第171話フフフ、いいわねぇ男の熱い関係って

 






「獣王軍団“獣王” ――影山 晃だ」


 そう宣言すると、妖王軍団幹部のジャキと蛇黒騎士団フロラインの顔が驚愕に染まった。が、すぐに俺の事を睨みながら、彼等は怪訝そうに口を開く。


「獣王だと……?何を巫山戯た戯言をぬかしている、獣王はキングの筈だ。己の名を偽るとは、オレを馬鹿にしているのかッ」

「いえ……あながち間違いって訳じゃないかもしれないわよぉ。獣王はウチの銀狼騎士団との戦争で死んだって聞いたし、『獣王』は人間の子供が引き継いだって噂も広がってたわよぉ」

「何だと、ならばこの男の言っている話は誠だというのか?」


 俺が本物の獣王なのかと疑っている彼等に、どうでもいいと吐き捨てながらこう答える。


「本物かどうかはお前等が勝手に決めればいい。戦えば自ずと答えは出るさ」

「ク、カカカ!そうだなオレが悪かった!非を詫びよう、オマエの言う通りだ。獣王の名を語るに相応しいかはオレ自身が判断すればいいだけのこと。よしアキラよ、いざ死合おうぞ」

「やぁねぇ男ってのは。どいつもこいつも野蛮なんだから」


 歯を剥き出しにして満面の笑みを浮かべるジャキは、スッと膝を落とし両手を上げて構える。構えの形はどこかボクシングに似ていた。

 フロラインはやれやれと首を振った後、背筋が凍るような冷たい視線を投げかけてきた。


 共に臨戦態勢。

 さて、どちらが来る。俺も神経を尖らせ万全の注意を払う。一拍間が空いて、ほんの僅かな静寂後。

 戦闘開始の合図を放ったのは――フロラインだった。


「ハッ!」

「っく」


 フロラインが放った高速の鞭は俺の頬を掠めた。触れた肌からピッと血が飛び散る。

 見切ったつもりだったが、鞭の不規則な動きを予測しきれなかった。


 危ねーな……鞭使いと戦ったことねぇし、慣れるまではもう少し余裕を持って回避するか。


「フン!」

「ふっ!」


 距離を詰めてきたジャキによるジャブの連打を最小限の動きで躱すと、今度は連続の拳打を繰り出す。しかし拳は奴に届かず硬い腕に阻まれてしまった。


 なんて硬さだ。殴ってるこっちの方が痛ぇぞ。動体視力も良いし、受けの技術も一級品だ。それに加え多彩な攻撃、駆け引きの巧さ。恐らく肉弾戦では奴に一日の長があるだろう。

 セスと格闘の訓練をしていなかったらまともに打ち合えなかったかもしれない。


「カハハ!誰かと全力で殴り合うのは久方ぶりだなあ!!アキラ、やはりイイぞお前!」

「……」

「ちょっとぉ、アンタが近い所為でこっちは狙うのが面倒なんですけどぉ」

「構わん!オレごとやってくれ!例えそれでオレが死んでもオマエを恨まん!」

「あらそーう?じゃあ遠慮なくやらせて貰うわぁ」


 その会話後、直ぐに鞭の豪雨が降り注いでくる。仲間であるジャキを巻き込む可能性を一切合切捨て去り本気で俺達を殺しにきていた。


 が、俺とジャキはむちを回避しながら殴り合う。邪魔が入ってやり辛いと思っていたが、寧ろ更に集中力が高まった。身体の感覚が、反応が、急激に鋭敏化していくのが分かった。


「オラァ!!」

「グホッッ」


 ガードをぶち破り、俺が放った右ストレートがジャキの鼻頭を撃ち抜く。初めてのクリティカルヒット。鼻から血を垂らしているが、奴は知った事かと獰猛な笑みを浮かべて接近してくる。

 ダメージを与えて怯むどころか、動きが速くなっ――


「フンッッ!!」

「おごっ!」


 攻撃に対応出来ず、ドテッ腹にブローを貰ってしまう。身体がくの字に曲がり、胃液が逆流して口の中に苦みが広がった。


「マダマダッ!!」

「っぐ!!」


 間髪入れず横っ面へフックをかましてくる。右腕を上げ、左手を支えにして受けるも衝撃に耐え切れず身体が宙に浮かんだ。その隙を見逃さず、上方から叩きつけるように鞭が迫ってくる。

 身体を強引に捻って紙一重で躱すと、鞭が触れた地面が爆砕した。


「おらぁ!」

「あらまぁ、そうくるのねぇ!」


 地面に着地しながら鞭を掴み、思いっきり引っ張ってフロラインを此方に引き寄せる。凄まじい勢いで近付いてくるフロラインに強烈な一打をお見舞いしてやろうと拳を引き絞っていたら、彼女の口がニィと弧を描いた。


「ふんっ!」

「そぉれ!」


 フロラインが放ったライダーキックと俺が繰り出した右ストレートが重なると、轟音が鳴り響き爆風が起こる。


 おいおいおい、お前武器使いの遠距離型じゃねーのかよ!?

 肉弾戦も全然やれるじゃねーか!!

 クソったれ、見かけに騙されたぞ。


「悪鬼羅刹――“序”」

「――ッ!?」


 何だ……突然ジャキのエネルギーが跳ね上がったぞ。横目で確認すると、ジャキの肉体から赤い湯気がモクモクと出ている。

 何となくだが、アレがどんな行為か察する事は出来る。恐らく一時的なパワーアップだろう。


 トンッ――と軽い音と共にジャキが立っていた地面が弾け飛び、眼前には拳を振りかぶった鬼がいた。

 肌が粟立ち、本能が脳内に避けろと命令してくる。

 その本能を理性でじ伏せ、右拳打の出だしを蹴り上げでパリィした。


(馬鹿な、スピードを上げたオレの動きに初見で付いてきただと!?)

「ふっ!」

「ヌォッッ!?」


 自分の攻撃を受け流されて瞠目するジャキの頬に裏拳を当てつつ、側面から唸る鞭を甲羅シェルでガードした。腰から尻尾型の触手を出して地面を掴み取り、砂利の散弾をフロラインに放り投げたが鞭の回転で弾かれてしまう。


「…………(オレと鞭使いの二人を相手にしてこの戦いっぷり、信じられんな。それにどうした、急に奴の雰囲気が変わったぞ。初対面では感じられなかった強者のオーラが今は溢れて出ている)」

「…………(あらぁ計算違いだったかしら。直ぐに終わると思ったけど、ここまで戦えるとは思いもしなかったわぁ。ちょっと気を引き締めないと私が狩られる側になっちゃうかもねぇ)」

「…………(イイ感じだ、急に頭が冴えてきたぞ)」

『(ヒハハ。アキラの奴、身体強化した鬼の攻撃でやっとスイッチが入ったのかよ。テメェはいつもそうだよな、死が迫った瞬間にとンでもねぇ集中力を発揮しやがる。自分では分かってねぇみてえだがな)』


 荒々しく展開されていた戦闘が嘘のように静まり返る。ジャキもフロラインも俺を警戒するように様子を窺っていた。


 黙っているなら今度は俺から仕掛けるか。そう思って飛び出そうとすると、突然ジャキが神妙な表情で口を開いた。


「本気で戦い合えると喜んでいたが、どうやらそんな場合では無いようだ。本気でいかなければオレが殺される。これはそういう闘いだ。悪鬼羅刹――“破”」

「……」


 ジャキから感じ取れるエネルギーがまた膨れ上がった。こいつ、一体何回パワーアップするんだ?

 という疑問を抱いていたら、何故か自分から答えを言い出してくる。


「オレは魔術が使えん。使えるのは段階を踏みながらの身体強化のみだ。先に言っておくと、後ニ段階の強化が残っている」

「それはどーもご丁寧に」


 と済ましが顔で余裕ぶっておいたけど、内心ではドン引きしていた。

 おいおいマジか、今の段階でもヤバそうなのにまだ上がり幅があんのかよ。


「だが敢えて言おう、オレは最後の強化をした事が一度しかない。オレと戦う奴はその前に死ぬからだ。アキラ……オマエはどうだろうな?」

「余り大言を吐かないほうがいいぞ。後で恥ずかしくなるのは自分自身だからな」


 忠告してやれば、赤鬼はカカカと愉しそうに嗤って、


「アキラ、オレはオマエが好きになりそうだ」

「野郎に好かれても気持ち悪いだけだからやめてくれ」

「フフフ、いいわねぇ男の熱い関係って」

「……」

「……」


 フロラインが不気味な笑みを溢すと、俺とジャキは一瞬だけ無言になった。

 何とも言いようがない空気をぶち壊すかのように、ジャキが地面を蹴って猛進してくる。

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