第166話ボクはユラハって言います!
「ハッ!」
「っぶね」
白狼獣人のセスから繰り出された蹴り上げを、身体を逸らすことでギリギリ回避する。いや、顎先に掠ったか。
今度はこちらの番。俺は間合いを詰め、右拳打を放つ。しかしこれは両手で去なされてしまった。が、俺のこれで攻撃は終わりじゃない。受け流された勢いを利用し、身体をコマのように旋回して左肘を打つ。
「は!」
「甘い!」
不意を突いたつもりだったが、
「一本ですな」
「良い線いってた気がするんだけどなぁ、やられたわー」
「フッ、アキラは詰めが甘いぞ」
西園寺麗華の新しい配下、ヴァンパイアロードのセバスチャンが掛け声を告げると、俺は参ったと両手を広げる。そんな俺にセスがシタリ顔で手を差し伸べてきたので、華奢な手を掴んでゆっくり立ち上がった。
「やっぱり体術はセスの方が
「それはそうだ。お前は
腕を組みながらため息を吐くセス。
確かにそうかもしれないけど、十本勝負で二本しか取れないのは男としてちょっと情けないよな。
っていうか、セスの脚技がすげーイヤらしいんだよな。間合いを取ったら近付けず一方的に蹴り倒されるし、かといって強引に詰めても柔術に似た体捌きで受け流されちまうし……。本当強ぇーわ。
「セス様の蹴り主体の体術も勿論素晴らしいですが、アキラ様も中々良い動きをしておりました。一手足りませんでしたが、惜しい場面も多くありました。一月前と比べれば、随分上達しております。やはり戦闘センスがズバ抜けて高いのでしょう」
「セバスチャン、余りアキラを甘やかすな」
「おいセス、俺一応獣王なんだけど……もう少し優しさ頂戴よ」
一ヶ月前。元の世界で同じクラスだった九頭原達や秋津、それと佐倉詩織の意識に根付いていた嫉妬の魔王レヴィアタンとの因縁の決着をつけた後。
特に荒事が起きる訳でもなく、この異世界に転生してから初めてと豪語していい程平穏な日々を送っていた。
獣人達は戦争で負った傷を癒やし力を付け、マリアは精霊術で獣人の手当てをしつつ自分の精霊術の研鑽。
麗華も鞭の訓練や集団戦の知識を蓄えたり、配下達と連携して魔物を狩っていたりした。
佐倉は自分の髪が変化した事で「なんじゃこりゃ!?」と三日程落ち込んでいたが、徐々に元気を取り戻してスキルのレベルアップ。体内からレヴィアタンが消失してスキル解放が出来なくなる事を危惧していたが、無事に発動出来て安堵していた。服装の形とか色が以前と少し変わっていたが、基本的な能力はそのままらしい。
因みに麗華と佐倉とは定期的にエッチしている。ほぼほぼ夜這いされてる形だけどね……二人の性欲は俺の想像を遥かに超えていて、正直言って身体が持たない。アイツ等絶対サキュバスの生まれ変わりだって。
俺は慣れない体術を克服しようとセスと組手を行い、セバスチャンとは剣での鍛錬を積んでいた。
素手による喧嘩をした事ない俺の体術は素人同然で、初めの頃はセスにボッコボコにされちまった。少しずつ感覚を掴めてきたが、それでもセスの技量には足下にも及ばない。
セバスチャンとの剣勝負は五分五分と言った所だ。やはり俺には剣が性に合ってると再確認したわ。
というか、命のやり取りが無い剣の勝負は意外と楽しい。まるで剣道やフェンシングをしてるみたいで、割とスポーツに近い感覚だ。
セスに散々やられた鬱憤を剣で発散出来るし、付き合って貰ってるセバスチャン様々である。
「よっしゃ、セバスチャンやるか」
「ほほほ、お付き合い致します」
そんなこんなで楽しい異世界ライフを送っていたのだが、やはり【共存】スキルと言ったところでいつまでも平和な時間を与えてはくれず、面倒な厄介事がやってきてしまった。
「あああああの!!!」
「声デカいな……で、何?」
「ボクはユラハって言います!!好きな食べ物はキムチ鍋です!!」
「……ああ、そう」
美味しいもんね、キムチ鍋。いやそうじゃなくて、何で堂々と好きな食べ物言ってんだよ。別に聞いてねぇよ。
突如現れた魔族の珍客。顔は可愛いけど、男か女か見た目じゃよく分からない。まぁ今は“彼”としておくか。
セバスチャンと鍛錬していた俺の下に、セスとユラハがやってきた。セスによるとユラハは俺に話があるらしい。結構急ぎのようなので一度鍛錬を切り上げ、彼の話しを聞く事にした。
俺達がいるのは『獣王の間』と言って、以前キングのおっさんが使っていた大きな部屋だ。俺はこの部屋を仕事部屋として使っている。あんまり仕事してないけどね。
今この部屋にいるのは玉座に座る俺と、両隣にセスとマリア。それで俺の眼前に傅いているユラハの四人。
セスとマリアの雰囲気から察するに深刻な内容だと思うのだが、ユラハ本人からそんな雰囲気を全く感じられないのは何故だろうか。というか、巫山戯ているとしか見れない。
「話し戻すけどさ、俺になんの用?」
「ハッ!?いけないいけない、ボクったらテンション上がっちゃってまた余計な事言っちゃった。反省します!」
「早く言えよ」
「ご、ごめんない。えーと、魔王軍四天王が一人、遊王軍団『遊王』アラベド様の使者としてボクがやって来ました。新獣王アキラ様、どうかボク達遊王軍団を救って頂けないでしょうか!!」
……情報が多いな。さて、何から聞こうか。
若干困っていると、察してくれたセスが助け船を出してくれる。
「ユラハは説明が苦手だそうだからワタシから説明しよう。どうやら遊王から手紙も預かってるそうだしな」
「よろしくお願いします!!」
元気にお願いしますじゃねえよ、お前の仕事だろ。
「では早速手紙を読ませて貰おう。『やあアキラ君、僕はアラベド、しくよろ!!』…………」
「「…………」」
俺とマリアは無言で天を仰ぐ。手紙の内容に合わせてテンション高めに読んでくれたセスの顔が真っ赤になってプルプル震えてるのが居た堪れない。
「ゴホン……『僕が率いる遊王軍団は帝国の蛇黒騎士団と戦っている最中でさ、もう少しで勝ち切りそうだったんだけど仲間の筈の妖王軍団に横から殴られちゃったんだ。ちょっとピンチだから、新獣王アキラ君に応援を頼みたい。出来ればナルハヤで来てくれると嬉しいな。psユラハは女の子だから手を出しちゃ駄目だよ』」
「……なぁマリア、遊王ってアホなの?」
「さ、さぁ……ワタシは会った事ありませんので分かりません」
なんか軽い奴だな遊王。
手紙の内容は大分深刻なのに全然緊迫感が伝わってこないぞ。ユラハが女の子って事しか頭に入ってこなかったわ。
「なぁセス、これってドッキリとかじゃない?」
「残念ながら事実だ。遊王アラベド様も、遊王軍団の兵士達も大体こんなのばっかりだ」
こんなのばっかりって……セスさん意外とディスるじゃない。
「だが決して侮ってはいけない。遊王軍団は兵士が約千人と少ないが、その実力は折り紙付きだ。なんせ、魔界最強の魔王と謳われたバロム様直轄の軍団だったからな」
「魔王バロムって言やぁ、アルスレイアの親父さんだったよな。とんでもねぇ強さだったってのは聞いてるぜ」
そう付け足せば、セスは「そうだ」と頷いて話しを続ける。
「今でこそ現魔王アルスレイア様直轄の竜王軍団が魔王軍の中でトップだが、遊王軍団はそれに次ぐ強さだ。バロム様の元に集まった兵士はどいつもこいつも巫山戯た奴が多いが、一人一人が兎に角強い。そしてそれら少数精鋭の強者達を束ねる長、四天王である『遊王』アラベド様はアルスレイア様と同等の力を持っていると噂されている」
「ま……マジかよ」
驚愕で開いた口が塞がらない。
あの圧倒的オーラを放つアルスレイアと、助けて貰おうと寄越した手紙でしくよろなんて書くアホな奴が同格とか……俄に信じられんぞ。
「それよりも重要なのは我等の同胞である妖王軍団が裏切ったという情報だ。なぁユラハよ、もう一度尋ねるがそれは事実なのか?」
「うん!!ボクらが押せ押せで蛇黒騎士団をやっつけてたら、突然妖王軍団の奴等が横から不意打ちしてきたんだ。仲間が一杯傷付いて、アラベド様が撤退しろって言うから一度引いたんだよ。それで、今は慣れない防衛戦を頑張ってる最中です!」
「そうか……それにしても妖王軍団め、ついに本性を表したなッ」
元気に喋るユラハとは逆に、爪を歯噛みして怒りが込み上げているセス。俺は話しの中で気になった事を問いかけた。
「本性を表したって言ったけどよ、セスは妖王軍団が裏切る可能性があると知ってたのか?」
「万が一というレベルでな。だが、裏切ったと聞いても腑に落ちるのも確かにある。何故なら……妖王軍団『妖王』ザラザード様は、四天王の中でも唯一の鷹派なのだ」
鷹派ってあれだよな……歴史とかで出てくる、平和的な友好を築くのではなくて武力でどうにかしてやろうっていう強硬な連中。
そのザラザードって四天王が鷹派って事は……。
「バロム様が当時人間達と和平を築こうとしていた時、ザラザード様は最後まで反対していた。バロム様が亡くなり、アルスレイア様が新しい魔王になった今でもその考えは変わっていない」
「ザラザードが和平を拒む理由は何だ?」
「あの方はワタシ達魔族の中でも1番の古株だ。元々ヴァンパイアという種族で長寿ではあるが、独自の方法で更に寿命を伸ばしているらしい。そんなザラザード様は魔族こそ真の存在という思想の持ち主で、人間等は餌としての下等生物としか見ていないのだ。いや、人間どころかエルフや獣人も同じ括りに入っているだろう」
「成る程……何となく分かったぞ」
ザラザードは人間を嫌悪している。
だから親子二世代の魔王の悲願である和平を反対しているのか。
でも、だからこそ解せない。
何故人間を嫌っている筈のザラザードが、人間と手を組んでまで魔王軍を裏切ったんだ。
「バロム様が生前中、ザラザード様は一度反旗を翻している。しかしザラザードの企みをバロム様は全て力尽くしで捻じ伏せた上、ザラザード様を不問とした。そして新たな魔王になったのもバロム様の娘であるアルスレイア様。ザラザード様はあの親子を憎んでいるのだろう……だから人間と手を組んでまで、今の魔王軍を潰そうとしたのかもしれん」
「へぇ……そんな事があったのか。でも人間側もよくザラザードと手を組んだよな」
だって一番の古株って事はザラザード悪名や人間嫌いという情報も知れ渡っているってことだろ?
そんな奴の企みによく乗る気になったよな。俺だったら絶対嫌だけど。
「蛇黒騎士団団長スレインも、狡猾で残忍な奴だ。二人の間で何かしらの取引があったのだろうな」
ふーん、魔王軍も帝国も一枚岩じゃねーってことか。
「話しは分かった。んで、どうするよ?あんまり気乗りはしねぇんだけど、こういう場合は助けに行った方がいいのか?」
「方針についてはマリアから話しがあるそうだ」
「マリアが?」
俺はマリアの方に身体を向け、赤い瞳と視線を重ねる。彼女の目の力は強く、揺るぎない決意が宿っていた。
(……強くなったな)
初めて出会った時、彼女の目は脆く霞んでいた。何もかもを諦めてしまった目をしていたマリアが、こんなにも強くなるなんて。
『ヒハハ、それがテメェ等“人”の面白ぇ所だ。たった一つのキッカケでガラッと変わっちまう。見てて飽きねぇ』
そうだな、お前の言う通りだベルゼブブ。
俺達人は、自分の意識を一つ変えるだけで大きく成長出来る。
「ユラハさんと出会った時、運命を視ました。その運命では、遊王アラベド様が妖王ザラザードによって殺されてしまいます。そしてアラベド様が倒されてしまいますと、魔王軍は敗けるでしょう」
マジか……それはやべぇな。
「これは守る戦いです。アキラ様の信念に背くような戦いではありません。だからアキラ様、どうかアラベド様を助けて頂けないでしょうか」
「よし、行こう」
「えっ!いいの!?」
即答すると、ユラハが大袈裟に驚く。
セスとマリアは俺の答えが分かっていたのか、やっぱりなという表情を浮かべていた。
面倒ではあるが、助けに向かわなければ最悪魔王軍は負け、結局は俺やマリア達も死んでしまう。ならばその
それに、俺はキングのおっさんを助ける事が出来ずマリアの運命を変える事は出来なかった。
いや、全てではないか。マリアが視た運命は『獣王が死ぬとエルフ達も死んでしまう』というものだった。だが、おっさんが死んでもエルフ達は生きていた。だから半分くらいは運命を変えられたんだ。
ならば次こそは、全部良い方向に変えてやる。
「変えてやろうじゃねえか。獣王の初陣だ」
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