第167話アラベド様程ではないですよ

 



 ◇




「じゃあ行ってくる、こっちの事は頼んだぞ」

「こちらは任せておけ。アラベド様を頼んだぞ」


 影山晃、佐倉詩織、西園寺麗華、ユラハの四人は、麗華が新しく仲間に加えた雷鳥ライトニングバードのキロの背に乗っていた。

 彼等は今から、窮地に陥っている遊王軍の元へ向かおうとしている。そんな四人の見送りに来たのが、獣王軍団幹部のセスとエルフのマリアであった。


「シオリさん、レイカさん、どうかアキラ様の事をよろしくお願い致します」

「心配しないでくれマリア。君の分まで僕が影山を守るよ。例えこの身に代えてもね」

「すぐに戻りますわ、マリアさんも頑張って下さいまし」


 マリアが顔を上げて二人に声を掛けると、怪鳥の上から詩織と麗華が彼女の心配を拭い去るような言葉を伝えた。別れの挨拶を済ませた晃達を乗せたキロは、大きな翼を羽ばたかせ空へと舞い上がる。

 遠くなっていく影を眺めながら、セスが隣にいるマリアに問いかけた。


「良かったのか、アキラ達に付いて行かなくて」

「本音を言えば、アキラ様のお側に居たいです。けれど、今度の敵は妖王ザラザードと蛇黒騎士団のスレイン。どんな汚い手を使ってでも勝とうとする二人と戦うのに、ワタシでは実力不足です。きっとアキラ様の邪魔になってしまうでしょう」

「そうか……マリアは偉いな」

「そんな……セス様こそ、本当は付いて行きたかったのではないのですか?」


 今度はマリアが聞き返すと、セスはふっと笑みを溢して、


「まあな。だが王なき今、ワタシまで獣王軍団ここを離れる訳にはいかない。マリアの運命視で驚異的な敵は現れないと分かっていても油断は出来ないからな。いつ帝国軍が攻めてくるか」


 空を見上げていた二人は顔を見合わせ、


「今はアキラ達を信じ、自分達の出来る事をしよう」

「はい」


 アキラの無事を祈るのだった。




 ◇




「あそこで叩き切れなかったのは痛かったですね。遊王軍団、やはり一筋縄ではいきませんか」


 糸目の男、帝国軍蛇黒騎士団団長スレインがため息を吐きながらボヤくと、相対する銀髪の老人は吐き捨てるかのように口を開いた。


「あの軍は知能が低い馬鹿共の巣窟だが、力だけは化物揃いだ。何せあのバロムが集めた軍団だ、一度の奇襲で壊滅させられるとは最初はなから思っておらん」


 魔王軍四天王が一人、妖王軍団『妖王』ザラザードは忌々しげに言い放つ。


 ここは帝国と魔国に中間地点にある帝国の前線基地。基地の最上階にある隊長室で、宿敵である筈の二人が会談を行っていた。

 豪奢な椅子に座り、年代物のワインを嗜みながら話しを進める二人。


 本来殺し合う筈の二人が何故、共に酒を酌み交わしているのか。

 それは先刻、魔王軍四天王が一人、妖王ザラザード率いる妖王軍団が魔王軍を裏切り帝国に組みしたからに他ならない。


 魔王軍遊王軍団と帝国軍蛇黒騎士団との戦いは、遊王軍団が終始優勢であった。このままいけば順当に勝利を収めた所、何故か途中で妖王軍団が参戦。しかし妖王軍団は蛇黒騎士団を攻める所か、味方である遊王軍団を横から強襲したのだ。


 それは明らかに裏切り行為だった。

 妖王軍団が蛇黒騎士団に加勢した事で立場は逆転。遊王軍団は撤退を余儀なくされてしまった。

 団長であるスレインはそのまま遊王軍団を壊滅に追い込もうとしたが、それには一歩及ばなかった。

 流石歴戦の猛者達が集う遊王軍団。簡単には首を取らせてくれない。


「でもよろしかったのですか?こんなに早く裏切ってしまって。当初の予定では、魔王アルスレイアが死んでからこちらに付く筈だったのでは」

「問題無い。今睨み合っている魔王率いる竜王軍団と帝王率いる白鷹はくおう騎士団もそろそろ開戦する頃だろう。我の予想では勝つのは恐らく帝王だ。万が一魔王が勝ったとしても、弱り切った魔王など我等には及ばん。全て飲み込んでくれるわ」

「おー恐い、漁夫の利という奴ですか。ですが解せませんね、暗躍が好きな貴方がそこまで遊王軍団に執着する理由は何なのですか」


 グラスに入っているワインを揺らしながらスレインが問いかけると、ザラザードは眉根を寄せながら怒りを吐き出す。


「執着……そうか、我は執着しているのか。その通りだ、我輩は遊王軍団に固執している。だが、あの軍団だけは我輩が引導を渡さねばならん。バロムが作った、あの軍団だけはな……」

「そうですか、まぁ勝てるのなら問題ありませんよ。では、明日の戦いに備え私はそろそろ失礼しますよ」


 グラスを置き立ち上がるスレイン。部屋を出て扉を閉める際、ワインを見つめて物思いに耽るザラザードを横目に、胸中で彼を罵った。


(老害め……その執着に足を取られなければいいがな)


 バタンッと扉が閉まるが、ザラザードは一点を見つめたまま微動だにしない。彼の頭の中では、過去に受けた屈辱を思い返していた。


『何故だ……何故反旗を翻した我を生かす。一思いに殺すがいい』


『断る!殺さない!』


『ここで殺さなければ後悔する事になるぞ。我輩は生涯貴様の理想には賛同しない。また同じ過ちを繰り返すことになるぞ』


『おーやれやれー、そん時はまた返り討ちにしてやるよ。でもなザラザード、また裏切ったとしても俺はお前を殺さねーぜ。だって俺の理想に反対したからって殺したらキリが無いし、反対する奴が居たって別にいいじゃねえか』


『貴様何を言っている……』


『魔族こそが至高な存在であり人間は下等生物だって言うお前の考えも分からなくはないんだ。特に、俺なんかより古くから時代を見てきたアンタならそう考えたって仕方ない。けどなザラザード、まずはやってみようぜ。人間にも面白い奴は沢山いる、アンタの生をより楽しくしてくれるかもしれないぜ』


『失敗したらどうする』


『そん時はそん時だ。俺はな、俺等の下の世代にまで血生臭い戦争をさせたくねーんだ。だからザラザード、俺が生きてるまででいい、アンタの力をもう一度貸しちゃくれねーか』


 ザラザードは魔王バロムに反旗を翻し、バロムを殺そうとしたが失敗に終わる。念入りに準備を備え、あらゆる手を尽くしたにも関わらず粉砕された。

 だが、バロムは裏切ったザラザードを殺さず反逆の罪を許し、あまつさえ手を差し出してきたのだ。


 そしてザラザードはその手を――


「バロム……貴様の理想はついぞ叶わなかったぞ」


 小さく呟いたザラザードは天井を見上げ、再び過去を振り返ったのだった。



 ◇



「ご報告します。先の戦いでの死者は百数十名、重軽傷者は三百を超えていました」

「そうか……多くの友を失ってしまったなね」

「はい……。ですが彼等が命を賭して道を開き、時間を稼いでくれた犠牲のお陰で全滅は免れました」

「……そうだね、暗くなるのは終わってからにして、今は彼等の思いに感謝しよう」


 遊王軍団『遊王』アラベドは、瞼を閉じて死んでいった仲間達の顔を思い浮かべながらそう言った。


 彼は今、遊王軍団の拠点の一つでもある居城にいた。そこでアラベドは、幹部である竜人族のドラホンから報告を受けている。


 今回の蛇黒騎士団との戦い、本来ならば勝てた筈だった。だが突然の『妖王』ザラザード率いる妖王軍団総勢四万の兵士が裏切り、仲間である遊王軍団に牙を剥いてきた。

 幾ら勇猛果敢な遊王軍団の兵士といえでも、圧倒的な数の前では無力に過ぎない。

 殿しんがり隊の尽力により逃げ切る事は出来たが、多くの仲間を失ってしまった。


「まさかこのタイミングで妖王が裏切ってくるとは予想だにしませんでした。あの方が我等遊王軍団を忌避していたのは知っていましたが、まさか魔王軍を裏切り帝国に着くとは……」

「そうだねドラポン」

「私の名前はドラホンです」

「バロムさんが作ったこの遊王軍団をあの爺さんは嫌ってた。でも、まさか魔族の中でも一番人間を下に見ている爺さんが人間と手を組むなんて思う訳ないじゃないか。これは一杯食わされたね」

「えっ無視?話し進めちゃう?」


 名前の訂正を告げたのにも関わらず何事も無かったかのように口を開くアラベドにドラホンは唖然とするも、気を取り直して話しを続ける。


「奴等は今日で戦力を整え、明日にも攻め込んでくるでしょう。今の我等に敵軍と対抗する余力は残っておりません。どうしましょうアラベド様」

「うーん、とりあえず皆んなで籠城戦を頑張ろう」

「籠城戦ですか……つまらないから嫌いなんですよね」

「君ってその堅物そうな見た目の割には頭が緩いよね」

「いや〜アラベド様程ではないですよ」


「「アッハッハッハッハ!!」」


 二人は突然笑い声を上げた後、逸れた話しを真面目ぶった表情で元に戻す。


「作が無い訳ではないよ。昨日の夜からユラハに応援のお使いを頼んだからね」

「ユラハに?あーだからあの馬鹿の姿が見えなかったんですね。って、どこに応援を頼んだのですか?竜王軍団ですか?」

「獣王軍団」

「ええ!?獣王軍団ですか、だってあそこは今……」


 アラベドの答えにどひゃーと驚くドラホン。彼が大袈裟に驚くのも無理はないだろう。何故なら獣王軍団は一ヶ月ほど前、帝国軍銀狼騎士団と争い大敗し、『獣王』キングを初め多くの戦士を失い壊滅状態に陥ったのだ。

 そんな風前の灯と言えよう獣王軍団が応援に来てくれる訳がない。いや、例え来てくれたとしても弱った兵士など邪魔でしかないだろう。


「あれ、ドラホンはまだ知らなかったのかな。キング君の後釜に、人間の男の子が成ったんだよ」

「そんなまさか……獣人族で纏まった獣王軍団の王を人間が?よく獣人達が認めましたね」

「満場一致らしいよ。人間の子が王になるのに誰も文句を言う者はいなかったらしい。凄いよね、獣人族の信頼を得るのは並大抵の事ではないのに……でも、だからこそ期待しちゃうじゃないか」


 そう言うアラベドの顔つきは、幼い子供のようにワクワクしていた。明日死ぬかもしれないという状況で、楽しそうに顔を緩ませる主君を横目に幹部はため息を吐く。


「なら尚更ユラハでよろしかったのですか?正直言ってアレでは頼りないかと」

「ふふ、ドラホンの心配も分かるけどね」

「だからドラポンです…………ん?」

「ユラハならきっとやってくれるよ、だってあの子はアレでも――」



 ――遊王軍団の幹部だからね。

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