第169話今頃影山は暴れてる頃かな

 




「ちょっと貴方ぁ、調子に乗り過ぎてないかしらぁ」

「楽に死ねると思うな」


 空から黒い鞭が振われてきたので横に回避すると、横から強烈な殴打が襲ってくる。間一髪 甲羅シェルで防御するが、衝撃が予想よりも重く弾き飛ばされてしまった。


「早速来たか」


 現れた二人の強者。

 一人は背が高く、紫色の長髪を靡かせる妖艶な女性。露出がかなり多い服を見に纏い、右手には黒い鞭を携えている。


 もう一人は純粋な鬼だ。

 二メートル超の体躯で、二本角。肌は血のように濃い赤だ。武器を持っていない事から肉弾戦が得意だと思われる。


 どちらからも強者の雰囲気オーラが出まくっていた。体感としては、銀狼騎士団幹部のローザとビートに近い力を持っているだろう。

 それ程の強者と一度に二人と相手をするなんて自殺行為にも等しい。勝ち目が無い戦いなんてやるだけ無駄だ。そう弱気になっていたかもしれない。


 ――前までの俺だったなら。


「やるぞ、ベルゼブブ」

『ヒハハ!テメーの事だ、“逃げてもいいか?”って聞くと思ったのによ!やっぱり今日のテメーは一段と狂ってやがる!』

「いや、何でかな……お前の言う通りどうかしちまったのかもしれん。とんでもなく強ぇ敵なのは分かるんだけどよ。それでも今は負ける気がしねぇんだ」

『そうか、ならその自信を存分に試してみろ。オレ様が見ててやるからよ』


 ああ、頼むぜ相棒。

 お前の目から見て、今の俺がどれだけやれるのかちゃんと見とけよ。

 見逃しても知らねぇからな。


「ほう、オレを前にして尚闘争心を燃やすか。大物か……はたまた勘違いのうつけ者か」

「イキが良いと虐めがいがあるわね。楽しめそうだわぁ」


 腕を組んでふんぞり返っていたり腰に手を当てたりと楽な姿勢を取っているが、どちらも全く隙が無い。

 一瞬の静寂。無音の世界が生まれ、緊張感がピークを達したその時。


 ――来る!


「そーれぇ!」

「ハッ!」

「ふん!」


 左側からシなる鞭を甲羅でガードし、正面から襲いくる正拳突きを両腕を交差して受け切る。赤鬼の表情が驚きに満ちたが、すぐさま愉悦の笑みを浮かべた。


「ほう!オレの拳を真正面から受けるか!いいぞオマエ、中々にイイ!鬼の血が騒いできたぞ!!」

「ナイフ、触手刃フィーラーナイフ


 俺は両腕を刃に変え、背中から四本の触手刃を生やして鞭女に攻撃を仕掛けつつ、赤鬼に斬りかかる。

 触手刃は鞭女の鞭によって弾かれるも、魔王の力の制御が以前より更に向上してる分やや押していた。同時並行で赤鬼に斬撃を繰り出すも、奴の硬い腕で弾かれたり躱されたりと切先はまだ届いていない。

 やはり二人共、一筋縄ではいかないようだ。


「何これ、タコの足みたいにウネウネ動くわ。気持ち悪いわねぇ」

「オレと戦いながら女にも意識を割くか!そして熟練されたこの剣技!面白い、面白いぞ人間!!」

狼王ウルフェン咆哮ハウル


 右手を狼の顔にして、口腔から衝撃波をごちゃごちゃ喋っている二人に向けて撃ち放つ。赤鬼と鞭女の射線は重なっていて、二人同時に喰らった筈だ。少し距離を取って土煙が晴れるのを待つ。手応えは全く無かった。そう感じた通り、どうやら二人共無傷のようだ。


「オレは妖王軍団幹部のジャキ。オマエは俺の名を名乗るのに相応しい相手と判断した。だから名乗った。死合う前にオマエの名も聞かせろ」

「……私は蛇黒騎士団二番隊隊長フロライン。私も貴方のお名前を聞きたいわぁ」

「……」


 幹部に隊長か……そりゃ強い訳だ。

 それにしても強い奴ってのはどうしてこう、相手の名を知りたがるかな。しかも勝手に自分の名前を名乗ってくるし、誰も聞いてねぇっつうの。


 まあいいか。俺にも新しい肩書きが出来たし。一発決めておこう。

 俺は二人に向かって堂々と名を言い放った。



「獣王軍団“獣王” ――影山 晃だ」





 ◇




「今頃影山は暴れてる頃かな」

「そうですわね、さっきの晃はいつになく興奮していましたからあり得ますわ。今の晃と戦わなければならない相手に深く同情しますわ」

「いやいや……君の配下も大概だけどね」


 頬に手を当てため息をため息を吐いている麗華を、詩織はジト目で見ながらボヤいた。


 二人は結界周辺に近付き降り立つと、ユラハをアラベドの元へと向かわせた。新たに現れた二人てきに帝国兵と魔族が揃って襲いかかってきたが、麗華の配下である黒狼王クロ吸血執事セバスチャンが迎え撃っている。彼等の闘いっぷりは凄まじく、次々と敵兵を蹴散らしていた。

 夜通し移動した雷鳥キロは休ませ、木精霊ルイはご主人れいかの護衛として側にいるが、呑気に鼻ちょうちんを膨らませている。


「うーん、これ僕等の出番ある?クロとセバスチャンだけで全然いけるんじゃないのか」

「そんな簡単にいくわけありませんわよ。わたくし達はこの前の戦争で隊長クラスと戦っていませんもの。晃の話では、わたくし達では勝てるのかは五分と言ってましたから」

「そうだね。影山には逃げろと忠告されてたし、引き際は弁えようか」


 敵軍の団長や幹部とまだ一度も交戦としていない詩織達は、どれ程の実力があるのかまだ知らない。その恐ろしさを肌で体感した事が無いため、晃の発言に従ったほうが得策ではあるだろう。


 ――だが。


「まぁ、やってみないと分かんないよね」

「ええ、そうですわね」


 淡々と口にする二人の女の子。彼女達の口角はほんの僅かに上がっている。

 ちょっと戦ってみて、もし行けると判断したならば、そのまま倒してしまっても問題無いだろう。詩織と麗華は頭の中で、そんな物騒な事を企んでいた。

 晃と別れてから再び出会うまでこの荒々しい世界を生き抜いてきた二人は、以前よりも精神力が遥かに逞しくなっていた。


「ガルァ!」

「クソ、この亜種のウルフ強い!」

「というか疾い!目が追いつかねぇよ!!」


 ブラックウルフキングのクロは、持ち前の瞬足を生かして敵を翻弄していた。戦場は常に密集していて、軽自動車並みの巨躯であるクロにとっては本来戦い辛い場所だ。しかしクロはウルフキングからブラックウルフキングに進化した事で闇属性の力を扱えるようになり、その身を影に変質させる事で狭い所でも縦横無尽に移動する事が可能だった。


「グラァアア!!」


 追い抜き様に、鋭爪で敵兵の横っ腹を切り裂く。誰もクロのスピードに反応する事は出来ない。気付いたら斬傷を負い、鮮血を噴き上げながら地に伏せている。

 鋭爪による斬撃も強力無比だが、彼には他にも有効な攻撃手段があった。


「ガァァアアアアッ」

「ぐっ、苦しいッ」

「た、助け――」


 クロの身体から滲み出る黒霧が固体となって形を成し、帝国兵の身体を縛り上げる。

 これは晃の触手をイメージして編み出した闇属性の力だ。ライバルのアイデアを盗むのは気に食わない部分もあったが、ずっと隣で戦ってきたクロとしては嫌でも頭の中に残っているし、正直に言えばしっくりくる使い方だ。


 彼も晃と生死を懸けて戦った事があるが、晃は力の使い方が上手い。発想が凄いというか、クロが思いつかない攻撃手段を次々と編み出してくる。その発想には脱帽するし、学ぶべきものが多い。だからクロが使う闇属性の力も、自然と晃の戦いと似てしまうのだ。


「畜生如きがいい気になるな」

「――ッ!?」


 突然側面から苛烈なエネルギーを察知したクロはその場から大きく後退した。直後、クロが居た場所に巨大な斬跡ざんせきが出現する。

 クロは新たに現れた敵を見据える。ソイツは全身を漆黒の鎧に包まれていた。右手には大剣、左手には大楯を携えている。

 外観のみなら人間に見えなくもない。だがクロは違うと断言した。


 その身に宿る怨念のような負のエネルギー。加え、鼻がもげる程の死臭。あの鎧剣士は人間ではなく、魔物クロ側の存在だ。


 クロの予想は的中していた。

 鎧剣士の正体は死王騎士デスナイトのシキシ。彼は生前に英雄として扱われていたが、余りにも惨たらしい死を迎えた事から呪いによって魔物に成ってしまった。

 そしてシキシは現在、妖王軍団の幹部である。クロよりも格上の存在である事は間違いなかった。


 シキシと戦うのは得策では無いだろう。一度退いて雑魚の数を減らす事に専念したほうが主人の為にもなる。

 ならばここで強者に背を向ける行為は正解なのか?



 ――否である。



「ガル……」

「ほう、たかがモンスターが私に牙を向けるか。身の程知らずもいい所だな」


 逃げる所か戦意を漲らせるクロを、シキシは一笑に伏した。

 目の前の敵が己よりも強いのは百も承知だ。だが、“あの男”はこの場面で敵に背を向けて逃げるだろうか。


『覚悟を決めろ』


 馬鹿な男の顔が脳裏に過り、クロはニヤリと奥歯を覗かせる。あの男――晃はいつだって退く事はしなかった。何度打ちのめされようとも立ち上がり、限界を越えて乗り越えてきたのだ。


 晃には負けられない。

 彼を尊敬し、ライバルと認めているからこそ、クロはここで尻尾を巻いて逃げ出す訳にはいかなかった。


 壁を越える、今ここで。


「ガル」


 黒狼王の瞳に、覚悟の炎が灯る。

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