク等の勝ちだ。君の全身に毒が回って死ぬまでの数分、この白煙の中でボク等はいたぶっていればいいのさ』

「……ベルゼブブ、どこからだ」

『肩までは届いてねぇな』


 教えて貰った直後、俺は躊躇いもなく左腕に纏ったナイフで右腕を斬り飛ばした。


『オイオイマジかよ!?こいつやりやがった』

『人間の癖に思いきりがイイね。驚いちゃったよ』


 あー痛ぇ、クソ痛ぇ。

 けどやるしかなかった。即座に腕を切らなかったらもっと酷い状態に陥っていたからな。

 この代償は俺の落ち度だ。油断はしていなかったが敵の能力を見誤ってしまった。もっと頭を使わねーと。


 さて、失った右腕をどうするか。魔王の力で再生は可能だが、エネルギーが多く減ってしまう。まだ四天王クラスとの戦いが待っているかもしれないので、ここでエネルギーを使ってしまうの勿体ないような気がするが……。


 と考えていたが、俺はやはり腕を再生することに決めた。

 怠惰の魔王ベルフェゴールを喰った事で受け継いだ能力の一つ、“惰眠することで得たエネルギーの貯蓄”分もまだ有るし、片手で勝てる相手じゃない。

 そう決断した俺は、エネルギーを消費して斬った根元から新しい腕を生やした。


『うわ、何だ!?こいつ腕生えてきやがったぞ』

『最初から薄々感じてたけど、アレ……人間じゃないよね』


 さっきからジャキの奴が全く戦闘に加わわらず不気味だし、あの二匹を殺すのには今のままでは少々分が悪い。

 よし、じゃあ俺もアレを使うとしますか。


 俺は体内に眠るスキルを呼び覚まし、一気に解き放った。


「スキル解放――モード【Beelzebub】」

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