第170話遊王vs妖王

 






「アラベド様ぁぁああ、只今戻りましたぁぁああああ!!!」

「ははは、ユラハはいつも元気だなぁ。うん、ご苦労様」

「こらユラハァァ、お前来るのが遅いぞ!!どれだけ待ちくたびれたと思ってる!!」

「うぅ、ボクだって頑張ったんだからそんなにガミガミ怒んないでよぉ」


 麗華に結界付近で下ろして貰ったユラハは、城の中に入って遊王アラベドとの合流を果たしていた。

 アラベドから託された使命を完璧に熟せなかったユラハは、しょんぼりした表情で頭を下げる。


「ごめんなさいアラベド様……ボク、結局三人しか連れて来られなかったよ」

「そうだぞ、たった三人で何が出来るんだ!城は今にも落とされそうだと言うのに!!」

「ちょっとドラポンうるさい、静かにしてて」

「はいすいません調子に乗りましたごめんなさい」


 一瞬で頭を九十度深く下げたドラホンを半眼で見ていると、アラベドが労るようにユラハの頭の上に手を置いた。


「ユラハが連れて来てくれた三人は、一万の兵にも劣らないよ。特に“彼”は別格だしね。現に今も、結界への攻撃が止まっているし、各地で僕等の軍が盛り返している。本当に頼もしい援軍を呼んできてくれた、ありがとうユラハ」

「えへへへへ」

「今度は思いっきり暴れておいで。君の力を存分に奴等へ見せてくるんだ」

「はい!行ってきます!!」


 今から遊びにでも行くかのように元気よく戦場に飛び出していったユラハの後ろ姿を見つめながら、アラベドは真剣な顔付きになって口を開く。


「流れは今こちらにある、この好機を逃す訳にはいかない。ドラポン、今から結界を解く。僕も攻撃に回るから君は守りを頼むよ」

「分かりました」


 ドラホンが頷くのを横目に、アラベドは瞼を閉じて戦場で戦っている戦士に念話を送る。


『皆んなよく持ち堪えてくれた。お陰で城が破壊されずに済んだよ』

「おっ、アラベド様の声だ」

「って事は……」

「つまりぃぃ!?」


 戦っている遊王軍団の兵士達の頭に、アラベドの声が直接聴こえてくる。自分等の大将から話しかけられた彼等はテンションが急激に上昇。

 その様子を眺めて微笑むアラベドは、昂っている彼等に向けて作戦を伝える。


『もう知ってると思うが、獣王軍団から頼もしい援軍が来たくれた。三人と数は少ないが、全員が幹部以上と思ってくれていい。彼等の尽力で形勢は拮抗している。これから僕も結界を解いて戦うから、皆んなも城の事は気にせず自由に戦っておくれ』

「うぉい、聞いたかお前等!アラベド様結界解くってよ!!」

「うおー待ってたぜこの時をよぉ!!守る戦いなんてつまんねーし肩が凝ってたんだよなぁぁぁあああ!!」

「暴れるぜぇぇぇぇオレ超暴れちゃうZEぇぇえええええ!!」

「何だコイツら……死人同然の顔していた癖に、突然やる気になりやがった」

「士気が上がりまくってやがる。一体何があったってんだ!?」


 今まで結界を防衛していた遊王軍団の兵士は、不気味な程に口を開かず黙々と戦っていた。シケた面というか、攻撃している側が申し訳なく思ってしまうぐらい乗り気でなかった。


 それがどうだ。

 突然空を見上げたり頓珍漢な方向を向いたと思えば、人が変わったように騒ぎ出した。瞳に光が戻り、全身からパワーが溢れている。遊王軍団の変わりように魔族と帝国兵が戸惑っていると。

 不意に、城を覆っていた結界がふっと消えてしまう。

 そして――


「“風神の悪戯”」


 突如戦場に巨大な竜巻が渦巻く。


「うわぁぁああああああああああ!!?」

「な、何で急に竜巻が!?」

「クソ、抵抗デキナイ……」


 竜巻は魔族や帝国兵“だけ”を巻き込み吹き飛ばしていく。竜巻は一箇所だけではなく、他にも三箇所に展開されていた。

 その規模は最早災害と言っていいいだろう。そしてこの災害を生み出したのが、遊王アラベドであった。


「流石です。見てくださいアレ、人がゴミのように飛び散ってますよ」

「油断しない方がいいよ。すぐに邪魔が入ってくるからね。ほら、もうきた」

「――へ?」


 ヒュンと、遥か遠くから紅い槍が螺旋回転しながら飛来してくる。紅い槍は城の岩壁を紙の如く貫いて突き進むも、アラベドが眼前に風の盾を生み出して間一髪防いだ。が、槍の切先はドラホンの鼻頭に触れている。


「アバババババ……あっぶな!?というかこの槍って全部血で出来ているんじゃ。と言う事はまさか……」

「引き篭もりのあの人が自ら出張ってきたって事だね」


 紅い槍がドロドロと溶ける。

 アラベドは槍が飛んできた方向に目を凝らすと、遥か先の上空で、妖王軍団妖王ザラザードが腕を組みながら此方を睥睨していた。


「出てこいアラベド、我輩自ら相手をしてやる」

「ふふ、珍しいな。あのお爺さんが自分から戦おうなんて言ってくるなんて。これは雪が降るかもしれないね」


 言葉は聞こえない。

 しかし口の動きを読んで何となくは理解できる。いつになくやる気のザラザードに対し小さく笑うアラベドの身体がふわりと宙に浮かんだ。


「ちょっと遊んでくるね」

「気をつけて」


 ドラホンに後を任せ、アラベドはザラザードのいる場所へ飛んでいき、50メートル離れた所でピタリと止まる。

 アラベドは風の力で飛んでいるが、ザラザードは背中から生えた蝙蝠の羽で飛んでいた。ただ、羽ばたいて飛んでいる訳ではなく、羽の魔力によって宙に浮かんでいる。


「久しぶりですね、こうして顔を合わせるのは何年ぶりでしょうか」

「さぁな、一々覚えておらん」

「戦う前に一つだけいいですか。どうして魔王軍ウチを裏切ったんですかね」

「悲願の成就」


 問いかけを即答で返されたアラベドは「そうですか」と満足そうに微笑むと、続けて口を開いた。


「ならば何の問題もありません。己の信念に基づいた行為であるならば、僕から言う事は一つもありませんよ。きっとバロムさんやアっちゃんも許してくれます」

「許しを乞う必要などない」

「それもそうですね。じゃあ久方ぶりのお喋りはこれまでとして――戦いましょうか」

「――ッ」


 刹那、アラベドの纏う空気が一変した。

 細身の身体から信じられない程の圧力プレッシャーが湯水の如く漏れ出す。温厚で優しい彼の目付きが獣のように鋭くなり、深緑の長髪が炎のように揺らめいた。


(凄まじい王気。また一段と格を上げたか)


 アラベドが纏う王気は、妖王が手放しで感心してしまう程濃密なものだった。

 ザラザードも王の器の持ち主ではあるが、アラベドに比べたら貧弱と言っていいだろう。魔王バロムやアルスレイアの前では無いに等しい。

 流石、バロムに選ばれた最強の戦士なだけはある。噂ではアルスレイアと同等の実力があるとか。


「イキがるなよ若造」


 ザラザードの肉体から凄まじいエネルギーが迸る。空間が歪み、彼等がいる空が暗黒に染まっていった。

 四天王が一人、妖王ザラザード。吸血鬼ヴァンパイア種最上位の吸血王鬼ロードヴァンパイア。最年長魔族であり、遥か昔から血みどろの戦乱を生き抜いてきた男の力はアラベドでも計り知れない。


 ――が、それと戦うのもまた面白いだろう。


「貴方とは一度手合わせしてみたいと思ってたんですよ」

「その減らず口、すぐに塞いでやろう」


 勝気な笑みを浮かべるアラベドに対し、調子に乗るなとザラザードも犬歯を覗かせる。


 遊王と妖王。

 二人の王による戦いの幕が静かに上がった。

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