第173話スキル“覚醒”

 




 ◇




(なんて力なの……エネルギー量だけならスレイン様に匹敵するわぁ)


 白煙の中から感じられる凄まじいエネルギーの爆発に、蛇黒騎士団二番隊隊長フロラインは背筋に悪寒が走るのが分かった。

 そして理解する。更に強くなったであろう影山 晃は、正真正銘の化物であることを。


 ――ヒュンと、白煙の中きら空に向かって黒い何かが飛び出てくる。ソレが晃であることは瞬時に察することが出来た。

 晃は両手を大きく広げると、ググッと掌握しながら腕をせばめる。その行為と共に大気が唸り、轟音を響かせながら空気が手の先に集れていく。いつの間にか、彼の両手には狼の顔が纏われていた。


 ――あれを受けてはマズい。

 そう危惧したフロラインはその場から離脱しようと試みたが、既に晃は発射の体勢に入っていた。


黒狼王ブラック咆哮ハウル


 放たれる漆黒の波濤。

 白煙を一瞬で消し飛ばし、衝撃波はフロラインを呑み込まんと猛進する。


「ヨルム、ガンド!!」

『チッ、しょうがねーなー!』

『兄さん文句言ってないで早くして!』


 回避は間に合わないと判断したフロラインは、己を中心にして二匹の大蛇を囲ませる。身体を絡み合わせながら出来たドーム状の膜は、フロラインが持つ鉄壁の防御手段。ヨルムとガンドのうろこは打撃も斬撃も通さない鋼鉄よりも硬い。これならば耐え切れる筈だ。


 ――というフロラインの浅はかな考えは、一瞬で瓦解してしまう。


『ガ――ァァアアアアア!!!』

『痛い痛い痛い痛い痛い!!!』

「ヨルム、ガンド!!(二人が耐えられないなんて……信じられない威力だわぁ!!)」


 波濤に呑み込まれ、全身を殴打される痛みに大蛇は悲鳴を上げる。何とか耐え切ったが、彼等の表面はボロクズのように荒れ果てていた。

 回復しなくてはならない。

 しかしそんな隙を晃が与える訳がなかった。


「喰らえ」


「――ッ!?」


 一瞬の間で接近した晃は、狼の鉤爪でフロラインの首を刈ろうと右腕を振るう。しかし爪先が首筋に届く前に、横から妨害されてしまった。


「やらせん!」

「今まで黙ってたやつが今頃何だよって……さっきより動きがスムーズだな。成る程そういう事か」


 ジャキと殴り合いの攻防を繰り広げると晃は、納得するように呟いた。

 先程より動きのキレが増している。恐らく急激に上げた身体強化に慣れる為に黙っていたのだろう。動きはよりスムーズになり、パワーもスピードも若干増している。

 だがそれでも、スキルを解き放った晃としては誤差の範疇だった。


黒狼王ブラック尻尾テイル

「ッグゥゥゥ!!」


 四本の尻尾が唸りを上げて強襲。触手フィーラーよりも速く鋭いそれは最早爆撃並みの威力を誇っていた。降り注ぐ尻尾は地表を削りながらジャキの肉を削ぎ血飛沫を撒き散らす。


 ジャキはひたすらに防御を固め、反撃の機会を待ちながらも急激にアップした晃の強さに打ち震えた。


 強い。

 パワーも勿論だが、恐るべきはそのスピードだ。ジャキですら目で追うのが精一杯で、身体の反応が誇張抜きで全く追いつかない。スキルを解放する前とは段違いだ。


 ジャキが晃の速度に辛酸を舐めるのも無理はない。

 なんせ晃は、あの帝国軍最速を誇るビートと速さで渡り合っていたのだから。さらに言えば、今の晃はビートと戦った時よりも速くなっている。魔力による身体強化を行っているとしても、今のジャキでは晃を捉える事は出来ない。


「硬ぇな……(急所はモロに守られてるし、なんなら皮しか削れてねぇ。腹立つぐらい上手いわ)」


 心の中で舌打ちする晃。一方的に攻め続けているのにも関わらず落としきれない。フェイントなども混ぜて急所を突いてはいるが、上手い具合に防がれてしまっていた。元々途轍もなく頑丈であるのも要因の一つだろう。

 見た目だけなら血だらけで今にも死に絶えそうなジャキではあるが、その実ダメージは然程無かった。


『よくもやりやがったなァア!』

『図に乗るなよ人間風情がッ!』


 脱皮した事で傷を回復した兄弟が横から仕掛けてくる。ヨルムは毒液を、ガンドは毒霧を広範囲に届くよう吐いてきた。

 それらの射程距離から大きく後退した晃の下に、左右から大蛇が口を開けて迫ってくる。


 喰われる前に離脱すると、ヨルムの横面を蹴り飛ばし、四本に纏めた尻尾でガンドを殴打した。


『言ってぇなァア!』

『ムカつけど……疾い!』

「ブラックバイ――!?」


 怯んでいるうちに追撃をしようと右手を振り上げた晃だったが、背後から感じられる凄まじいエネルギーの奔流に攻撃の手を止めて振り向く。

 そこには、姿もより凶悪に変貌しパワーも桁違いに上昇したジャキがいた。


「原獣隔世――【真悪鬼羅刹】」

「へぇ……それが最終段階か」


 ジャキの背丈は三メートルを越え、体色は赤黒く、腕が六本に生えていた。外見もそうだが、何よりも圧巻なのは巨躯から溢れるエネルギーの質だろう。重厚な魔力は遠くで戦っている戦士達を怯ませるほど濃密で大きい。

 はっきり言えば、今すぐその場から逃げ出したかった。


 そして力を隠していたのはジャキだけではない。


「ヨルム、ガンド……やるわよぉ」

『クソ、やりたかねーが仕方ねぇ。あのクソ野郎をぶっ殺す為だ』

『そうだね、ボクもこのままじゃ終われないよ』


 怒りを滲ませる兄弟は、互いに首を噛み合い、身体を絡ませる。溶け合うように一つとなり、彼等の身体は融合され巨大な黒蛇となった。


「これが本当のヨルムガンドよぉ」

『ぶっ殺してやるから覚悟しやがれ』

「……ここが正念場だな」


 全てを出し尽くして自分を倒そうとしてくるジャキとフロラインの姿勢に、晃も覚悟を決める。


 本当の勝負はここからだ。




 ◇



『おいアキラ、幾らテメェが前より強くなったとは言え、アイツ等とやるのは骨が折れるぜ。いや……一手間違えたら死ぬだろうな』

「心配してくれてありがとよ。けど大丈夫だベルゼブブ、俺もそれほど自惚れちゃいねぇよ。ただ、ここで死ぬような奴はこの先誰も守れやしねぇ。この戦いは何が何でも勝たなくちゃなんねえんだ」


 そうだ、こんな所で負けられねぇ。負ける訳にはいかねぇんだよ。

 もう誰にも負けないと誓った、誰も殺させないと心に決めた。

 立ちはだかる敵がどれだけ強大であったとしても……俺は勝つ、絶対に。


『ヒハハ!腹括ってるじゃねえか、やっぱりテメェはイカれてやがる!!』

「行くぞ!!」


 気合いを入れる為に大声を放った俺は、地面を蹴り飛ばしてジャキに肉薄する。フェイントを入れ背後に回り込み、首筋を狙って鉤爪を振り下ろした。


「フン!」

「ちっ!」


 爪先が触れる前に、新しく背中に生えた二本の腕に防がれてしまう。ならばとスピードを駆使して様々な角度から連撃を繰り出すが、全て受け止めてられてしまった。


 俺の速度に対して手数を増やして対応してきたか。それに反応速度もよくなってやがる。いや……これは見えていると言うよりも本能や勘で反応してる感じか。

 化物め……。


「鬼拳――“六連”!!」

「(避けられないッ)――甲羅シェル!!」


 同時に放たれる六つの拳。

 タイミングが間に合わず回避が不可能と判断した俺は咄嗟に甲羅を纏って受け止めるが、耐え切れず身体が宙に舞う。


『毒咆!!』

「ブラックハウル!!」


 空中に投げ出された俺に、ヨルムガンドが口腔から毒の息を吐き出す。これも回避は難しい。だから俺は漆黒の衝撃波を撃ち出して相殺する。

 すると、側面からジャキが凄まじい気迫で迫り間髪入れずに凶撃を打ち込んできた。


「鬼拳――“十二連”!!」

「蝿王の怪腕!!」


 一瞬で繰り出される十二の拳打に、俺は両手を怪腕に変化させて迎撃する。

 速度は負けてない、だがパワーでは俺の方が僅かに不利か。

 ジリジリと押されてしまっているッ。


「鬼拳――“二十四連”!!」

「おぐっ!!」


 更に回転を上げたジャキの殴打を防ぐのが間に合わず、全身を殴られてしまう。骨が軋み、口から血反吐を撒き散らした。

 クソったれが、滅茶苦茶痛え!!


『喰い殺してやるよ!』

「――ッ!?」


 真上からヨルムガンドが巨大な口を限界まで広げながら俺を呑み込まんと降ってくる。

 アレはダメだ、一度呑み込まれたら脱出出来ない。その直感を信じて、腰の横から蜘蛛糸を放出して伸縮移動により紙一重でその場から離脱する。


 だが逃げた所で安全な場所がある訳ではない。

 息つく間もなく次の攻撃が押し寄せてきた。


鬼打おにうち

「ブラックバイト!!」


 青い炎を纏った六本の手を握り合わせ、思いっきり打ち下ろしくる。俺は右手の鉤爪に漆黒のオーラを纏わせ迎え撃った。


「ぉぉぉおおおおお!!」

「ォォォォォオオオ!!」


 拳と爪が重なり、凄まじい轟音が鳴り響く。

 衝撃の余波が地面を捲らせ、全てを吹き飛ばしていった。

 被害は周囲だけではない。俺とジャキの身体も衝撃に耐え切れず、身体の血管が裂け至る所から血が噴き出る。


『ヘバッてんじゃねーぞクソ野郎が、まだまだこっからだろーがよぉ!!』

「クッ……そが……!!」

「チッ……」


 横からヨルムガンドに頭突きされ、ジャキもろとも跳ね飛ばされる。

 このクソ蛇、チームワークもへったくれもねえじゃねえかよ。


「ふぅ……ふぅ……」

『オイオイもうグロッキーかぁ?こっちはやっと楽しくなってきたところなんだぜぇ!!』

「フフフ、流石に私達二人を相手にするのはキツいかしらねぇ」

「不本意だがこれも戦いだ。悪く思うな」


 ……そうだな、ちょっとこれは予想外だったぜ。ギリギリいけると踏んでいたが、奴等の実力を読み違えていたようだ。

 このまま戦っても勝てる可能性はあるが、ヘタこいたら負けちまう。それに勝ったとしても次の戦いに参加するのは難しくなるだろう。


 しゃーねえ。ぶっつけ本番だが、“アレ”をやってみるか。


『おいアキラ、テメェ何言ってやがる。いや……何をしようとしてやがる!?』


 見せてやるよ。

 スキル解放を超えた新たな力。

 限界を超え、壁を超えた、俺の力を。





「スキル“覚醒” ――【sin Beelzebub】」




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